王子様が居ないので、私が王子様になりました。

由紀

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二章~親交会・対立~

春宮劇場

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「…君は?」

冬宮当主の訝しそうな視線が向けられる。大事な発表を遮られて少し不機嫌そうだ。

会場中の目が集まった所で、美しい執事が声を上げる。銀色の肩までの髪が揺れ、知的さを引き出す眼鏡を押し上げた。

「…お時間を取らせ申し訳ございません。しかし、しかし悲しき方々の心の叫びを聞いて頂きたく…。」

流れる様な調子に良く通る声に、会場の声が止みその声に聞き入る。銀髪の執事は涙さえ浮かべて、仰仰しく後ろの人物達を手で示す。

さてと…。
既に自分の作り上げた雰囲気に小さく口角を上げて、二人へ合図を送った。
一発勝負の舞台の始まりだ!

わああ!と小柄な少女が顔を覆い、悲痛な涙を流す。

「…私、私…辛いですわ!」

続けて、上背のある美しい青年が悲しげに目を伏せる。

「…もう、遅いのでしょうか。」
「いいえ、お二人とも婚約はまだ成立しておりません…今こそ勇気を振り絞るのです。」

励ます様に力強く執事が二人の背を押す。すると、その言葉に触発されたのか、二人の瞳に力が入り、
少女は直久の前に、青年は早苗の前へ進み立ち止まった。

「…何なんだ一体?!」

城ヶ根当主の苛立ちが募るが、冬宮当主は流石に静観を決め込んでいる。少女と青年は、目の前で困惑する相手に片手を差し出して微笑む。

「「あなたが好きです!一緒に逃げて下さい!」」

会場に響き渡る告白に、一瞬の静寂の後に直ぐに驚きと興味に会場が沸いた。

「なんと!花嫁奪還の様じゃないか?!」
「あらあら、ドラマみたいねえ」
「直久さんはどうするのかしら?」
「…早苗お嬢さんは…。」 

「み、みなさまお静かに!」

慌てた城ヶ根家関係者が声を上げるも、皆聞き耳持たず名家の恋愛事情に興味津々だ。

ふふ、パニックになりかけているね?此処までは良い流れだ。あとは。
チラリと直久と早苗に視線を向ける。変装に身をやつす千里に気付いてくれれば良いが。

((千里?))

二人の意味深な視線を感じ、僅かに頷き返すと意図に気付いたのか、先に早苗が青年の手を取った。

「…私も、貴方と逃げようと思います。」
「早苗様…ありがとうございます。」
「おい、早苗!」

後ろで城ヶ根当主が目を見開き叫ぶのも無視し、青年と共に駆け出して行く。慌ててそれを追うように指示するその横では、直久も行動を起こす。

「俺も、婚約など認めない。逃げるぞ。」
「はい!直久様…。」

少女と駆け出す後ろ姿に怒声を浴びせる城ヶ根当主と、一族達。

「…今だね。」

パチン、と執事…千里が指を鳴らすと、追う者を押さえ阻む者が出てくる。勿論怪我をさせない様には言ってあるので、問題はない筈だ。

それよりも千里の意識は別にある。先ほどより無言を貫く冬宮当主の瞳が、此方に移った事だ。
やはり気づかれたらしい。

「…皆さん、よろしいか?」

その重厚な一言に、水を打った様に静まり返った会場内。追っていた者を退かせて、城ヶ根当主を静止する。
流石は冬宮当主…。

「…ははは!驚かれましたかな?やあ、成功したようだ。中々ドラマチックでしたでしょう?」

………?!何だと?

千里の背筋に冷たい物が走る。冬宮当主の一言でその場がドッと笑いに包まれ、緊張が薄れていた。城ヶ根当主も、そうだったのかと安堵して笑みを浮かべていた。

「さあ、私は少しお手洗いに失礼致します。後は城ヶ根さん。」
「はい、お任せ下さい。」

和やかな会話でその場を去る冬宮当主と同時に、会場に紛れたSPに囲まれ千里は逃げ場を失う。
逃げるつもりは無かったけれど…逃がさないって事か。仕方ない。

大人しく着いて行くと、こじんまりとした部屋に通される。丸テーブルを挟み、対峙する事となった冬宮当主と千里。

「さて、少し話しをしようか?…ああ、彼らは追わない様に言いつけたから心配は要らない。」
「ご存じでしたか。」

千里は全ての感情を押し殺して相手と対峙する。発案者の自分がボロを出してはならない。冬宮当主は和やかな笑みを浮かべているが、視線は千里へ向けたまま。まるで探る様だ。

