28歳 喪女な私の愛され開発生活

甘噛屋

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第四章 愛し愛され開発生活

27 ―神崎 side―

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 「あら、お義兄様」

 「やめろ、気持ち悪い」


 横溝が俺を『義兄様』だの『お義兄ちゃん』だのと呼ぶときは決まって気まずい話をする前だ。

 大体は予想できているが、対応しなかったのは故意じゃない。

 そんな余裕がないほどに部内がバタバタしてしまっているのが優先で、蔑ろにしていたわけではない。


 「そう言われてもな、事実だ。で、そのお義兄様はいつになったら俺に話してくれるんだ?」

 「…もうわかってるだろ。いちいち報告する義務がない」

 「そうは言ってもな、それが今問題になってるんだから、どうにかしてくれ」

 「…あの子に迷惑かかってるのか?」

 「あたり前だな」

 「…タイミングが合わない原因か?」

 「まぁ、そうだな」

 「…わかった」


 それなら仕方がない。

 これ以上会えないのは、俺がきついし、いい加減自分と彼女の仕事に嫉妬してしまいそうだ。
 そのうち、『仕事と俺と、どっちと過ごしたい?』等と過去に、関係を切る理由となった女たちと同じ台詞を吐いてしまいそうだ。──いや、実際に吐きはしないが、ほぼ100%考えてしまいそうだ。

 何より、片付けないといけなかった問題を後回しにして、適当に手で軽くあしらっていたのがいけなかった。

 この年になると、若すぎる異性への対応に困る。どう断ったら仕事に支障をきたさないか…だが、思ったよりも面倒を起こしてくれた上に、涼子にかまけてフォローしそこなったな。

 後悔先に立たず。とは思いつつも、厄介だと思ってしまったのは事実。その態度が、彼女に変な火を着けてしまったのかもしれない。──いや、なるべく態度には出さないようにしてはいたが……言い訳ばかりだな。


 少し前を歩く横溝と現場業務の話をしながら企画営業部を目指す。

 1階上下の違う部署へは階段を使えとかいう、よく分からない節電だかなんだかのルールに従って足音の響く中を大柄の男が2人並んで歩く。

 なかなかの存在感だろうな。


 部署の手前で、涼子より少し高めの声色でどぎつい切っ先をぎらつかせたような言葉が聞こえた。

 横溝と軽く目線を合わせて、なかなかに修羅場っているであろう状況に頭を抱える。

 見当違いの文句も、若気の至りだろうと思うと呆れる。

 ましてや、己の失敗を己のものと認めたくない辺り、図太い神経をしている。玉砕連続の上に迫ってくるというところをみると、相当の猛者だ。


 交わされる口論も、正論をいう小柄の女性にぐうの音も出ない様子で拳を握り締めている。

 そりゃそうだろう。精神的に幼かろうが、知識がなかろうが、経験がなかろうが、プライベートに流されないように努力する必要はある。

 引っ張るなとは言わないし、人間なんだからプライベートの失敗が仕事に影響することだってある。だが、どこかのタイミングで自ら引いて、切り替える姿勢は見せなければ。
 それが、学生バイトと社会人の違いだ。


 横溝がこれ以上は良くないと思ったタイミングで気まずい雰囲気を断ち切った。

 それが出来るのが、年の功ってやつだな。

 振り返った涼子は心なしか不安そうな表情にも見える。俺の色眼鏡のせいかな。

 それでも、久しぶりに顔を見れたことに安堵するのと同時に、抱きしめられない場所であることをグッと堪えて、可愛い耳元で「あとで」と口にした。

 反射的に少し頬を赤らめた彼女に、後悔をして横溝と部署の隅にある小会議室へ入った。




 「さて、小田は少し言いすぎだ。第三者の小田が前に出て言うことじゃない」

 「申し訳ありません」


 前を見据えて、横溝と新卒の彼女に頭を下げた小田という女性は潔い神経をしているらしい。

 その見た目に反して、そこらの男よりも男前なんじゃなかろうか。


 「ですが、後回しにしてしまった責任は当事者にもあると思っておりますので、終止符はきちんと打ってあげて下さい」

 「申し訳ないことしました」


 痛いところを突かれてしまったが、反論できないあたり涼子の後輩というだけあるらしい。

 前に頼りになる後輩がいると言っていたのは彼女のことか。


 「飯塚さんが頼りになると言っていたのは君の事だったんですね」

 「ありがとうござます…でも私のことはいいです。自分が先輩の横で仕事出来るように頑張っている結果なので。面倒事には巻き込まれたくありませんから、終わらせるとこきちんとして頂けませんか?」


