王子様が居ないので、私が王子様になりました。

由紀

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二章~親交会・対立~

月夜に

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突然視界に入った執事に驚いたのか、銀条もやっと気づいて口を開き掛けるが、背後の声を耳にし振り返る。

「…一体、誰…」

制服の下に着ているパーカーのフードを被り、口元だけ笑う人物は銀条など視界に入っていないらしい。

「銀条、今日は帰って貰えると嬉しいけれど。」
「…っ分かりました。それでは、失礼します。」

緊張の見られる雰囲気に、空気は読めるのか一度足踏みする銀条だが、踵を返して居なくなる。

「良いんですか?大事な後輩君じゃないですかー?」

飄々とした黒鎖の口調はやはり読めないが、千里には相手をする理由がある。3日間で相手を落とす事 …果たせなければ、性別を全校放送で知らされてしまう。

「いや、僕にとって君との関わりの方が大事だからね。まさか会いに来てくれるとは思わなかったけれど。」

千里の言葉に、相手は僅かに微笑んだ気がしたが気のせいだろう。まだ怪我の完治していない夏雪は後ろに下がらせ、黒鎖の出方を伺う。

会いに来た理由は何となくは想像がついていた。3日間の内の今日は一日目だった。まずは、千里の親衛隊の容姿の良い者で黒鎖を探らせた筈だ。戻って来なかったので、機嫌は取れたと思ったが。

「やっぱり1日一回は王子様を見ないと物足りないですね~。あ、贈り物は美味しく頂きましたよ?」

首を傾げて笑う相手は、千里の焦りを誘うがそれは表に出す事はしない。

…情報は引き出せず、親衛隊の子達は食べられたか。

性的な微笑で察してしまい、探らせた子を後で労おうと心に留めておく。なるべく男相手の経験が有る生徒を使ったので、心身の傷が浅ければ良いけど…。

「そう。あと2日、もう少し考えるとしようかな?お手柔らかにね。」
「…精々頑張って下さいね~。ふふ、どうせ無理だと思いますけど。」

嫌みな笑いに夏雪は静かな殺気を放つが、相手は全く動じない。

まあ、今日の所は良いか。
色々と疲れが出たので、微笑み一つで立ち去ろうとするが、横を通りすぎようとして黒鎖の行動に足を止める。

えーっと。
視線の先には、ブレザーの裾を掴む黒鎖の手。一瞬の間に夏雪が使える左手を伸ばしていたが、その間に喉元に拳銃が突き付けられていた。

「…雪には手を出さない様に命じておくから、その物騒な物はしまわないかい?」

努めて冷静に告げると、真っ黒の拳銃が下ろされる。

「雪、良いね?」
「是。我が君の御命とあらば。」

それでも直ぐに千里を守れる範囲で待機するのは、執事の最低ラインの意地だろう。夏雪が下がったのを確認し、黒鎖に引き留めた理由を尋ねると、思いもしない内容であった。

「あと2日になっちゃうんですよ~?良いんですか焦らなくて?」

本当に不思議そうに尋ねる黒鎖に、千里の答えは簡潔である。

「いや、今日は用事があるからね。」

それに、今日の黒鎖への作戦は終わってる。まだ2日あると思えば、足掻くのもみっともないとも思うのだが。

何故、引き留めるんだ?もしかして…。

「…月宮に何か言われたとか?」
「はい?」

思い浮かんだ疑問を口にすれば、相手は全く予想して無かったのかポカンと口を開けた。

「ん?」
「…いやいや。それって、素ですか?無防備過ぎますよ~。」 

固まる黒鎖に小首を傾げると、少し呆れ口調で言いながら夏雪に目配せしている。黒鎖の視線を受けた夏雪は、何とも言えない表情で視線を逸らしてしまう。 

「ほーら執事君も心配してますよ~?王子様可愛いんだから気を付けないと~。」
「…可愛い?君ぐらいだよ、そんな事言うのは。」 

ひとつ苦笑で流そうとするが、黒鎖の軽い口調がふと真剣味を帯びる。

「本当に?よく思い出して下さい。今まで言われた事無いって言えるのか?」

何だろう、急に。

「勿論。無いよ?」

ええー、と叫ぶ黒鎖が慌てて夏雪に駆け寄り小声で何か言い募っている。

(大丈夫なんですか~?!天然タラシかと思ったら、天然ですよあの王子様~!)
(それは…否定出来ない)

