紅茶とピーナッツ

きのせ

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紅茶とピーナッツ

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 2月の半ばぐらいである。 私、戸倉祥子は、義理姉である戸倉美登里の家に来ていた。家と言っても駅前にあるマンションの一室。今日は、何時もより冷え込みがきつく、駅からこの美登里姉さんのマンションに着くまでに身体が冷えてしまって身震いを覚えるほどだった。マンションに着いて直ぐに美登里姉さんに暖かい紅茶を出されて私は、ホッとため息を吐く。キッチンの近くのテーブルに肘を突いて私は、うな垂れるように美登里姉さんが椅子に座るのを待った。
「こんな寒い日に来られるなんて。外は、とても冷えたでしょう?」
と、美登里姉さんは、そう言って山盛りのお菓子を載せた木製のお皿を手に私の目の前の席に座った。
トン
と、目の前に置かれたお菓子の山に私は、さっそく手を伸ばした。そんな私の姿を美登里姉さんは、笑みを浮かべて眺めるのだ。


  実の所、私は、この美登里姉さんの事があまり好きではなかった。いや、どちらかと言うと嫌いな部類に属する人物だ。性格が合わないのもあったが一番の理由は、大好きなお兄様をこの女性に取られてしまったからだ。とはいえ、建前上は、義理堅く優しい義理の妹を演じている。だって、いくら嫌いだと言っても、気力をすり減らす様なギスギスした関係だけは、まっぴら御免だったからだ。それに憎いと言うほどの美登里姉さんに対しての憎悪があるわけでもなかった。ただ単に嫌いな人であったのだ。そんな私が何故…美登里姉さんのマンションにやって来たかと言うと。 私には、確かめないいけない事があったからだ。



 半年前…私の大好きなお兄様は、何者かによって殺された。川の岸辺で水死体でお兄様は、発見されたのだ。警察も他殺だと言っていたが一向に犯人を決定づける証拠が出てこなかった。故に未だに犯人は、捕まっていない。だから、お兄様の為に早く犯人を見つけてあげたかった。そして私は、お兄様を殺した犯人は、実は美登里姉さんではないだろうか。と、思い込み始めていた。それには、理由がある。お兄様と美登里姉さんが結婚生活を上手くやってきたとは、とうてい思えないのだ。それは、第一に性格に違いによる衝突は、多分あったのだと思っている。美登里姉さんは、のほほんとした性格で自分よりも相手に合わせるタイプの人。お兄様は、その反対で物事をテキパキと判断し、なによりハッキリしないものを嫌う人。そんな二人が上手く結婚生活なんて送れるはずがないのだ。しかし、何故お兄様は、こんな女性と結婚なんて。
「こんなふうにね。豊さんもこの紅茶が大好きだって…祥子ちゃんにみたいに嬉しそうに飲んでいたわ」
「お姉さんは、寂しくないんですか?兄が死んでしまってもう半年は、経ってしまったのに」
私がそう言うと美登里姉さんは、少し悲しそうな表情をした。その表情が何を意味するのかは、読み取れない。私は、もう一度お菓子の山に手を伸ばし好みのピーナッツが入った小さなパックを手に入れた。
「いつも嬉しそうに飲んでくれたのよ。私の入れた紅茶を…ね」
「兄は、よほどお姉さんが入れた紅茶が好きだったんですね」
「そう、毎日仕事から帰ってくるとね、一番最初に私の入れた紅茶を飲のよ。とても嬉しそうに飲むの」
そう言った美登里姉さんの瞳は、虚ろで何処か焦点があってないような気がした。私は、少し紅茶を口に含んでから、美登里姉さんに聞いてみた。
「あの日、兄が行方不明になった日…何か変わった事は、ありませんでしたか?」
「変わった事?」
「ええ」
「あったわ」
美登里姉さんは、静かにそう口を開いた。そして、弱々しい声で私にあの日の出来事を語りだしたのだ。
「あの日は、たまたま紅茶の葉をきらしてたの。いつも楽しみにしている豊さんには、もし訳なかったわ。でも、豊さん…許してくれなくて」
「それで、喧嘩でもしたんですか?」
「喧嘩なんて…一方的に殴られただけよ。止めてっ叫んでも止めてくれなくて」
「へぇー、そんな事が」
私は、美登里姉さんの話を聞いて思わず感心していた。お兄様は、そんな事をしていたのか。と、新しい発見を喜んでいる学者の様な気分だった。
「お姉さんは、よく兄に殴られていたんですか?」
私がそう聞くと美登里姉さんは、戸惑いがちに頷いてみせた。私は、そんな美登里姉さんの怯えた様な姿を見て、なるほどなって思った。だから、お兄様は、この女性と結婚したんだ。
と、長年の疑問が解けていく様だった。
「よほど…兄は、お姉さんの事を愛していたんですね」
「えっ? 豊さんが私を…愛していた?」
美登里姉さんは、私の言葉が意外だったのか驚いたように声を上げた。美登里姉さんの震える瞳が私の姿を捉えて離さない。お互いほんの少し見つめあっていた。そして美登里姉さんは、その線が細くて折れてしまいそうな身体をこぎざみに震わせながら、右手で口元を押さえこんだ。まるで嗚咽を堪えるような感じだ。
「私を…愛していただなんて、私は、嫌われているのだと」
「兄は、そう言う所があるんです。兄は、愛していない人を決して殴ったりしません。それは、兄の歪んだ愛情表現なんです」
私がそう言うと美登里姉さんは、ポロリと涙を流しはじめた。
「お姉さんは、勘違いしてしまったんですね。嫌われていると?」
「ええ、確かにそう思ってました」
私は、美登里姉さんのその言葉を聴いたとたんに…どうしても聞いてみたくなった。聞かない方が良いと解っていても、私のその衝動が抑えきれなくなっていた。考えるより先に、私は、それを言ってしまったのだ。
「だから、お姉さんは、兄を殺してしまったんですね?」
「えっ?」
美登里姉さんは、とても驚いた様子で大きく両目を開いて私を見ていた。そして、怯えた様にその小さな身をより小さくして、再び振るえだした。私は、ただ冷静に美登里姉さんの顔を見てただけ。それだけなのにまるで私が美登里姉さんを苛めてるようだった。そんな姿を見せられては、私の質問に肯定しているようなものだとわかっているのだろうか。しかし、その怯えた美登里姉さんの姿は、とても私の心を揺さぶった。なんて、苛めがいのある人なんだろう。
「お姉さんは、少しMの気があるようですね。大丈夫ですよ。お姉さんは、警察になんて渡したりしません。私が兄の代わりに苛めぬいてあげますから」
私は、怯えた美登里姉さんにそう言って、乾いた唇を舌で濡らした。
この時、私の中でカチンと何かのスイッチが入ったような気がした。


おわり。
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