28歳 喪女な私の愛され開発生活

甘噛屋

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第四章 愛し愛され開発生活

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 「私、悪いとは思っていません」


 開口一番、そう言った目の前の彼女はキツイ視線を私に向けて目を離そうとしない。


 「いい悪いの問題じゃないんだ。恋愛をするのは自由だし、誰とどうしようと社内恋愛禁止の規則はないから好きにすればいい。けど、それで周りに迷惑をかけて、仕事を止めてしまっていたのならそれは悪いことだったと認めるべきだ」

 「…仕事に支障をきたしてしまったことには、もうすでに謝罪していますし、それ相応に取り返しをしているつもりです。だから、今の雰囲気が悪い原因を私だけのせいにしないでもらえませんか?」

 「いや、その雰囲気を作り出すきっかけを作ってしまったのは、君らだろう」

 「きっかけに過ぎません」


 主任の子が、なんとか反省を引き出そうとしているようだけれど、彼女は開き直る一方。

 ものすごい自信と押しだ。これが若いってことなんだろうか。

 20代前半の頃の自分も、こんなに強気だったかな。と物思いにふけってしまうのは、自分がもう30目前のアラサーだからなんだろうな。

 やっぱり、若いってすごい。


 「そもそも、どうして飯塚主任がここにいるんですか?」

 「え?」

 「この話に関係のない人だと思うんです。それなのに、ここにいる意味がわかりません」


 わぁーお! 意味わからないとか言われちゃった…。

 いくらなんでも、上司にむかって意味わからないとか言っちゃう自信は数年前の自分にはなかったな。


 「…飯塚主任は、今回の君たちの騒動で止まってしまった仕事を引き受けてくれて、現場調整と仕事が遅れてしまった売り場や各部署に頭下げてくれた人だ。その言い方は間違っているし、君は主任に対して謝罪する立場の人間だ」


 言われた彼女は多少ムッとしているようだけれど、言い返す事ができなかったのか視線を思いっきり床に放り投げて「ご迷惑をおかけして、すみませんでした」とふてぶてしい謝罪をくれた。

 私だって人間だから、むっとしないわけではないけれど…ここまでされる事、私しちゃったかな?

 まぁ、思い当たる節がないわけではないけど、付き合っていることを公言したわけでもないし、バレてしまった感じもないのだけれど。

 バレたらまず間違いなく噂の的だ。男女の仕事人間の私と、明らかにモテて女に苦労していないだろうフェロモン製造機がくっつくのだから。
 「まぁ、仕事を取り返そうとしてくれているのは事実だし、あまりこの件について深く追求する気はもうないよ。でも、雰囲気を悪くするきっかけを作ったという認識があるのなら、もう少しだけ態度を改められないかな? ここは学校でもないし、サークルでもないの。お金が発生する仕事をする場所なの。全員が目的を持って真剣に取り組んでいる場所で、雰囲気を悪くすることがどれほど周りに影響を及ぼすかは、考えたら分かるよね?」

 「…そもそも、事の発端は飯塚主任なんですけど」

 「…はい?」


 え、私が原因って言った?

 なんで急に私のせいになったりするのよ。


 目の前の彼女は刺すような視線を向けて、しばらくすると目をそらした。


 「…検討もつかないって顔して、本当に仕事しかしてこなかった人なんですね。どう考えてもおかしいと思いましたよ。だって、私は仕事だけじゃないし、与えられた仕事はこなしてるのに、あの人は飯塚主任を選んだんです」


 彼女は、綺麗にカールされた睫毛とキレイな黒いラインの引かれた瞳にうっすらと涙を浮かべて、力強い目力で私にガンを飛ばしている。

 ここまで強く攻撃的な視線を受けたことはなかったし、正直同性から敵対視されてた経験すらなかったから、こういうときにどうやって対応していれば丸く収められるかなんて分かりもしない。

 どうしたらこの子の気持ちが収まって、仕事に集中してもらえる環境が整えられるのか、そんな分かりもしない考えをぐるぐると頭の中でまわしていた時に、胸ポケットに入れている社内携帯が強い振動を起こして、ピンと張っていた部屋の空気をプツンと切ってくれた。


