王子様が居ないので、私が王子様になりました。

由紀

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二章~親交会・対立~

春と雪

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智の部屋に泊まった明くる朝、千里はきっかり7時に自室に着いていた。
起床後に、ちょっとしたハプニングはあったものの…智の謝罪を受けてとりあえずの笑顔を送り分かれたのだ。
…なるほど。男性って大変みたいだね。

という考えが生まれた千里だったのだが、今は打ち消して扉をくぐった。

既に扉の鍵は開いており、室温も快適な温度に保たれている。鼻腔を擽る珈琲の香りに、ゆっくりと息を吐く。

本当に執事って楽だな。
埃ひとつ無い玄関を見下ろし、靴を脱ぎながらそう思う。カチャリとリビングへの扉を開けると、見知った背中が丁度珈琲を淹れていた。

「おはよう、雪。」
「…おはようございます、お帰りなさいませ。」

テーブルに珈琲と数種類のパンを置いた夏雪は、深々と頭を下げる。

さてと…。
まずは何から話そうかと椅子に腰かけていると、意外な事に夏雪の口が開かれた。

「…我が君。」
「ん?なんだい?」

思い詰めた表情の夏雪は、片手を胸にあてもう片方を背に回し完璧な執事っぷりだ。

「喉を、潰せばよろしいでしょうか?」

…は?

意味が分からず思わず聞き返そうとする千里だが、相手の至って真剣な表情に止めて置く。

「それは、君の?」
「はい。そうすれば、我が君の憂慮も取り除けるのかと。」

きっと命じれば、今すぐ喉を潰すのだろうな。と言うか、それを一晩使って考えていたのだろうか?
いや、そうだろう。普段より顔色も僅かに悪い気がする。

テーブルに肘を置き、真っ直ぐな瞳の執事を見つめ返す。

「いや、必要無い。君は、僕を裏切らないと分かっているのだから。」

ふっと微笑むが、夏雪の表情は変わらない。より暗い物となっていく。

「何故…あなたは…。」

疑問と混乱の混ざる声が、室内に響き渡る。…だって、絶対に裏切らないだろう。

「君が執事だからだよ。例えば、友人やクラスメイト、知人ならもっと違う対応をしただろうけど。…執事は絶対に主の損になる事は出来ないと聞く。実際に君は、黒鎖へ最善の対応をしてくれた。」

俯いていた夏雪の瞳に、少しずつ光が戻る。
そこでそろそろ良い潮時だと思っていたのだが、相手の次の言葉に千里の思考が止まってしまうのだった。

「…では、私を罰して、いや殴って頂けますか?」
「……………。」

千里の何とも言えない表情に、夏雪はある考えに至って慌てて訂正をする。

「我が君、私はそういった嗜好の者ではございません。」
「ああ、そう。…では、何故だい?」 

何だ、そうだったのか。もしそうだったらどうしようかと。
知らず脳裏に過った水泳部の人物を、さっさと追い払って置いた。 

「…主以前に、女性の体をぶしつけに視界に入れてしまった事へ、罰則を頂きたいと。」

そう言う夏雪の頬は、僅かに熱を持っている。千里にとって、完璧に執事をこなし普段ほとんど表情を変えない夏雪のその反応は、悪戯心を芽生えさせるには十分だった。

「夏雪」と呼び掛ければ、勿論直ぐに視線が合う。千里はにっこりと楽しげに笑いかけ、少し首を傾げてみる。

「そこまで忘れられないものだったかい?昨日の僕は。」
「…………っあ、いえ、その…。」

耳まで赤く染め視線を逸らし狼狽えるその様に、笑いを堪え眺めた。

何だか意外だな。他者の裸など真顔を貫きそうだと思っていたのに。
ふいに、夏雪の視線が戻り、千里の瞳を捉えた。彼の真剣な眼差しに目を奪われた。

「はい。失礼ながら世界中の女性が霞む程に…。」
「…そう。それはありがとう。」

別段嫌では無いのは、外見を誉められたからだろう。妙に落ち着かない気分になり、そっとティーカップに口をつける。

「我が君、1つだけ御伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。」

目を向けると、テーブルに置かれた掌程の小さな木箱を見つけた。
一体これは?

木箱を見つめると、夏雪に開ける様に促される。
目的が解らないが、夏雪の期待に満ちた眼差しは千里に緊張感を与えていた。木箱を手の平に乗せ、そうっと蓋をずらすと…思ってもいない物に目を瞬く。

子ども用の、ヘアピン?

「…それを下さった方に出会わなければ、今の私はありません。」
「そう…なんだ。」
「はい。…我が君は、その方をご存知でいらっしゃいますか?」

夏雪の視線が痛いほどに感じる。何だろう?何を求められている?
雪にヘアピンをあげた人物なんて僕が知るわけないだろう。…ヘアピンなんて幼い頃何かのパーティーで、給事をしていた男の子の髪につけてあげただけで…。 

…………あれ?
そこで、千里の良い記憶力がフル回転する。夏雪の髪色と目の色が記憶と重なる。

「…その人を、知っているかもしれないな。」

ポツリと呟き、今度は此方が夏雪と視線を合わせずらい心地となった。

つまり、男性として生きようと決める前に出会っていたのか、雪とは。
妙な気恥ずかしさに、やっと相手の顔に視線を向けると、見た事の無い笑顔を贈られる。

「…左様でございますか。」

っ何だその顔は?
それはとても綺麗な笑顔であった。嬉しそうに細められた瞳に、男っぽく上がる口端。

千里の一言で肯定と受け取った夏雪の反応は早かった。千里の足元で片膝を着き「失礼いたします」とその片手を恭しく手に取る。

「…一言だけ、申し上げてもよろしいでしょうか?お返事は必要ございません、忘れて頂いても構いません。ですから、一言だけ。」
「…ああ。分かった。」

夏雪のあまりの真剣さに、思わず頷いてしまっていた。それに、優美に微笑み一度頭を下げる。

「あの日お会いできた奇跡に感謝致します。…私は、もう一度貴女にお会いする為に精進して参りました。ずっと、ずっと会いたかった…お慕いしております。…千里ちさと様。」

そのまま指先に口付けられ、好意を籠めた笑みで見上げてきた。

「…私の体と心の全て、貴女に捧げます。私のただ一人の姫君。」
「…い、意外と口が回るようだね。」

何とか絞り出した言葉は、自分でも大した内容も無く戸惑ってしまう。何となく、顔が熱い気もする。
勿論返事を求めていない夏雪は、想いを伝えてただニコニコと上機嫌であり、照れた様な千里の様子に、まるで可愛いらしいとでも言いたげだ。

凄く居心地が悪い。

「雪、着替えてくる。」

一度咳払いをし、早足で寝室に戻ると素早く着替えて、髪も縛り直す。
…執事という者は、便利だと思ったけれどやはり面倒だと思うよ。

千里から出た溜め息は、ただただ重い物となったのだった。

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