探偵事務所のドアを開けたら、そこには可愛い柴犬がいました。

とらお。

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神隠しの怪

007

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「まず弟くんについてだが、七つ年下と言っていたね。高校生くらいで合っているかい?」

 こくりと頷くと彼はさらさらとペンを走らせる。

「名前を聞いても?」
あきらです。明星みょうじょうみょうと書いて、あきら

 ふむふむ、と頷くバディ。

「周りからは良く似てるって言われるので顔はだいたい僕と同じような感じかと……。あ、でもあいつ髪の色素が薄くて、地毛が茶色っぽいです」

 と、一通り弟の特徴を口頭で話し、そろそろ言うことなくなってきたな、と思った段階でバディはそっと手帳を閉じた。

「よし、概ね弟くんの特徴についてはわかったよ。さて……この段階で私には一つ、思い当たる事象がある」
「え? ほ、本当ですか?!」
「ああ。ただ、弟くんがそれに巻き込まれたかどうかはわからない。あくまで可能性の一つでしかないのだけど……最近、このあたりで人間の男の子の目撃情報が相次いでいるんだ」
「その噂、あっしもチラッと聞きましたえ」

 このあたりで……ってことは、バディたちがいる此方側の世界で、ってことか。

「たまに生きた人間が迷い込むことがあるとは言ったけれど、こう頻繁に目撃情報が出ることは異常事態なんだ。それにもう一つ気になることがあってね」
「気になること?」
「その子は、此方側の住民に連れられていたそうなんだ。噂だと、この辺じゃ珍しい二足歩行のやつで大きな体に赤ら顔……という特徴だったかな」

 つまり、妖怪あるいは幽霊に人間が連れ回されているという状況。
 散々探しても姿どころかどこで姿を消したのか痕跡すら残っていない弟の失踪は確かに謎に包まれている。
 考えもしなかったけど、此方側という世界があるんだと知ってしまった以上、弟が此方側でなにかしらに巻き込まれたという線も可能性として考えて問題ないはずだ。
 ただ、捜索範囲が一気に広がってしまったという点ではそう喜んでもいられないのだけれど。

「ふむぅ、いまいちパッとしない特徴ですねぇ」

 いつの間にかカップを空にしたらしいミケがソファにごろりと転がりながら不満そうに零す。

「あくまで噂だからね。連れていた"なにか"の特徴が少しでも出回っているだけ良い方さ。まあ法螺の可能性もあるけれど」

 困ったように笑ったバディはまたもや手帳を何処かに仕舞い、ソファを飛び降りたかと思うと、コートハンガーにかかっていたチェックのキャスケットを被った。

「さっきも言ったがこの件が茜の弟くんと関わりがあるかどうかはわからない。しかし、関わっているかどうか悩んでいるより、さっさと真実を解き明かしてしまったほうが素早く次のアクションに移れるだろう? ということで一先ずはこの件を調べていくことにしようと思うが、茜はそれでいいかい?」
「……はい。あいつが見つかる可能性が少しでもあるのなら」

 例えその目撃された子というのが弟じゃなかったとしても……少しでも、何かヒントになるのなら。
 とっくに自分だけでは手詰まりだったのだから、どこへ進めば良いのかを導いてくれる彼らの存在は有り難い。

「さて、じゃあ出かけよう」

 なにやら身支度を整えたらしい彼は事務所の出口に足を向けながらこちらに振り向く。

「捜査の基本は足だからね。ついでにこの辺りを案内するよ。ついておいで、茜」


 ◆ ◇ ◆ ◇


「神隠しという言葉を聞いたことはあるかい?」

 僕を見上げながら歩くバディの真っ黒い瞳を見つめながら、こくりと頷く。
 時刻はもうそろそろ昼の十一時を回った。
 ぽかぽかとした陽気を浴びながら、人気のない長閑な町並みをゆったりと歩いていると自分が何故ここにいるのか忘れてしまいそうになる。
 ちなみにミケは気になることがあると言ってふらりとどこかへ居なくなってしまった。

