28歳 喪女な私の愛され開発生活

甘噛屋

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第二章 愛される覚悟の準備

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「こ、これをどうしろと…」


 神崎部長が浴室へ消えてからすぐにチャイムが鳴ってボーイさんがルームサービスを持ってやってきた。

デキャンターに入ったグレープフルーツジュースと、お皿に盛られたフルーツと小さくカットされたサンドウィッチ。

 それに、白い紙袋を手渡されてボーイさんが出て行った。

 紙袋の中身を見てみると、白く薄い包装紙で包まれたものが1つ。勝手に開けても差し支えないのか。と悩んでいたけれど、神崎部長は受け取ったら開けて使えと言っていたので、ひとまず開けてみることに…。

 それで、出てきたのが白い可愛らしいワンピース。

 ノースリーブにV字ネック、ウエスト部分にしぼみが入っていてスカート部分はレースで花の刺繍が施されている。

 正直言って、着たことのないタイプの服だ。いつもパンツスタイルの私には、スカートなんて無縁で杏奈にもたまには女らしくスカートを身につけることをしなさいと注意される。なんて言っても、パンツスタイルなら、足の毛の処理をしなくてもいいわけですよ。誰に見せるでもないんだから。

 でも、今日この場で開けて使えと言われた品はワンピース。

 しかも、おそらく膝丈だろう…。これは、使いたくても使えない、むしろ使うと女度が逆に下がる危険性を孕んだ、着るか着ないか選べない選択肢を手渡されている気分だ。


 「あぁ…これは私じゃない…例えば、杏奈とか小田ちゃんが着ると似合うワンピースだな。」


 やべぇ、こんなん着たら流石の神崎部長も爆笑もんだろうなぁ…

 ってか、これ着れんのかな? 最近ウエストやばいんだよね。なんていうか、油断してる感じ?

 そりゃ、出会いもなければ、そんな機会も訪れなかった28年間よ?

 油断しないわけないでしょう。

 でも、このままでいるわけにいかないのでは?

 だって、神崎部長は開けて使えって言ってたし…かと言って、全てをさらけ出せるほど完璧ボディではないわけで…せめて、さっきのお風呂で足の毛くらい処理をしておけば良かった…。

 いくら体毛が薄いたちだからって、産毛ボーボーじゃね…。


 悩みに悩んで、真剣に眉間に皺を寄せていると、くすくすと笑う低い声が耳に入ってきた。


 「か、神崎部長!?」

 「ふふふ…眉間に皺を寄せるほどお気に召しませんでしたか?」

 「…そ、そんな!?」


 いえ、そんなことよりもなんて格好で出てくるんでしょうか、あなたは?!

 大変、眩しゅうございます。

 鍛え上げられた胸筋がバスローブから覗いているし、薄く浮かび上がった鎖骨と太い首筋が火照っているし、髪の毛は下りててなんだか普段より甘い感じだし…。

 とりあえず、全体的に色気がはんぱないです!


 「私だけ気楽な格好では落ち着かないと思って、適当に見繕ってもらったんですが…余計なお世話でしたね。」

 「いえ! そんなこと!! ただ、普段こんなに可愛い服って着た事なくて…」


 慌てる私に部長の優しい目がふわりと細められて、緩く口角の上がった口元を手で隠して笑われた。

 あぁ、そんなお姿さえ神々しい光が…イケメンパワーすげぇ。

 私も男だったらもう少し違ったんだろうなぁー…


 「飯塚さんに似合うと思いますよ。ホテルの方に見繕って貰いましたが、正解の様です。」

 「え…いやいや、私みたいなのに似合うなんて」


 そう、私みたいな男っぽい女に似合う可愛らしい物なんてあるんだろうか。

 正直言ってそんな物、お目にかかった事ない。


 「貴方は、自分で思っている以上に女としての魅力がある事に気付いていないだけですよ。…大丈夫、私の憧れる女性が似合わないわけないですから」

 「…え? あこ、え?」


 憧れって言った?

 女性って…私の事?

