28歳 喪女な私の愛され開発生活

甘噛屋

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第一章 愛される前の準備

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 あれから、白ワインを一杯飲んで色んな話をした。


 神崎部長からの質問の方が多かったように思う。

 好きな映画は何かとか…。

 もちろん、アニメ系とか好きだ。

 最近気になってるのは、忍者のアニメなんだけどシリーズ第5弾で最終章かもって言われてるやつ!

 作者自ら作画監督をやってるから、画力も申し分ない! 今回はヒロイン役に今話題の声優さんが出る事でも注目度高いんだよね。


 とは言えないので、無難にラブロマンス系やラブコメ系が好きだと言っておいた。


 神崎部長は映画は洋画を中心かと思ったら雑多に見ているらしい。

 気になるシナリオの映画があれば、一先ず映画館に足を運んでいるんだとか。


 後は、何を読むかとか、何が好きかとか、何を聴くかとか…。

 そんな話しで少し盛り上がって、ドルチェを食べ終わった後何事もなくそのまま帰宅した。

 帰りに寄ったコンビニで、『好きって言います』の新刊を見つけた時はここのコンビニ店員を同士だと思って感激したな。




 土日は予定通り録り溜めしたアニメを見て、漫画を読みふけり、一歩も外に出る事なくぐーたらと過ごした。


 イケメンとの食事…確かに楽しかったし、いい経験にはなったが、緊張したし疲れた。

 イタリアンもたまにはいいけど、やっぱり私は焼き鳥のが好きだなぁ。

 焼き鳥に焼酎、日本酒、ビールで杏奈や小田ちゃんとわいわい話をする方が好きだ。

 神崎部長には悪いけど。


 日曜日の昼間っから手にしている缶ビールを見て、微笑する。

 所詮喪女とはこんなものよ。

 出会いという出会いに積極的になってきたわけじゃないし、出会おうという努力をしてきたわけでもない。

 身長が高くて、胸はぺったんこ、男より女の子にモテて、おまけに処女…そんなコンプレックスの塊みたいな私が、一度イケメンと食事した所でゼロだった偏差値が急上昇するわけじゃない。


 「はぁー…何で二次元みたいにすんなりいかないんだ」


 グビッと一気に飲み込んだビールが、少し苦くて喉に味がまとわりつく。

 ゴロンとお気に入りの絨毯に転んで、目の端に薄紫のブラジャーがとまった。


 あの日、私のコンプレックスをほんの少しだけ和らげてくれた存在が他の下着より丁寧に干されてる。

 洗濯機のおしゃれクリーニング機能で洗濯してアンダー部分を洗濯バサミで止めて逆さまにして干す。

 一応、美容用品の会社に勤めているから、そういう知識だってあったりするわけで、女らしい知識が増えはしたが、それが有効活用されたのはきっと今回が初めてだ。


 「はぁー…明日は仕事だよー。いやだぁー…よし、風間様に癒してもらおう!」


 パソコンを立ち上げてダブルクリック。

 音楽に合わせて画面が切り替わって、美男子4人が並ぶ。

 右端の背の高い黒髪の男が風間様。


 「はぁ、ヤベェかっけぇー…」


 これぞ喪女。

 二次元の男の方がよっぽど私を理解して動いてくれる。(いや、乙ゲーだから当たり前なんだけどさ。)

 溢れ出すくっさいセリフも、風間様だから許せるし、風間様だからトキメク。

 こんな感じで、私の休日はいつだって同じサイクルを廻っているのだ。







 あー…夜更かししてしまった。

 昨日は、風間様の新しいエピソードが更新された事もあって、攻略するのに時間がかかった。いつもならサクッといくのに、今回は妙に手間が掛かっていたなぁ。

 スタッフさん、頑張ったのね。

 それにしても、昨日の風間様はなんともフェロモンが…ぐふふ。


 思い出して緩みそうになる頬をなんとか納めて、俯いてみせた。

 いつもより12分遅延する電車を待つ列は、いつの間にか長蛇の列を作っていた。

 寝不足の日に限って遅延か。

 キツイな、これ。多分、2本前から遅れてるらしいしこの後来るのも満員かなぁ…月曜日からついてない。

 アナウンスが流れ、次の電車が漸く到着するらしい。ホームの端から電車のシルエットを遠くに確認して、通り過ぎる電車が明らかにギュウギュウ詰めにされている事にさらにテンションが下がった。


 ドアが開くと同時に、次々に人がおりて空いたスペースに人が押し合い圧し合いしながら乗り込む。

 私も尋常じゃない力で中へと押し込まれ、あれよあれよという間に反対側のドア付近まで連れて行かれてしまった。


 うぎゃー。周りが親父の顔だらけぇー!?

 身長高いとこれがあるから嫌なんだよな。


 動かせなくなった腕と動かそうものならピンヒールが凶器となる自分の足元に全神経を集中させて踏ん張る。伊達に社会人やってねぇーぞ!

