神社エール

朱雀院やさぐれ男

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神社エール

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 神社エール                         朱雀院 優男

 
1.
 学校帰り。高校生の空男は、いつもの神社にいた。そこは、地元の神社で、観光客が来るような大きな神社ではない。その神社のお守りをいつも大事そうにカバンに入れて持ち歩いていた。空男は、カバンからお守りを取り出して握りしめる。

「はぁ。今日も学校で特にいいことなかったなぁ」
 
  空男は、神社の縁側に座って、ため息をついていた。

「また、ここにいたの?」
 
  千佳は、自転車から降りて、空男に近づく。
 
  千佳とは、小学校からの知り合いで、家も近くて、学校帰りに会うと一緒に帰ったりする仲だった。

「隣に座っていい?」
 
  空男は別段、千佳の事を意識したりしない。縁側で寝そべろうと、体を倒していると頭を「ゴン」と敷居にぶつけてしまった。

「いてて……」

「空男は、ほんとにドジねえ。」

「最近、ほんとにいいことないなぁ。新しいお守りでも買おうかなぁ」
 
  お守りのせいにする空男に、千佳が呆れる。
 
  突然、ぱらぱらと雨が降ってきた。

「今日、天気予報で雨が降るって言ってなかったよね。私たちほんとツイてないわね」
 
  その日、二人は雨に濡れながら、それぞれの家に帰った。

 
2.
  自宅に帰ると、母はキッチンでジンジャーエールを作っていた。そこは、ショウガのいい香りがした。空男は、母が作ってくれる特製ジンジャーエールが好きだ。砂糖多めなので甘いが、ショウガのパンチが効いていた。

「空男、着替えてからにしなさい」
 
 制服のまま出来上がるのを待っている空男に、母が注意する。

「じゃあ、着替えるから、部屋に持って来てよ」
 
 甘える空男に母は優しくうなずいた。母は空男に対して、優しすぎる所があった。それに甘える空男は、ショウガの入っていない砂糖水のようだった。
 
 しばらくして、母はジンジャーエールを持ってきた。お盆に乗せられたジンジャーエールは、シュワシュワと音を立てている。空男は、待ちきれず椅子から立ち上がって取りに行った。空男は、漫画を読みながら母特製ジンジャーエールを飲むのが一番の楽しみだった。早速、漫画を広げて、ジンジャーエールを飲みながら読み始めた。

「今日は、雨に濡れるし、このお守り全然効果がないなぁ。どうせなら、テルテル坊主を持ち歩こうかな」
 
 そう呟きながら、お守りの紐を人差し指に入れてくるくる回し始めた。すると、何かの拍子に指からすっぽ抜けて、コップの中に落としてしまった。
  
 徐々にシュワシュワという音が大きくなっていく。シュシュシュシュワ、シュシュシュシュワ……。なにやら煙のようなものが出てきた。部屋中に煙が充満する。空男は、びっくりして声を出す間もなく気を失ってしまった。

「おい、起きろよ。てか、ワシを起こすなよ。」

 空男が目を覚ますと、そこには大きく波打つようにうねったあごひげを貯えたおじいさんがいた。杖を持っていて、足元をよく見ると足がない。

「源三おじいちゃん?」

 空男は、三年前に亡くなったおじいちゃんの名前を口にした。

「誰が、源三じゃい。ワシは神様じゃい。お前さんが、ジンジャーエールにお守りを落としたから泡に乗って出てきたんじゃわい」

 変なしゃべり方をするが、足もないし生身の人間ではなさそうなので、泥棒や変質者と間違わなかった。しかし、空男は、まだ半信半疑だった。だから、その自称神様のおじいちゃんにいくつか尋ねてみることにした。

