28歳 喪女な私の愛され開発生活

甘噛屋

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第一章 愛される前の準備

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 「先輩、決裁上げ直してます!」

 「ありがとう! ごめんけど、高木君探してきてくれる?」


 小走りで戻ってきた小田ちゃんに、1時間ほど行方不明になっている出来ない院生エリートを探してもらおうと声をかけた。


 「あっれ? どうしたんすか、バタバタして」

 「高木くん?!」


 ポケットに手を突っ込んで、社内の売店の紙袋を持って帰ってきた出来ない院生エリート・高木。

 タバコの匂いまでさせて…。


 「…高木くん、どこ行ってたの?」

 「え、売店行ってました。帰りに営業1課の部長さんに会いましてね、話し込んじゃいました」


 つい声のトーンが低くなる。

 機嫌はマックスで悪くなっているわけで、笑顔でキョトン顔の高木君に向ける意識すらもったいない。


 「こんな大変なときに…」

 「え? いや、だからなんかあったんすか? って」

 「企画1課のフォルダに入れてた第5期のシーズン企画のデータがなくなってて…」


 小田ちゃんが真っ青になりながら、私が打ち終わったデータを横でセカンドチェックしながら保存をかけていってくれている。

 それを、高木君が横から顔だけを画面に向けて「あ」と小さな声を上げた。


 「このデータ、バックアップ無かったんで俺が別で保存しときましたよー!」

 「「はいっ?!」」


 高木くんの思いもよらない発言に、神が舞い降りたと思った。

 だって、終わるのか? って思ってたデータと資料の再入力も、元データの再作成も、バックアップシステムの再構築の依頼も・・・ん? バックアップ・・・んぅ??

 高木君から、理解できない意味の言葉を聞いた気がする。


 「バックアップがないって、どういうこと?」

 「え、だってこのデータ、バックアップ用のデータが無かったんで、あぶねぇっと思って自分のUSBに保存しといたんすよ! 消えたら大変じゃないっすかぁ~!」


 鼻高々とあごを上げてドヤ顔している高木君に、どんな始末書を欠かせたらいいんだと頭が痛くなる。


 「ちょっと待て、誰の判断と誰の指示で勝手に私用のUSB繋いで保存しろって言われたの」

 小田ちゃんの可愛らしい声が、信じられないほど低くなった。

 「え、誰って…俺っすよ?」
 
 それを聞いても、尚悪びれた様子もなく、『俺すげぇでしょ?』みたいな得意気な表情で返事をする高木君。
 頭痛いよ、まじで。

 「…俺って…あなた、社内規定を読んだことないの? 私、入社最初の講義でも言ったけど、会社指定のUSBでないとパソコンには繋いだらいけないし、保存もしちゃダメだって知らなかったわけないよね?」

 「いや、緊急処置ってやつで」

 緊急処置って……緊急なら尚更誰かに聞いてから行動しろよ!?
 と怒鳴り付けてやりたいのを圧し殺して、もう一度、入社当時にしたような説明を掻い摘んで伝える。

 「緊急処置も何も、このデータにはバックアップシステムを入れてもらってるから、元を消さない限りはデータの更新は自動なの。その元のデータはコピー不可にしてあるからどっかのフォルダに移すと元データがそのまま動くの…元データは所定のフォルダから移すと、バックアップシステムが初期化されるから、もう一度システム課で再設定をしてもらわないといけなくなるの」

 「…え?」

 「え、じゃなくてね。どうして誰にも相談しないで判断したの? そのデータがどんなものか、どれほど大掛かりで、どれほどの工数を要したか、それを説明していたはずよね? だから、このフォルダのデータだけは勝手に変更しないでって…」

 「あー…すんま…すみません」


 顎を突き出して、中途半端な謝罪。

 本当に分かっているのか…。

 当時入社したばかりの小田ちゃんが、たくさんの時間を使ってデータをまとめ、統計を作り出し、分かりやすくしてくれたものだし、部長が上に掛け合ってセキュリティ強化に尽力してくれて決裁を通して、他の人たちだってこの企画のために何時間も時間を費やしてデータ収集に時間をかけたのに…それをそんな態度。