何だろう?何を言われているか知らないが、居心地が悪い気がする。
軽く咳払いをし、一度此の場に緊張感を戻す。

「それで、引き留めた理由は?」

じっと相手を見つめていれば、黒鎖は少し何か考えている雰囲気だったが、おどけて肩を竦めた。

「う~ ん、聞きたい事があったんですけど~。また今度にしますね?では、また明日楽しみにしていますよ。」

そう結論づけて、影に溶ける様に消えて行く背中を見送り、息を吐いて安堵する。やはり月宮側の人間と居ると、落ち着かないし気持ちの良い物では無い。

落ち着いてから、寮へと足を向ける。

明日は…智の部屋に泊まるなら、少し用意をして置かないとね。

それでも、直久や明日霞の部屋に行くのと比べたら、気は楽である。なんと言っても、智は穏やかであるし、中性的だ。万が一襲われても、抵抗しきれる自信はあった。

寮のエレベーターから降り廊下を曲がろうとした時、今は会いたくない見知った顔を目にした。 

「…春宮。」
「け…桜川。こんばんは?今日は綺麗な夜空だね。」

動揺など全く見せず、表面的な挨拶だけを述べて笑みを浮かべて去ろうとする。しかし、その歩みは直ぐに止まった。

「…っ春宮?」

恵…?

少し戸惑った様な恵の声に、釣られて振り返る。
感情を向けていない筈の恵は、しかしその瞳に滴を溜めていた。

「…僕…僕、何で?春宮を見ると、苦しくなるの。っどうして?」 

その時、初めて気付く。溌剌と美しい輝きを放っていた恵の瞳は、暗く淀んでいたのを。

やはり…何かされている?
自然と恵に近付き、開きかけた口から出る言葉は遮られた。

「桜川さん、月宮様がお待ちでいらっしゃいます。」

儚げな雰囲気の生徒だった。どちらかと言えば可愛いらしい容姿で、美景より少し背が高い程だろう。
可愛いが…僕の好みでは無いな。相手の視線の先には好意という物は、微塵も感じられない。

「星河…。あ、月宮くんが、待ってる?」
「はい、参りましょう?」

穏やかに優しく語る星河をじっと見つめれば、今気付いた様に驚き混じりに微笑む。

「これは春宮さん、御話し中でしたか?申し訳ありません。月宮様からの命ですので…。」

生徒は申し訳なさそうに頭を下げると、恵を自然な流れで連れて行く。

星河…智への暴行を指揮した生徒の名前だ。一言言ってやろうと思っていた筈なのに…何も言えなかった。

それは、星河の瞳を見てしまったからだ。

…何て、猟奇的で悪意に満ちた眼だろうか。背筋に嫌な物が流れ、全身の毛が逆立った心地である。
月宮の一方的な敵意でも、黒鎖の狂気と殺意の混じった物とは全く異なった物。ドス黒い暗闇。全てを侵食する鬱蒼とした心。あれは、月宮の何だ?

足を止めた千里は、寒気を覚える腕を擦り、部屋へと帰ろうとした。けれど、居なくなった筈の声がまた胸を打つ。

「…………っ千里!」 
「さ、桜川さん?」

廊下の端と端に位置する恵の目は、遠くても千里には見覚えのある物だと分かった。

焦る星河は慌てて恵の腕を掴み何か言っている様だが、恵の視界には離れて驚きに動きを止めた千里しか映らない。

「…千里!僕…こんなの嫌!助けて!助けて!嫌、忘れたくなっ……………うっ……」

叫んでいた恵の瞳が、みるみる淀んでいく。振りほどこうと暴れた腕は、星河に捕まれたままだ。慌てて月宮の部屋へ恵を引っ張る星河に気付き、千里は素早く駆け出す。

距離を縮める千里に、恵の自由な腕が伸ばされた。
揺れるその瞳から、止めどなく涙が溢れて頬を濡らす。

「…せん、りい…………僕を、捨てないで……………!」

零れ落ちた叫びを最後に、恵の意識が途切れて力を失った体を星河が支える。手を取り損ねた腕を下ろし、意識の無い恵の顔を見つめると、儚げな微笑みだけを視界に入れた。

「…それでは、失礼致します。」

僅かに勝ち誇った様な雰囲気を漂わせた星河だったが、次に対峙した物は想像とはかけ離れていた。

「星河だっけ。月宮に言って置いて貰えるかい?」

腕を組み、王者の佇まいで優雅に王子様の笑みを携える麗人。

「っなんでしょうか?」

怯んでしまう自分に苛立つ星河だが、直ぐに淡々と平静を装う。

「僕の愛しい囚われの天使を必ず取り返す、とね。」

誰もが見惚れる微笑みに、星河は礼だけすると恵を抱えて月宮の部屋へと居なくなったのだ。




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