「泥棒ではなさそうだけど、何の神様?」

 空男は、訝しそうな目つきで尋ねた。神様は、あごひげを自慢そうに触りながら答えた。

「よくない物事からお前さんを助ける神様じゃよ。困ったときの味方じゃ」

「最近、いいことがなくて退屈だったんだ。今日なんか、にわか雨に降られたんだ」

 神様は、高笑いしながら言った。

「わしがいたら、雨を晴れにすることも容易じゃった」

「おお、すごい。それじゃあテルテル坊主ならぬ、テルテル神様だね。あ、そうだ。泡のシュワシュワに乗って現れたんだから、あだ名はシュワちゃんだ。これから、シュワちゃんって呼ぶね」

 神様は、また高笑いしながら言った。

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。笑いすぎて入れ歯が外れそうじゃわい。そのあだ名、気に入ったぞい」

 神様の金歯がきらりと光る。空男は、なぜ神様なのに入れ歯をしているのか疑問に思ったが、そっとしておくことにした。

「空男、そろそろ晩ご飯よ」

 一階から母の呼ぶ声がした。空男は、お腹が空いていたので、急いで立ち上がってダイニングに向かった。しかし、急いでいたので、タンスの角に足の小指をぶつけてしまった。

「いてて……」

 しゃがみ込んで、足の小指をさする。空男は、苦痛のあまり、顔をしかめた。神様は、それを見るに見かねて、手に持った杖を高らかに掲げた。

「痛いの痛いの飛んでいけ」

 すると、空男の足の小指が一瞬光り、足の小指が鋼鉄になってしまった。

「なにするんだ。足の小指がカチカチじゃないか。これじゃあ、恥ずかしくて外に出かけられないよ」

 空男は、カンカンになって神様を睨みつけた。神様は、状況を理解していないようで、すっとんきょうな顔をしながら言った。

「なんじゃ?全身鋼鉄にすればよかったのかいの?これで、お前さんは足の小指をぶつけても平気じゃ」

「なんでそんなにズレてるの?足の小指が痛いのを治すだけでいいんだ。鋼鉄にする必要なんてない。これじゃあ、疫病神だよ」

 空男は、自称神様にあまり期待はしていなかったが、このとぼけた神様に呆れ返った。一つ大きなため息をついて部屋を出た。階段を歩く時にカチカチと音をさせながら。

「空男、どうしたの変な音を立てて。足に指輪でもしているの?」

「違うんだ。母さんの作ってくれたジンジャーエールにお守りを落としたら神様が現れて……」

 空男は、話を続けようとしたが、そのメルヘンチックな展開に気恥ずかしくなって、口をつぐんだ。

「変なこと言ってないで早く食べなさい。料理が冷めてしまうわよ」

 食事を済ませ、部屋に戻ると神様はいなかった。なので空男は、安心して漫画を読んだ。やがて夜も更けた頃、いつものようにジンジャーエールを飲んで床についた。


3.
「グガガガゴゴ。グガガガゴゴ」

 朝、空男が目を覚ますと神様が隣で蒸気機関車のようないびきをかいて寝ていた。

「シュワちゃん。シュワちゃん。起きて。どこかに行ったと思っていたのに。いたんだ」

 空男は、神様の体を揺する。神様は「むにゃむにゃ」言いながら目を覚ました。

「何が『いたんだ』じゃい。わしゃ、神様じゃよ」

 そう言う神様のほっぺに何やらキスマークのような跡が残っていた。空男は、気になって聞いてみた。

「夜中に何してたの?」

「何してたって、せっかく人間の世界にやって来たんだわい。人間の行動を勉強してたんじゃ」

 ニッコリとほほ笑んだ口元から怪しく金歯が光った。

「勉強っていうよりも遊んでたんでしょ。あ、もうこんな時間だ。早く学校に行かなきゃ」

 空男は、手際よく制服に着替え、母が作ってくれた朝ごはんを急いで食べて、学校に出かけた。
 


4.
 お昼過ぎ。学校にて。

「あ、お弁当忘れた。どうしよう」