 いやまさか…。

 神崎部長は、ほんの少し目をキュッと細めて、上がっていた口角を下げて私との距離をつめた。

 シャワーの熱気が、側に来るとすごく良くわかる。少しだけ上がった周りの空気と、息も忘れる程の距離で見つめられるブラウンに、私の呼吸が速くなる。


 「飯塚さん、貴方は少し無防備すぎますね。私だって男なのだから、あまりに無垢だと」

 「…神崎、部長?」

 「さぁ、まずは着替えて来てください。話はそれからですね…」


 急に顔つきがいつもの優しい神崎部長のものに戻って、背中を押して来た時と同じ様に浴室に押し込まれた。

 押し込まれた浴室の鏡には、白いワンピースを持った平凡な私。

 これを着たところで、女になれるとは思えないけれど、閉じ込められてしまったら、やるしかないという状況なわけで。

 けだるげにワイシャツのボタンを外して、キャミソールの上から白いワンピースをすとんと身体に落とした。

 その後、パンツとストッキングを脱いで袋に入ったままの剃刀でひとまず気になる露出部分の毛を処理する。あんまり長く時間かけても神崎部長を待たせてしまうし、とりあえず手早くやってしまおう。

 脚の毛を剃るなんて、何ヶ月…いや、何年? …まぁ、分からないくらい久しぶりなのだ。

 もう、処理しながらこんな女いねぇーだろって突っ込みたくなる。


 「こんなもんか?」


 剃っていた剃刀を袋に戻してゴミ箱へ、脱ぎ捨てたストッキングをもう一度履いて、鏡に映る自分を眺めてみる。

 短い髪の毛と、キリっとしたきつい顔、ペッタンコの胸に、ニョキっと生えた色白の腕と脚。

 可愛らしい子が着れば、膝丈ワンピースでもひょろ長い私が着ればツンツルテンに見える。

 あぁ、なんとも滑稽だ。こんなんで神崎部長の前に出てもきっと笑われて終わりだ。

 これ以上浴室にいるわけにも行かなくて、意を決して浴室のドアノブを回した。


 「・・・っ?!」


 開けなければ良かったかもしれない。

 未だかつて、私は男の人のあんな目を見たことがない。

 いや、そんな場面に遭遇してこなかったのだから仕方がないのだけど……とにかく、神崎部長の視線に逃げ場も無くてワンピースを着たことも、浴室から出てきたことも、今日こうやって神崎部長と一緒にいることも、私には夢のようだった。

 なのに、今私はヘビに睨まれた蛙のように動けないでいる。


 「…はぁー…失敗しました」

 「あ、の…」

 「あぁ、勘違いしないで。似合っていないわけじゃない。むしろ逆ですよ…私にだって押さえつけられる理性には限界があるんです」

 「えっと…かんざ、き部長?」

 「出来ればゆっくり、飯塚さんに意識してもらって、振り向かせて、ゆっくりと私を好きになってもらえればそれでよかったんですが…」


 ソファーから立ち上がった神崎部長は、ギラリと揺れるブラウンの瞳を私から逸らさずにそのまま距離を縮めてくる。

 広い部屋が狭く感じるほど、体が緊張しているし、動悸だって半端ないほど飛び跳ねている。


 「あまりにも無垢で、あまりにも意識されない、警戒すらしてもらえないようなので、少し強引に迫ってみようと思いますが、いいでしょうか?」

 「せま…え? ほぎゃっ?!」


 170cmを越える私を軽々と横抱きにして、さっきまで神崎部長が座っていた大きなソファーに静かに身体を下ろされる。


 「あ、あの! か、神崎部長?!」

 「えぇ、何でしょうか?」

 「ち、近すぎ…ませんか?」

 「…そうでしょうか? 私はもう少し近づきたいのですが。」

 「あ、あああ、あの!! め、免疫ないので、も、もう少しだけ距離を…」

 「…距離をつめろ、ですね」


 先ほどから、神崎部長の息が、熱気が、肌が、信じられないほど近い。

 全部伝わりそうだし、私のこのぶっ壊れる寸前の心臓の音も丸聞こえなんじゃないだろうか?

 つか、この人のフェロモンってここまで来ると妙薬も毒に変わったりするんじゃないの?!

 摂取のし過ぎに注意的なやつでさぁ!

 後ろはソファーの背もたれで、両サイドは肘置きに固められ、その肘置きに神崎部長が両手をかけて閉じ込めている。

 少しでも動こうものなら、身体のどこかが神崎部長に触れてしまうのは必然で、逃げるにも逃げられず、動くにも動けず、まさに囚われの身だ。

 どうしてこんなことになってしまっているんだろうか?

 確かに、魅力的な男性だと思う。でも、その男性がどうして何の取り柄もない男女の私に好意を抱くのか。

 まったく持って理解が出来ないし、出来たとしても信じられるわけもない。

 その前に、私にこんなハードルの高い状況を処理する能力は無いわけで、このまま動かずに身を硬くしていれば収まるのかすらの判断も出来ない。

 こんなことは、誰からも教わっていないのです!