 呆れて物も言えないし、こんな奴見放してどうとでもしてやりたい。

 なのに、私の損な性格はそれをしない選択肢ばかりを考えてしまっている。


 「とにかく、今回は始末書ものだからフォーマット送っておくわ。明日中に仕上げて一度見せて」

 「…分かりました。」

 「それから、そのUSB持ってセキュリティ課に行って来て。申請して、その場でデータ元に戻してもらってきて。私から連絡入れておくから」


 不貞腐れた表情の彼が、小さなUSBメモリを持ってその場を後にした。

 ほっと胸を撫で下ろすが、何かあった時のためにコピーされた資料はファイルに入れて鍵付きの棚に保管しておいた。


 動き回ってくれた部内のみんなに頭を下げて、感謝を伝える。

 指導している身でありながら、彼の行動を制御出来なかった。コミュニケーションを取ることに億劫になってしまった私の責任でもある。

 みんなは、「高木が悪いから謝るな」と励ましてくれるが、そうもいかないのがこの面倒な性格なのだ。仕方がないだろう。

 席についても、しばらくはイライラがおさまらなくて、なかなか集中して仕事も出来なかった。





 「飯塚さん、大丈夫そうですか?」

 「え?」


 企画営業の部署に背の高いイケメン。

 神崎部長が顔を出した。


 「あれ? 神崎じゃないか! どーした?」

 「横溝。今日はお宅のエースを食事に誘ったんだよ」

 「あぁ、飯塚か! おい、飯塚! 後は俺がやっとくからお前帰れ」


 慌ててる私に、横溝部長がニカッと笑って見せた。

 いやいや! 後片づけしなきゃだし、高木君に資料も送って、セキュリティ課に謝りに行って…


 「お前が想像してる事全部終わらせて、フォローしておく事くらい俺にもできるぞ?」

 「横溝、お前って言うのは良くない。彼女は飯塚さんだよ。飯塚さん、今日の所は横溝の言う事に従ってもらえると嬉しいですね。」


 ニッコリと穏やかに笑う神崎部長にヒュッと息が詰まってしまう。

 顔を爛々と輝かせてワクワクしている様子の小田ちゃんに荷物を無理矢理渡された。

 いつの間に私の荷物を…。


 「先輩! 後は部長や高木君とやっておくんで、楽しんで来て下さい!」

 「いや、でも…」

 「明日、詳しく聞きますからね!」


 楽しそうですね、小田ちゃんや。

 私、イタリアンでシッポリディナーに行けるほど、今余裕はないのだよ。

 元々余裕なんてないけど…。

 2人の部長は何やら話し込んだ後、近付いて来た神崎部長にスマートに荷物を持たれ、横溝部長と小田ちゃんに見送られながら会社を後にした。





◇ ◇ ◇


 「わぁ、美味しい…」

 「それは良かった。ここのドルチェも絶品ですよ。特にフォンダンショコラは格別です」


 連れて来られたイタリアンは2階建てのレストランで、2階の窓際に案内された。

 ベルベットのカーテンとステンドグラスがとてもロマンチックで、店内はほんのり薄暗かった。

 私はシェフオススメのメニューから、和牛のローストとゆず胡椒の和風パスタとサラダのセットを注文した。

 神崎部長はいつものメニューからおまかせで。とこれまたスマート。

 常連なんだろうか…イケメンはやはり何をしてもイケメンらしい。


 運ばれてきたパスタのオシャレな事。

 思わず口元がほころんだ。フォークでひと掬いして巻き付けると、湯気と一緒に柚子胡椒の香りが食欲をそそる。


 「ふふ、飯塚さんは本当に美味しそうに食べてくれるのですね」

 「ふぇ?」

 「お連れして良かった。無理矢理だったかと、内心焦っていたんですよ?」


 焦ってた?! 今朝のアレが焦っている男のする事だろうか?

 笑顔で「それじゃまた後で」とか抜かして去っていく後ろ姿に焦りなんて微塵も感じなかったが、これもイケメンのなせる技なのか。

 つか、食べる姿もイケメンだな!

 やっぱり、イケメンは何をしてもイケメンなのか?


 注がれた赤ワインをほんの少し口に含む姿なんてどっかのアニメの王子様…いや、年齢的に王様か?

 ん、年齢といえば。


 「そう言えば、神崎部長は横溝部長と仲がよろしいんですね」

 「横溝とは、唯一この会社で生き残った同期なので付き合いも長くなりましたね」

 「え、同期なんですか? 入社当時の部長ってどんな感じだったんですか?」

 「…そうですね、今とあまり変わらないと思いますよ」

 「へぇー…昔からあのテンションなんだ」


 あの性格も声のデカさも昔と変わらないって、ちょっと面白いぞ。

 しかも、あの部長にも20代があったなんて!

 同期にあんなテンションの男が居たら、私の代ももう少し残ったのかなぁ…

 あ、でも嫌かもしれない。何かある度に飲み会とか集会だって言って連れ出されそう。

 ついついクスクスと笑ってしまった。


 「っ?!」

 「…もどかしいですね…この距離は」


 テーブルに置いていた手に、大きなゴツゴツとした手が触れる。

 ビクリとして前を向くと、ブラウンの瞳がジッと私を見つめていた。


 「あ、の…」

 「…私との食事で、話題になるのが横溝とは、いない人物にヤキモキすることになるというのを初めて経験しました」

 「すっ! すみません…」


 ひゃー! 私、またやってしまったぁー!!

 良くやらかしてしまうんだ。

 ほかの人がいるのに別の事考えたり想像したり…直さなきゃー。

 とっさに謝る私に、神崎部長の手がピクリと反応した。


 「いえ、謝る必要はありませんよ。心の狭い私が悪い。…グラスが空いてしまいましたね。今度は白を頼みましょう」


 スッと離れた大きな手は、そのまま店員を呼び止めるための動作に変わった。

 暖かさのなくなった私の手は熱く、熱だけが篭っている様だった。

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