「…いいや、かなり驚いている。しかし、学園の関係者という事は想像は出来る。直久は学園へ帰らせたのだろう?」
「ええ。その通りです。」

相手を真っ直ぐ見詰める。視線は絶対に逸らしてはいけない気がした。

「ふむ。では、城ヶ根嬢は?」
「しかるべき場所で、保護をしております。」

早苗を頼んだのは黒鎖。彼には春宮の別邸へ連れて行くように頼んだ。爺やにも連絡を取ったので情報操作も済んでいる。
今回は、簡単に城ヶ根家へ返してやるものか。
冬宮当主の圧力に怯まずに、瞳に力も込めた。

不意に、相手の視線が伏せられ笑みが溢れ、次第に「クク」と笑い声が生まれる。

「…クックッ…あーはっはっは!なるほどなるほど、中々の胆力だ。」

へえ、笑顔は直久に似ているな…。

「冬宮当主殿。」

千里の静かな声に、冬宮当主は腕を組み上機嫌に笑う。大人の色香が一層引き立つ。

「…君の様な人材が欲しいと思った私なのだが、きっと代わりの利かない立場だろうね?私が思うに、そうだな…。」

一度言葉を区切り、僅かに思案し顔の前で人差し指を立てる。

「君の正体…直久の同級生で、桐埼君では無いのだろう?そこまで出来る家では無い。とすれば、春宮息子から指令を受けた園原か、夏雪か…。」

そこまで掴まれたか。

「教えては貰えないのかい?」

千里は未だ、鬘を被り眼鏡を押し上げ着けている。此処で正体をバラすのは簡単だ。それでも、無理矢理取りあげないということは、取引の材料にしても良いのか…それとも既に知っているのを遊んでいるだけか。
何にせよ慎重にいかないとね。

「…僕が、正体を当主殿に申し上げますので、1つお願いを聞いて頂きたいのですが?」

ほう、と読めない笑みを浮かべて続きを促してくる。

「直久君と早苗さんの双方の話しをきちんと聞いて下さいませんか?」
「…意外だね。婚約を解消しろとは言わないのか?」

はい、と涼やかな声で頷く。

「そこまでの価値は僕の正体に無いのでしょう?厚顔にはなれません。ですから…このお願いだけ。」

取引は出来ないし、取引にしたくない。あくまで、心の問題なのだから。
どれだけ誠実に訴え、好感を持たれたとして、やはり三大家の当主であった。

「…ふむ、では正体を聞いても良いかな?」
「はい。」

逆らわずゆっくりと鬘と眼鏡を取ると、艶やかな黒髪と美しい容姿が顔を出す。

「申し遅れました、春宮家嫡男…千里と申します。」
「…………ほう。」

まさか春宮家子息が直々に動いているとは思わなかったのか、冬宮当主の表情に驚きが生まれるが、それは直ぐに不思議と余裕に変わっていた。

先ほどから何だ?この態度は?

「…もうそろそろか。」
「何がでしょうか?」

冬宮当主の笑みが深まる。

「なに、既に冬宮の迎えが城ヶ根嬢と直久の元に着いた所だろうとね。」
「…………?」

何と…言った?まさか早すぎる。
初めて、千里の心臓が早まる。冬宮当主の態度は相変わらず変わらない。

「…君は年の割に優秀で聡明だろうが、この程度だ。所詮大人には勝てない。」

きっと、自尊心の高いそこらのお坊っちゃまならば、心が折られてスゴスゴと引き返しただろう。

冬宮当主こそ嘗めていた。…春宮千里を。

ほんの数秒俯いた千里が次に顔を上げた時、それを見た冬宮当主は息を呑んでいた。打ちのめされた青二才は居ない、次の一手を探る者。全く負けた素振りすら見られない。

(これが血か、春宮め…どんな育て方をした?)

タイミングが良かったか悪かったか、冬宮の執事が何者かを招き入れる。その人物に、冬宮当主だけでなく千里の瞳も驚愕で揺れた。

「失礼する。そろそろ頃合いだろう。」

皺一つ無く隙無く身に付けたダークグレーのスーツ。笑みすら浮かべず魅了する圧倒的なカリスマ性。

「…春宮。」
「と…父上。」

無機質な春宮当主の眼差しは、一瞬だけ実子の瞳と交差する。

「千里、車を待たせてある。帰りなさい、あとは…。」

任せて良い、と唇だけ動く。千里の体から、知らず張った力が抜けていく。

「…お願い致します。」





頭を下げて扉から出ていく我が子を見送り、長年来の悪友を見据える。

「…春宮、おい、春宮 千歳ちとせくん?また、私の邪魔をする訳だな?」
「冬宮、皺が増えたな。」

淡々と返された物は、普段余裕な冬宮当主の沸点を越えさせるのには簡単であった。


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