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二章~親交会・対立~
春と夏
しおりを挟む黒鎖と取り引きを交わし、一先ず何か言いたげな夏雪を引っ張り千里の部屋に戻る。夏雪の部下に治療を施され、折られた腕を固定して貰う。
とりあえずソファーに座る千里が、夏雪にも促すが断固として座らず起立したままである。
「…何故ですか?」
夏雪の発せられた声は、疑問に怒りと戸惑いが込められていた。
「何がだい?」
それに対し、至って冷静なままの千里に、夏雪の普段の落ち着いている口調が揺らぐ。
「なぜ、あの者との取り引きを受けたのですか?あそこで私を置いて行けば、受ける必要は無かった筈です。」
夏雪にとって、千里は主として守るべき存在である。自分を救うせいで、主の足枷になってしまう等耐えられなかったのだ。
ふう…。
知らず、千里の密やかな溜め息が洩れる。
僕って、何だか見くびられてるみたいだね?
「僕の考えに否があると?」
「…っいえ。」
夏雪はハッとした様に口ごもり、視線を下げる。そう言われれば、執事の反論出来る事は出来ない。足を組み、立ったまま。相手を下からじっと見据える。
「それに、あんな面白い喧嘩、買わないと損じゃないか?」
にっこりと覇者の笑みを浮かべる主に、夏雪は未だ納得出来ないものの「はい」と頷く。
納得出来ないって、顔してるね。前よりも、この無表情の執事の変化が分かってきた気がする。
「ああ、僕からも聞いても良いかい?」
「っは。何なりと。」
「…君は、何故腕を折られても、僕を守ろうとした?」
「……?」
千里の疑問に、夏雪は意図が理解出来ずに僅かに眉根を寄せて首を傾けた。
「…それは、勿論春宮様を黒鎖からお守りしようと。」
「迷惑だよ。それは。」
バッサリと、恭しく頭を下げる夏雪の言い分を切り捨ててしまう。あまりにも迷惑そうで、尚且見上げる視線には苛立ちを感じた 。
(やはり、私の助け等春宮様にとっては邪魔でしかないか)
「君は、腕を折られた。執事の怪我は、主の責任だ。その怪我は、僕の責任なんだよ?」
「そんな事はございません!」
初めて、夏雪の声が荒げられた。千里の言葉は、執事として生きる彼の琴線に触れたのか。
「そんな事はある。黒鎖も言っただろう?君を傷付けた事で、僕の戦力を減らせたと。」
「…春宮様?」
千里の口調が静かな物となり、吊られて夏雪もふっとトーンを下げて主の様子を伺う。
夏雪の心を得る、なんてどうするかは分からない。
だが、思っている事は素直に伝えて置こう。
「夏雪、君は自分を大切にしなければならない。」
真剣な千里の雰囲気に、夏雪の喉が鳴った。
「…これから、月宮と対立していく中で、君の様に影から動いていく存在が重要となる。休ませる暇は無くなるだろう。それは、分かっているか?」
「はい。心得ております。」
深々と頷く相手に頷き返し、一度息を吐く。
「君は既に、僕にとって必要な人材なんだ。手足であり、影だ。だからこそ、君を失う訳にはいかない。」
次第に夏雪の瞳に力が生まれて行く。それに気付かない振りで、ただ言葉を紡ぐ。
「怪我をするなと言わない。僕を優先するのは当たり前だが…出来るだけ自分も大事にしろ。」
執事にとって、主より大事な者などない。
「…っは。肝に命じておきます。」
(立場のある人間で、そんな事を言う方は初めてだ)
夏雪の心に、暖かな物が満ちていく気がした。
彼の心を満たすそれは、いつ以来だろうか?
何を思ったかソファーから立ち上がった千里は、上着のポケットから何かを出すと夏雪の前髪に触れる。
「春宮様?」
相手の灰色の髪を横に流し、一本だけ持っていたヘアピンで留めてみた。
やっぱりね?
普段長めの前髪にハッキリしない顔立ちが、驚きの表情と共に晒される。瞳は、深緑なのか。
「ああ、やっぱりこの方が良い。こんな綺麗な瞳なんだから、勿体無いよ。」
涼やかな面立ちは、次第に困惑を浮かべると片方の瞳から一筋透明の滴を溢す。
え?泣いた?顔を出すのが嫌だったのか?
顔には出さずに戸惑う千里に、立ったままであった夏雪は流れる様に膝を折ると距離を縮め見上げる。
「…不興を買った私でございますが、生涯仕えさせて頂けますでしょうか?」
あまりに真摯に見つめられ、夏雪の今までとは違うものを感じる。
「僕はそう思っていたけれど、どうだい?」
最初は僕がいらないと言うまで、とか言っていたっけ?
だが今の夏雪には、死ぬまで仕えようという意志が見えた。
「はい。私、夏雪青薇の名にかけて、春宮様に生涯の忠誠を誓う所存でございます。」
それで、と夏雪の口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「もしよろしければ、我が君とお呼びしても?」
…何だか、妙に夏雪の笑顔が眩しいな。こんな笑顔する人物だっけ。
夏雪の問いに「構わないよ」と返し、なら僕も呼び方を変えるかと考える。
名前呼びにするかな。いや、青薇って言いづらいか。青?夏雪…夏?雪?雪……………?
その響きに、妙な懐かしさを感じるが、気のせいだろう。
「…じゃあ、僕は君を雪と呼ぼうか。」
深く思わず放った物だが、夏雪の肩が小さく震えたのは千里の知らぬ所だろう。夏雪が何かを聞きたそうに千里に視線を向けるが、開いた口を閉ざすと千里の片手を取り指先に口づける。
「是。私の全ては、あなた様だけの物でございます。」
洗練された所作は、千里も目を奪われる物であった。後世の使用人及び仕える者にとって、全て夏雪青薇に習えと言わしめる存在となる事は今は誰も知らない。夏雪は、無上の喜びに胸を打ち震わせたのである。
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