 どうしようもなくって、「ちょっとごめんね」と一言断ってから、私は逃げるように部屋をあとにした。

 正直、ホッとした。

 これ以上いたたまれない空気の中で、主役でいる度胸はないし恋愛経験値の少ない──いや、ほとんどゼロに近い私と、手練の彼女とではレベルが違いすぎる。

 手に握った携帯は例の人からの着信を知らせるもので、小さな液晶画面から視線を逸らして静かに胸ポケットにそれを戻した。

 今、彼の声を聞くには気持ちが追いつかない。






・ ◆ ・ ◆ ・ ◆ ・


 「ふぅー…」


 あー、数年前にやめたはずのタバコに手を出すなんて…私も焼きが回ったか。

 洋司さんは、あの子達になんて返事をして断っていたんだろう。
 
 あの子が納得のいかない返事だったって事なんだろうけど、そもそも納得のいく振られ方なんてあるんだろうか。


 恋愛をした記憶なんて遥か昔過ぎて覚えている感覚は皆無だし、嫉妬なんてしたこともなければ、されたこともない。

 どうなることが嫉妬なのかすら分からない。けれど、あの子は確実に私に嫉妬しているんだろうから、私が言葉を発しても火に油を注ぐ行為にしかならないことだけは分かる。


 「はぁー…本当に、どうしろってのよ」

 「なんだ、禁煙やめたのか?」

 「横溝部長…一時的にですよ。そういう部長こそ、やめるって言ってませんでした?」


 部長は少しだけバツの悪い顔をして、「家じゃ、禁煙中ってことにしてんだ。現に数は減った」と妙に自慢そうに口にしてから曖昧な笑顔を見せた。

 
 「で、どうだ」

 「大変ですよ。でも、冬企画の方は段取りがつきましたし、あとはスタートを待つだけです。他の企業とのコンタクトも随時ほかの子達が調整してくれてますし」

 「あー、そっちじゃない」

 「…あぁ、春の方ですか?」

 「それでもない。まぁ、その…なんだ。神崎だ、うん」


 言いにくそうに洋司さんの名前を出して、口にタバコを咥えて頭をかいてみせた。


 「え、なっ! なんで知ってるんですか?!」

 「まぁ、あいつとは古い付き合いだしな。今回は俺の部下だったってこともあるけど、なんとなく分かるんだよ。あれはあぁ見えて分かりやすいし、俺の嫁さんあいつの妹だしな」

 「えぇっ?! そうなんですか!」

 「なんだあいつ、言ってなかったのか…で、どうなんだ?」


 そうなんだ…洋司さんの妹さんが部長の奥様。

 ってことは、洋司さんは義理のお兄さんってことか…えぇー、すごい繋がり。

 で、どうと言われても…


 「…どうって…」

 「何かあるだろ! 幸せですとか、悩んでますとか、楽しいとか、色々と」

 「…まぁ、幸せなんだと思います。たぶん」

 「なんだ多分って、付き合ってんだろ?」

 「そうですけど…付き合うとか、その、す、数年ぶり? とかなので、ねぇ?」


 流石に、洋司さんが初カレなんですとは言えないしな。

 あれだ…恋愛は数年──いや、小学生ぶりくらいかもしれない……──嘘は言ってないしね。

 それに、付き合ってても最近は会えてないし、短い「お疲れ様です」みたいなメールしかやりとりしてない状態で、付き合ってると言っていいんだろうか。

 そもそも、洋司さんと付き合っていたのは夢の中の話で現実と混同しすぎているとか…まぁそんなことはありえないんだけど、そう思ってしまうレベルだ。


 「なんだそんなに忙しいのか? やべぇな」

 「何がですか?」

 「そろそろあいつが機嫌悪くなるんじゃないかと思ってな…」

 「…そうなんですか?」

 「そうなんですかって…一応付き合いたてだろう?」


 確かに私と洋司さんは付き合ったばかりではあるけれど、だから頻繁に会っていないといけないと思うほど若いわけではないし、ある程度仕事なのだから仕方がないと割り切るしかないんじゃないの?

 いや、私がおかしいのか? 付き合うってどういう感覚なのか、未だにピンと来ていないのは私の感覚がおかしくなっているからなんだろうか…


 「まぁ、飯塚は一点集中なところがあるからなぁ…無意識に考えないようにしてるのかもしれないけど、たまにくらい別のこと見る時間作ってもいいんじゃないか?」


 柔らかく笑ってそう言った横溝部長は最後に深くタバコを吸って消してしまうと、「んじゃな」と言って喫煙室を出て行った。


 『無意識に考えないようにしてる』か。

 考えたことなかったけど、そうなのかもしれない。まだ私が洋司さんの恋人になったなんて半信半疑なところはあるし、私をいい女だと言う彼に対してどこか他人な視点で話を聞いている自分がいて相変わらず自信が持てない。

 だから余計に『あの私に彼氏がいる』という私に向き合うのが少しだけ怖いのかも。

 もし「やっぱり貴方は違った」とか「思ったよりも男っぽかった」とか言われて振られでもしたら、今度こそ女をやめたくなると思う。



 「はぁ…考えるのやめよ。頭痛くなりそう…」


 私も最後の一吸いを深く肺に入れて、苦しくなるのを我慢してからタバコの火を消して喫煙室を後にした。

 スーツも久しぶりにタバコの匂いを吸い込んでほんの少しの罪悪感を抱えたまま、多量の仕事を片付けてしまう方法と優先順位を頭の中で整理することに集中力を使うことにした。

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