 杏奈さん! 小田ちゃん! へるぷみーーーーー!?


 「…飯塚さん、怖がらないで下さい」

 「あの、怖いとかでなく…」

 「でなく?」

 「ど、どうしたら正解なのか…」

 「…正解はたくさんありますが、このままでいるのも正解の1つですよ」

 「そ、そうなんですか?」


 あ、なんだ。

 このままでも正解なんだ。


 「ただし、その場合私は勝手に動きますが」

 「ひょあぁー!! ちちょちょ?! 部長! 私! 私!」

 「はい、何でしょうか?」


 どんどん近づく神崎部長に、パニック寸前の私。

 もう、回る脳みそもそこをつき始めた頃…

 こんなときに限って、これまでの28年間で聞いたことのある言葉が、イヤに冷たく頭の中を行ったり来たりしている。それは、神崎部長とこの部屋に来てから、ずっとあった言葉で、染み付いてしまったそれにはどんなにがんばっても上塗りなんて出来やしない。


 『胸もない、身長も高い、女っ気もない、男女』


 私だって、恋をしなかったわけじゃない。

 高校時代、友達からの紹介で男の子とだって知り合ったし、大学時代の数える程度の合コンでだって、いいと思う人がいなかったわけじゃない。

 でも、男性に接するたびに聞こえる。私以外の女なら抱きたいの言葉。

 男顔負けのモテっぷりに、ある時から私が合コンに行くなら行ってもいいという女子まで現れて、いつしか少ない男の知り合いからは、『男友達』止まりの関係しか望めない女として有名になった。

 そんな私に、神崎部長は魅力があるという。

 どこが? どれが? なにが?

 あるというなら迫ってみて欲しい。だって、私を女だと言ってくれる滅多にいない人だ。

 でも、それもきっと昔のように何かの冗談か、罰ゲームのようにネタにされるのでは…?

 あぁ、まともな恋愛の1つでも経験していれば、この場をうまく切り抜けられたのかもしれない。

 本当に、28年間の私は女ではないな。むしろ、これからの人生も女になれるかどうか怪しいものだ。


 「か、神崎部長は…私なんかのどこがいいんです?」

 「…」

 「私は…胸もこんなだし、身長だってそこらの男と同じくらいだし、顔だってきつくて、仕事だって男よりやりますよ?」

 「えぇ、知っています」

 「…お、お酒だって男より飲むし、かわいい女の子にもなれないし、色気だってあるわけじゃないですよ?」

 「…あなたは、可愛らしい女性ですよ。私が出会った誰よりも、私は貴方に意識して欲しい」

 「だ、だけど! 私、私…れ、恋愛なんてしたことありません?! そ、それに、しょ、処女です!」


 最後のダメ押し。

 アラサー処女とくれば、もう引かない男性はいないでしょう。そうでしょう!

 私が知っている限り、アラサーで喪処女の女に手を出そうとする男なぞ聞いたことがないし、そんな前例を見たこともない。

 さて、これで私も逃げられる…


 「飯塚さん、貴方は大きな勘違いをしている。」

 「…へ?」


 ブラウンの瞳が揺れて、ピリリとした空気が張り詰める。

 神崎部長は薄く形のいい唇を舌で少し湿らせて、その唇を私の耳にぐっと近づけた。

 神崎部長から、自分と同じ匂いの石鹸の香りがする。

 はだけた胸元は鍛えられていて、筋肉の盛り上がりが良く分かる。

 こんなに近くで、素肌も同然の男の人と密室にいた経験なんて当然あるはずもない。

 ぐっと身体をソファーに押さえつけるのに、逃げ場はない。


 「惚れた女に触れた男がいないなんて、俺から言わせてみれば」

 「んっ…」


 甘く響くベルベットヴォイスと、湿って熱を帯びた吐息が耳に触れる。


 「極上のスイーツと同じだ」

 「ふ…ん、神崎部長…」

 「そんな甘い声を出すもんじゃない。俺にだって、抑えておける理性には限界があると言っているだろう?」

 「ひゃぁっ?!」



 チュッと軽いリップ音が耳のすぐ傍で聞こえて、触れたか触れないかの距離で柔らかい何かが耳に触れた。

 そこからかぁっと身体に熱が湧いて、私から離れた神崎部長がくしゃりと頭を撫でて足早に浴室へ消えてしまった。


 私の身体は急に涼しくなって、離れた熱を少しだけ寂しく思う反面、神崎部長に触れられた耳だけがいやに熱く印象に残っていた。



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