 と言っても、普段満員電車に乗りたくないからと少し早めの電車に乗っているから、こんなに混んだ電車は久し振りだ。


 「飯塚さん?」

 「っ?!」


 耳元にベルベットの甘い声…これは。


 「かっ、神崎部長」


 目の前の質の良い淡いブルーのストライプシャツは、あなたでしたか…イケメン・神崎部長。

 もはや、イケメンが苗字のようになってしまっているが、月曜日の朝からその声を耳に浴びせられるのは何かの罰ですか? えぇっ?!
 つか、どんな偶然だよ。神様のバカやろうなのか?


 「月曜日に遅延とは、やられましたね」

 「…っそ、そうですね…」


 あかんって!

 おじ様、あーたの声!

 低音で掠れてて、なのに耳障り良く穏やかで…兎に角甘いんだよ!?

 そんな声を、朝から免疫ない喪女に浴びせちゃいかん! しかも、耳元でっ!?

 なんかの拷問かっ?!

 しかも、さっきからケツに鞄押し付けられてて、キモいんだよ!?


 「…後でコーヒー奢りますから、恨まないで下さい」

 「へっ? …ひょぁ?!」


 ちょーー!? ちょちょっ?! ちょっとぉー!

 なぁーにしてくれとんじゃー!

 満員電車の中、後ろで当たる鞄を避けたくて、でも目の前には神崎部長で、どうにも出来ずに我慢しようと決めていた私の腰を、グイッと強い力で前に引き寄せられた。


 「えっ? あの、ちょっと」

 「しぃー…あまり暴れられると私が痴漢だと間違われてしまいます」

 「んっ…あの、はい」


 より一層近くなった神崎部長の口元から、甘いベルベットボイスと吐息が耳に刺激を与える。

 なんという事でしょうか…

 こんな所で神崎部長に出会い、満員電車で腰を抱き抱えられ、耳元で囁かれる。

 だ! か! ら!

 何の拷問だぁーーー!


 満員電車に乗って3分でーー正確に3分かは分からないけどそれぐらいーー神崎部長と会って、ケツに鞄を押し付けられて、神崎部長に腰を抱きかかえられて、耳元にベルベットボイスって、これどこの乙ゲー?!

 つーか、これ電車降りた後どうしたらいいの?

 平気な顔してお礼言えばいい?!

 え、待って!? 平気な顔していられると思ってんのか?! 私は喪女だぞ?

 あ、でもコーヒー奢ってもらえるのか…いやいや違うだろ!? それ、コーヒーショップまで部長と一緒って事だぞ? 私、大丈夫か?

 あ、部長いい匂いする。つーか、鍛えてんのかな? 思った以上に胸板分厚いし、腕も太いな。

 それにしたっていい匂いだ。

 香水??いや、柔軟剤…はっ!! もしや、これが俗に言うフェロモンかっ!!

 ありとあらゆる毛穴からフェロモン漏れ出してんのか? この、フェロモン製造機め!!


 もはや、私の思考が落ち着く事はなく、時間が経てば経つほどにパニックに陥る思考を止める方法が見当たらない。

 どれくらいだったのかーー正確には恐らく10分前後ーーまた耳元に甘いベルベットが纏わりつく。


 「飯塚さん、もう直ぐ駅です…靴が脱げない様に気を付けて」

 「え、靴? ひょがっ?!」


 さらに力強く引き寄せられた体が神崎部長と同じ目線まで上がって、微かに足が地面から浮き上がる。

 いつの間にか手から鞄は離れて、神崎部長に持たれていた。

 要は、抱き上げられていると。

 えぇーーーっ!? わぁーーーーっ?!

 何これ、何これっ?!

 ちょーーーーーいっ?!


 イケメンは重さまで感じないのか。と思うほど、何食わぬ顔で満員電車を降りる神崎部長。

 この間から、私の身に起こる全てが、まるで何かのゲームのようだ。



 でもなぜだろう。

 こんな経験、初めてのはずなのに…初めてじゃない。

 高校時代…そう、一度だけあった。

 もう忘れていたはずの苦くて、あまりに失礼だった若い私の記憶。

 満員電車で人生初の痴漢に怯えていた私を、目の前にいた男性が自分の方へ引き寄せて今みたいに助けてくれた。降りる時も、今と同じように…え、待って…あの人って…。


 そんな考えが頭を過るけれど、そんなはずがなかった。あの時助けてくれた人は、ブロンドの髪だった。顔までは見ていないし、どんな人かも分からないけれど、神崎部長ではないと思う。

 あの頃も今と同じで免疫も無く、経験のない私に彼のした行動は恥ずかしさと不安と恐怖と訳のわからないドキドキを与えた。

 お礼も言えずに逃げ去った、10代の私。


 あの頃と違うのは、この人が知り合いだって事と何食わぬ顔で私の鞄を持って手を引いてくれているという事だ。


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