「神隠しには二種類の意味があるんだ。一つは喪中に神棚を白い紙や布で習う習わし。神を隠すという意味で神隠し。神棚封じとも言うね。神道、つまり神様を祀る風習は日本古来の宗教に当たるのだけど、この神道は"死"を穢れと捉えるんだ。だから崇拝する神に穢れを近付けさせないために神棚を隠すという風習ができたんだよ」
「神道……? 仏教とは違うんですか?」
「輪廻転生がベースの考えになる仏教において"死"はそれほど意味を持たないんだ。仏教の最終目的は浄土という、現世とは違う世界に生まれ変わることだからね」

 ううん……??
 混乱してきた。

「神道と仏教の大きな違いは色々あるけど特徴的なのは死生観。つまり死に対する捉え方が違うんだ。神道では故人は守り神となって生者と共に在り続けるとされているが、仏教では故人は輪廻転生して生まれ変わるとされている。また神道は日本古来の宗教だが、仏教はインドで出来た宗教だから発祥の違いもある」

 詳しく説明してもらってもやっぱりよくわかんないけど……とりあえず、神道と仏教が別物ってことは理解できたぞ。

「話が逸れてしまったね。とりあえず神隠しという言葉の二つの意味のうち、片方は神道に基づくものであるということだ。もう一つは人間がこつ然と消えてしまう現象のこと。神に隠されるという意味で神隠し。今回弟くんの失踪と関係がありそうなのは後者だね」
「神隠しの一般的なイメージってそっちですよね」
「そうだね。神隠しを題材とした映像作品も色々あるけれど、基本的にはこっちの方が圧倒的に世間に浸透している。そしてこの後者の神隠しは別名"天狗隠し"もしくは"天狗攫い"といもいうんだよ」

 天狗?
 天狗って、あの顔が赤くて鼻が長い、天狗?

「天狗は神の一種と言われているからね。それから天狗が原因の神隠しの場合、被害者は子供である場合が多いんだよ」
「どうして天狗が人を……?」
「ふむ、天狗が人を攫う理由は様々噂されているけれど、男色のためという説が強いね」 
「だんしょく……」

 今日は知らない言葉がたくさん出てくるなあ。
 それにしても、あれだけの本を所持しているだけあって流石に物知りだ。

「まあ、端的に言えば男性同士で事を致すことだね。天狗攫いに遭った子供は数年後に帰ってくるとされているんだけど……江戸時代の書物に、当時神隠しに遭って戻ってきた被害者は"天狗の情郎"と呼ばれていたという記載があるんだ。情郎は陰間とも呼ばれ、人々には天狗の性欲処理をさせられていたと考えられていたんだそうだよ」
「そ、そうなんですか……でも、なんで急に天狗の話を」
「男の子を連れ回していた"なにか"の特徴を覚えているかい?」
「えっと、たしか二足歩行をしていて大きな体で赤ら顔、でしたっけ」
「そう。特徴、イメージの中の天狗そっくりだろう?」

 彼の話に、ぞくりと背筋が凍った。

「じゃあもし、あいつが天狗に攫われたんだとしたら……?」
「あ……す、すまない! 配慮が足りなかった。そんなに不安そうな顔をしなくても、きっと大丈夫だ。天狗が好むのは齢二桁にも満たない子供だと言われているからね」
「そ、そう、ですか……」

 困ったように眉を下げ、慌ててフォローしてくれるバディに少しだけ和みつつ歩みを進めていると、木造の民家は減り、ぽつぽつと店の看板を見かけるようになり、次第にドラマなんかで見る城下町といったような景色に変わっていく。
 それでもやっぱり人の気配が全く無いことを考えると、幾分不気味だけれど。

「あの、天狗って本当に僕たちが想像しているのと同じような感じなんですか? 赤い顔で鼻が長くて、下駄を履いていて……」
「そうだね、概ねそのイメージ通りで問題ないよ。妖怪や怪異という類のものはね、人間が信じることによって生まれるんだ。それは勿論、天狗も例外ではない。だから、此方側に存在するものは君たちが思い描いているものと大差ないと思うよ」

 信じるから生まれる……。
 卵が先か、鶏が先かみたいな話だ。

「さて、先にも言ったが捜査の基本は足。そして聞き込みだ」
 
 町色が賑やかになってから数分後。
 バディがやっと足を止め、ちょこんとその場でおすわりをした。

「まずはここに聞いてみるとしようか」
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