王子様が居ないので、私が王子様になりました。

由紀

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三章~新風紀委員会・親交会~

ある廊下で

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強靭な肉体といえど、一応の検査はするらしく暫く離れがたそうな黒鎖だったが、夏雪が引き剥がす形で医務室に留めおいて置いた。

そういえば、直久に電話を入れるか。

制服のポケットから携帯を取りだし、廊下の壁に寄り掛かり掛けてみる。人の通りの少ない時間だが、夏雪は隙無く周囲を伺う。

「…もしもし?」
『ただ今、留守にしております。…ピーという発信音の後に…』

おかしい。

黙って留守番電話を切る。千里からの電話に出ない事はあるが、態々このタイミングでの留守電の意味が分からない。智や恵の時の様な嫌な予感を感じ、僅かに早足となった。
しかし、直久は自らその場を去ったと聞いたので、あくまで自分の用事だと信じたいが…。

「…雪はどう思う?」

千里の簡潔な問いかけでも、夏雪は「何が?」などとつまらない答えは返さない。

「はい。突然の急用か、桜川様の時の様な月宮側の策かは判断しかねます。…ただ今、Dクラスの部下を動かしてはおります。冬宮様は腕も立つ方、直ぐには重大な危機に陥る可能性は薄いかと思いますが。」
「ああ。僕もそう思うけれど。」

携帯をしまい、とにかく親衛隊の情報を待ちながら、僕も出来る範囲で動くか。先ずは直久の部屋に行ってみるかと、寮への道を進んで行く時だった。
夏雪の足音が消え、千里の後ろから前へと移る。雪…と呼び掛けて止めた。それほど、夏雪の横顔に緊張が孕んでいたからだ。

何なんだ、夏雪の警戒するのは月宮ぐらいだと思うが?
そのまま足を進めれば、夏雪が前方から来る誰かから千里の視界を遮る。一瞬見えたのは、黒い髪と…。

「…酷いな。そんなに警戒しなくて良いと思うけどな。」

その人物の動きが止まり、千里もそれに釣られて歩みを止めた。

「…これは失礼致しました。主は急いでおりますので、これで失礼を。」

今だ見えない相手の声は、耳障りの良い艶の有る声だが、聞き覚えは無い。夏雪の急かす様な促しに疑問を抱きつつ、視線を戻そうとすると、その人物が微笑む気配がする。

「…急ぐ理由って何だろう?冬宮君の事かな?…夏雪青薇君、君のご主人様に僕を会わせたく無い様に見えるのは、気のせいか?」
「まさか。…っ我が君?」

何故、直久の事を?

相手の言葉が聞き捨てならず、雪に横にずれる様にジェスチャーをする。珍しく緩慢な動作の夏雪が下がり、やっと相手の姿を知れた。
身長は、僕より僅かに低い位で、綺麗に切り揃えられた黒い髪に一房の紺色のメッシュ。そして、真っ白の学ランは、風紀委員である証。

「…こんにちは。初めまして、だよね。春宮の若君様?」
「ああ、初めましてだね。ええと、君は?」

確かに会った事無い筈だが、何か不思議な感覚だ。昔から知っているよな何か懐かしい…?
相手は、ふふ…と、艶を含んだ、まるで作ったかの如く完璧に綺麗な笑いを溢す。

「…朱峰あかみね歳光としみつだよ。」


よろしく…と返そうとした千里へ距離を縮めた朱峰は、千里にだけ聞こえる声で囁いた。

「…君は、千を貰い、僕は、歳を貰った。君ならこの意味が分かるだろう?」

現春宮当主であり、千里の父の名は『春宮 千歳』である。千里は、両親から一字ずつを貰った名を使っているが。
この朱峰が、父から名を貰った?
ならば、春宮の血筋の者だというのは間違いない。
もしや…。

千里の脳内に直感が走る。朱峰が月宮側だと言うのは、風紀委員であるのなら一目瞭然だが、加えて彼はきっと…

「…そう、春宮家当主候補か。」

朱峰は無言で微笑む。春宮家特有の、相手を魅了する笑みで。

「流石、聡明なだけあるね。それが分かれば後は分かるだろうね?僕は、歳光の名に置いて…君の全てを超えて、当主の座を返上させると誓う。」

なるほど。月宮側だが、目的はあくまで(当主それ)か。
なら、分かりやすい。

「そう。困ったな、既に決まった事を蒸し返すなんて、ね。良ければ、お手柔らかに頼むよ?」

にこりと王者の笑みを送り、少し嬉しそうに見える夏雪を連れて悠然と去っていく。



















その場にごく小さな舌打ちが、風に紛れて消えた。
何処かに歩いて行く朱峰だが、一人の人物を見つけ気安く声を掛ける。

「…やあ?君って、幼稚舎から居るんだろう。良ければ校舎を案内してくれないかな。」

朱峰の瞳には、心の読めない麗しの姫君…園原美景が映っていた。朱峰の勘違いしていたのは、美景が春宮の魅力に惹かれているのでは無く、千里自身を敬慕している事だ。

「…申し訳ございません、今は親衛隊全員で冬宮様の捜索をしておりますので。いずれ、機会がありましたら。」

美景にしては丁寧だが、はっきりと拒絶の意思を表に出す。

「…そう、残念だな。今度が直ぐ来ると良いけれどね。」

ふわ、と笑う朱峰の表情に一瞬だけ見惚れた美景は、直ぐ様心を切り替え頭を下げて、その場を後にする。

初めて、美景の背筋に嫌な悪寒が走った。千里に心酔しているからこその、千里に似通った雰囲気への無条件の好意。美景だからこそ、拒めたが…。

(月宮煌有…嫌な人間を見つけて来たものだ)






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