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二章~親交会・対立~

桜川の確執

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「つまり、実質的な次期当主は長子殿だと?」
「ええ、月宮さん」

客間の一室、桜川当主が聞けば確実に危険な内容を、長子灰と月宮家長子(当主)が会話を交わす。
先ほどまでは、邸に怪しい人物が入り込みあわや騒動になりかけるも、客人である園原の護衛だと分かり落ち着きを見せた。

灰の目論みは、桜川当主が来ない間に内々の取り決めをしておく事。

(自分が当主となる為に弟をこの世から消すというのか…ご苦労な事だ。父親を蹴り落とした私が言えた義理では無いが。)

正直、桜川家と繋がりを持てるなら兄でも弟でも良いとは思っていた月宮だが、肉親の命をあっさり奪うやり口は狂気さえ感じる。

廃嫡や遠流でも無いか…。どれだけ憎めばそうなるのか。いや、私も殺したい程憎い相手は居る。だが、それは相手を打ち負かしてからだ。あの人の幸せを奪った奴をドン底に突き落としてから、そこからが本当の始まり。

「…月宮さん、是非とも末長く桜川との関係を築いて行けたらと思います。」

灰の意味深な笑みに、月宮は訝しそうに瞳を細めるがそれは一瞬の事で、直ぐに「そうですね」と相槌を打つのだった。





表面上和やかな談笑を続ける中、 灰は断りを入れて席を立つ。勿論、用事があるからだ。絶対に外せない用事が。
客間から出ると、携帯を片手に恵を閉じ込めた地下への廊下をゆったりと進む。

「…もしもし、準備は良いか?」
『はい、兄上。直ぐにでも。…あの、ですが』

灰の問いに簡潔に答える二つ下の弟の声は、普段の快活な様子など無く明らかに怯えと恐れを含んでいる。

「どうしたのかな?今更予定は変更出来ないよ。お前はメイドへ、父上の薬を渡せば良いだけだ。」

月宮との顔合わせの前に、桜川当主は此処へ来る前に日課の薬の時間が訪れる。当主付きのメイドがいつもの様に薬と白湯を用意するのだ。それを、今日は次男がメイドに渡しに行く。

そう…致死量で即効性の毒を入れた薬を。
上手くいけば私の息のかかった医師が、何の問題も無く手頃な死因をつけてくれるだろう。

「失敗したら、分かっているね?」
『……………はい。』

弟の震えながらも頷く声に満足し、電話を切ると成功を思い残酷な笑みを浮かべる。
灰は知る由も無い。当主付きのメイドと共に、見知らぬ執事が居た事を。三男は当主暗殺の荷担に、恐怖と極度の緊張で気づく事は無かったのだろうが。

ゆったりとした歩みのまま階段を視界に入れた時、灰の口元に浮かんでいた笑みが一瞬で止んだ。

「…どういう事だ。」

桜川家次期当主を目論む男の絞り出した言葉は、これだけ。
桜川長子の目の前には、逃げられぬ様に地下へ閉じ込めた筈の末弟と、見知らぬ美しい人物だった。





「…灰兄様。」

驚愕に瞳を見開く兄を目にし、恵は条件反射で強張る体に渇を入れる。

(大丈夫。隣には千里が居る)

十秒にも満たない静寂が訪れる。あまりにも重い空気が、この兄弟の関係性を千里に察せられた。
これはもう、僕が口を出せる時期をとっくに過ぎているね。

「こんにちは。始めまして、春宮 千里と申します。」

胸中を表に出さずにこの場に合わない微笑みで挨拶をする。 ふいをつかれた桜川長子からも淡々と挨拶を受け、また重苦しい空気が漂う。

「…そうか。単刀直入に聞いても良いかな?」
「ええ。構いませんよ。」

灰の読めない目差しが、千里を射ぬく。しかし、冬宮家当主を相手取った千里にはあまり恐れを与えず冷静な対応を返した。

「…君が、恵を地下から出したのか?」
「ええ。」
「なぜ?これは桜川家内部の問題だ。友人といえども、立場のある君が手を出すのは賢いとは思えない選択だが。」

確かにそうだ。僕は春宮の後継。これはあくまでも家庭内の問題。

「…もし、閉じ込められていたのが貴方だったら、興味も沸かなかったでしょうね。…恵だからです。」

灰の表情は読めない。恵の千里の腕を掴む手の力が強まる。
桜川長子の顔色に僅かな変化が起こる。今まで静かな笑みを浮かべていた口元が凶悪に歪む。

「まだ16の子どもが一端の口を利くものだ。」
「…なるほど。それが貴方の本性か。」

鋭い睨みの灰に動じずに、ただ淡々とそれに応じる。
今年で25だったか?朗らかで明るい気性の恵にはあまり似ていない様にも見える。

「…どうした恵?そういえば、閉じ込めたと言ったが、誰にだったのかな?」
「え…あの…」

ビクリと怯えて体を震わせる恵は、兄の顔も見れずに俯く。灰は余裕を取り戻し、穏やかに距離を縮めていく。

「誰だろう?ああ、もしやあの若いメイドかな?以前より怪しいと思っていたんだ。」
「…っ………あ。」

何という男なんだ。この期に及んで責任逃れをするというつもりか。しかし、恵が相手の名を言わない限りはこの男の罪は知られない。

「…流石は次期当主だと思っている方ですね。弱き者に自身の罪を着せると。」
「…何だと?」
「おや?聞こえませんでしたか?」

にっこりと敢えて綺麗な笑顔で首を傾げる。恵の調査書を思い出し、どんな思いで生きてきたかと思うと怒りが沸いてくる。

「自分の行ってきた事にも責任を取れず、当主になりたいなどとよく思えますね?」

化けの裏を剥がしてやる。もう少しだ。もう少しで夏雪が連れてきてくれる筈。
千里の考えなど知らず、触れられたくない所を突かれた相手はカッと頭に血を昇らせた。

「…っ煩い!春宮の本妻腹では無い分際で!」

へえ?此処まで言ってしまうんだね。

実際は春宮の直系である千里にとっては、痛くも痒くも無い言葉だった。その言葉に反応したのは、千里では無い。

「っふざけないでよ、灰兄様!」

千里の隣で俯いていた少年は居ない。一歩前に踏み出して、相手を真っ直ぐに見据える桜川次期当主が居た。

「僕の大事な人への暴言は許さない。」

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