 空男は、今日お昼抜きになることを考えて、げんなりした。人目をはばからずに、机に伏せてぐったりした。神様は、それを見るに見かねて、手に持った杖を高らかに掲げた。

「はじめちょろちょろ中ぱっぱ」

 突然、神様が現れて怪しげな呪文を唱えると、空男の目の前に弁当箱が現れた。しかし、周囲のクラスメイトには、神様の姿が見えていないらしかった。

「シュワちゃん、ありがとう。昼食にありつけないと思っていたよ」

 今日はこの後、体育の授業があって体育測定があるので、お弁当を食べたかった。空男は、初めて神様に感謝した。

「何、独り言を言っているの?一緒に食べましょう」

 千佳がやってきて、お弁当を広げ始めた。そのお弁当は、動物をかたどったおにぎり、お花のウインナーなど女の子らしいかわいいものだった。空男もつられてお弁当を広げた。そこには、いなりずしが隙間なく敷き詰められていた。

 神様が、あごひげを触りながら満足そうにほほ笑みかけた。

「卵焼きとか、おかずはないの?」

 千佳は不思議そうにお弁当を眺めた。空男は、恥ずかしくなって顔を赤らめた。期待していたのは鮭とか、からあげだった。弁当箱にぎっしり詰まった茶色い物体に食欲が萎えた。

「いなりずしは嫌いかの?めでたそうじゃろ。いなりずしだけにすし詰めに入れてみたぞい」

 そう言う神様は、誇らしげな顔をしていた。

 空男は、ようやくこのまったく頼りにならない神様のことを理解し始めた。しかし、どこか憎めない神様だった。

「めでたい」とか「すし詰め」とか冗談より、もっと神様らしくして欲しかった。空男は、いなりずしを口の中に頬張って、急いで食べたのだった。



5.
 学校帰り。いつもの神社にて。

「神様いるんでしょ?出てきてよ。一緒に写真を撮ってみようよ」

 どこからともなく、声高らかに笑いながら神様が現れた。

「いいじゃろう。杖と金歯くらいは映らんかの?」

 幽霊みたいで何か怖いと思ったが、「ありがとう」と言って空男は、ポケットの中を探った。しかし、いつも入れているポケットに携帯がない。焦って学校カバンの中も探してみたが見つからない。自転車に乗っているときにポケットから落としてしまったようだった。

「仕方ないのう。お前さんの携帯電話くらい覚えておる。同じものを見つけてきてやろう」

 「同じもの」と聞いて安心する空男。今度こそはと期待した。

「目をサワラ(皿)のようにしてピカピカ」

 突然、空男の目の前に携帯電話が現れた。
色はブルー。空男が使っていたのと同じ色だ。

 念のため電話帳を開いてみた。しかし、そこには知らない人の名前ばかり。内心、期待した自分がバカだったと反省した。

「機種は同じだけど、他の誰かのものだよね。神様じゃなくて泥棒じゃん」

「人のものだったのがいけなかったのかの?新品にすればよかったかの?」

「電話帳、写真、ゲームのデータとかが大事なんだよ。もういいよ。明日、交番行って聞いてみるから」

 空男は、神様のことは放っておいて、そそくさと帰途についた。



6.
「空男、今日は早かったわね。今からジンジャーエール作るわよ」

 自宅で母が元気に出迎えてくれた。空男は、「うん」と返事しただけで、出来るまで部屋にこもって漫画を読むことにした。

「あ、ショウガ買うの忘れてたわ」

 キッチンから母の声が聞こえてきた。

 空男は、キッチンに向かった。神様に頼むこともちらっと考えた。しかし、ズレた神様がちゃんとショウガを出すことは考えられなかった。あきらめてスーパーに向かおうと買い物袋を握りしめようとした瞬間、空男の手の中にショウガと書置きが現れた。

「しょうがないのでショウガになっちゃった。今まで楽しかったぞよ」
という書置きを残して。

【完】


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