探偵事務所のドアを開けたら、そこには可愛い柴犬がいました。

とらお。

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神隠しの怪

008

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 バディが鼻先で指したのは和風の落ち着いた外装ながら上品な雰囲気が漂う建物。
 ふいと看板を見るとそこにはつい少し前に見たばかりの"金色堂"という文字が並んでいた。
 あの蜂蜜を取り扱っているお店だ。
 バディが店の前に立った瞬間、店の暖簾をかき分け、箒を持った人物が姿を表した。

「あら、いらっしゃいませ、バディくん」

 長い髪を高く結わえたその人物は、ひらひらと手のひらを振る。
 しゃらりと簪の音が鳴った。

「やあ、おはちさん。どうも」

 暗めの着物に身を包んだその人の声は女性にしては低く、男性にしては高い。
 格好だけを見る限りは女性だが、体格だけで見れば肩幅が広めで男性らしさもあって……正直なところ、その人の存在を上手いこと飲み込めない。

「可愛いお客さんを連れているね。今回はどんな依頼なの?」

 目が合ってにこりと笑うその人の笑顔が妙にしっくり来ないことに少し気味の悪さを感じつつ、軽く会釈をした。

「人探しさ。二、三聞きたいことがあるんだけど今いいかい?」
「もちろん。良かったらお茶を出すよ」
「すまないがそれはまた今度で」
「それは残念。それで、何が聞きたいの? 何でも答えるよ」

 線の細い眉が寂しそうに八の字を描く。
 それとは対象的にぷっくりとした艶やかな唇は薄く笑みを刻んでいた。

「この辺で最近生きた人間の目撃情報があるんだけど、何か知らないかな?」

 バディがそう言うとその人……おはちさんと呼ばれたその人は箒を抱えながら顎に手を添え、少し考えるようにして目線を伏せる。
 目元に散りばめられた紅がくしゃりと歪んだ。

「あ、そうだ。人間は見てないけど、ここいらじゃ見ない顔が一度和菓子を買いに来たよ。鮮やかな練り切りばかり選んで妙に子供っぽいラインナップだと思ったからよく覚えてる」
「そうなのかい? どんなだった?」
「大きな体に……顔が妙に赤かったね。あとはそう、下駄を履いていたから歩くたびにからころと音が鳴っていたよ。多分あれが渦中の主じゃないかな」

 ふむ、と小さくバディが呟くと、その人は申し訳無さそうに笑う。

「噂とそう変わらないことしか言えなくてごめんね。力になれたかな?」
「ああ、君のお陰で確証が持てた。助かったよ」
「そう? なら良かった。暇なときにまた来てね。サービスするから。そこの可愛い人間のお客さんも一緒に、ね」

 声をかけたときと同じように手を振りながら見送ってくれたその人の姿が見えなくなった頃、僕は思わずしゃがみこんでしまった。
 ばくばくと心臓が鳴って、冷や汗が止まらない。

「あ、茜?! 大丈夫かい?!」

 心配そうに顔を覗き込んできたバディとばっちり目が合う。
 彼がぴったりと寄り添って、背を優しく撫でてくれたことで得体の知れない恐怖感はゆっくりと鳴りを潜めていった。

「ど、どうしたんだ? どこか痛いのかい?」

 バディの言葉に、そっと深呼吸をしてから口を開く。

「ねえ、バディ、今のひと……? って」
「え? ああ、"あれ"は金色堂の店主、おはちさんだよ。もしかして、おはちさんに怯えているのかい?」
「そ、それが自分でもよくわからなくて……」

 とりあえずなんとか心臓を落ち着かせないと。
 すう、はあ。
 よし。
 落ち着いてきた。
 ふいと顔を上げた瞬間、ずっと寄り添ってくれていたバディと目が合う。

「大丈夫かい?」
「は、はい」
「そうか、無理はいけないよ。今日はもう帰ろうか?」
「ううん、大丈夫、です」

 僕の言葉にバディは不安そうに眉をひそめる。
 きゅるんとした顔があんまり可愛いもんだからつい手が伸びてしまって……気がついたら、彼の首の後ろを撫でていた。
 ふわふわでもこもこの感触を手のひらが包んだ途端、心臓は静かに落ち着いていく。
 アニマルセラピーってすごぉい。

「……茜?」

 不思議そうな顔をしたバディにそう声を掛けられて、はっとする。
 無意識に彼を撫で回してしまっていたことに気がついて慌てて手を離した。

「わっ、ご……ごめんなさい!」

 昨日今日あったばかりの人間に急に触られるなんて嫌だっただろうに。
 申し訳ないと思っていると、バディは小さく笑う。

「私を撫でて君が元気になるのなら、好きなだけ撫でてくれて構わないよ」

 マジすか。
 正直お言葉に甘えてあちこち撫でくりまわしたい気持ちになったが、ぐっと堪えた。
 流石に今はその場面じゃない。

「そ、それであの……今の人って、なんなん、ですか?」

 いや、あれは人なのか……?
 あの人の姿を思い出しながらそう尋ねるとバディは、ああ、と小さく零す。

「"あれ"は怪異だよ。妖怪というか、怪異だ。概念のようなものだね。茜は"あれ"をどう思った? 男性に見えた? それとも女性?」
「わ、わからないんです。声は判断材料にならなかったし、着物は女物っぽくて化粧をしていたけど、女性にしては不自然に肩幅が広かったし」

 すると彼はぱちくりと瞬きをした。

「よく見ているね。"あれ"は見る人にとって都合のいい性別に映るんだそうだよ。映るというか……"あれ"には性別がないんだけれど、きっと人間は性別がないという事実を上手く飲み込めないから勝手に自分の中で都合の悪い情報には目を瞑り、足りない情報は補填しているんだろう」

 えっとつまり。

「あの人……おはちさんは、男性でも女性でもないってこと、ですか?」
「そういうことだね。でも"あれ"をみてどちらとも思わないなんて、茜は素晴らしい感性を持っているんだろう」

 屈託なく褒められ、ちょっとだけむず痒い。

「さて、おはちさんのおかげで私の予感は確信に変わった。あとはもう少し情報を集めて居場所を割り出していかなければね。茜、疲れていないかい?」
「大丈夫、です」
「そうか。だけど辛くなったらすぐに言うんだよ。今朝からずっと顔色が良くないからね」

 そういい、僕の顔を覗き込んだ彼は、まろ眉をくしゃんと歪ませた。
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