 噛み付くような視線を見たところ、あまり良くは思われていないらしい。

 横溝が軽くため息を吐いて「あまり噛み付くな。ほれ、仕事戻っていいから」と言うと小柄な身体をペコリと折って出て行った。


 「んじゃ、俺も出るからあとはちゃんと締めてくれ」

 「あぁ、悪いな」

 「今度酒奢れ、姉貴の店で」

 「…万札1枚までだ」


 口角を軽く上げて、横溝が出て行くと涙目の彼女が俺を見上げていた。


 「…さて、と。再三お伝えしていますが」

 「待って下さい。私と飯塚主任と、仕事の経験や出来に差があるのは分かっています。でも、まだ振らないでください」

 
 何を言い出すかと思えば。

 振るなと言われるとは…流石に40前の俺でもその経験はないぞ。

 と言っても、後腐れなく終われるような女しか相手にしなかっただけかもしれないが。


 「そうは言われても、貴女の精神衛生上あまりいいとは言えません。それに私は貴女と飯塚さんが例え同期だったとしても、仮に貴女が飯塚さんよりも先に入社していたとしても、私は飯塚さんを好きになるでしょう」
 
「…どう、してですか」

 「私が彼女に初めて会ったとき、彼女は人から隠れて泣いていました。貴女と同じくらいの年の時です。当時の企画営業部の部長はかなり…まぁ、なんというかやりにくい上司でね。部下に八つ当たりは当たり前、セクハラパワハラは日常茶飯事、前会長の親族というだけで大きな顔をしていた方で、インターンの飯塚さんにもキツく当たっていました。入社目前で耐えられずに辞めていくインターンの中で彼女は耐えて弱音を吐かずに真摯に仕事と向き合っていた。そんな図太い神経で噂の新卒女性が自販機の前で泣いていました…それが私が彼女に惚れた瞬間です。」

 「…」

 「誰であってもきっと惚れなかった。私はあの時、泣きながら悔しそうに唇を噛み締めて耐えながら泣いている彼女に恋をして、泣くならせめて俺の背中に隠して守りたいと思った…飯塚さんだから、私は好きになったんです」


 どんどん溜まっていく彼女の涙に、ここまで引き伸ばしてしまったという罪悪感を少し抱えてしまう。

 面倒事から逃げてしまった報いが、俺ではなく涼子に向かってしまった。

 こんな年になっても、馬鹿な失敗はするもんなんだな。


 「気持ちはありがたいけれど、それを受け取ることはできません」

 「……」

 「……落ち着いたら業務に戻ってください。横溝には私から伝えておきます」

 「…すみ、ませんでした」


 消え入るような小さな声が背後から聞こえた。

 それに「いえ。こちらこそ」と答えて小会議室を出ると、一気に視線が集まる。

 人数の多い企画営業部の視線が集まると、何とも言えない圧力を感じるのは俺だけではないだろう。

 迷惑をかけてしまった原因を作ったのだから頭を下げたほうがいいんだろうか。

 こういう時、アメリカでは笑い飛ばしてくれる部下がいたが、日本ではそんなジョークが言えるような人間に出会ったことがない。


 「…社内一の色男も、こう見ると結構間抜けに見えるんっすね」

 「「「……」」」

 「ップ…ちょ、高木はっきり言い過ぎ!」

 「高木君! なに言い出してるの!?」


 ふわっと明るくなった部署の雰囲気を作ったのは、いつだったか俺が喝を入れた新入社員の男だ。

 してやったりの顔つきをする彼に生意気さを感じるが、以前よりもいい顔をするようになったと思う。

 お灸を据えて正解だった。


 「飯塚さん、あの人より俺にしときませんか?」

 「ふぁっ」

 「…」

 「いや、顔赤くしないで下さいよ。冗談ですから」

 「も、もぉー! 高木君!」

 「高木、その冗談はまだ早いよ」

 「…そうですね、その冗談は笑えません」


 年甲斐もなく胸糞悪く感じた冗談に、意外と表情が硬くなる。

 そういう冗談に涼子は免疫がないから咄嗟に顔を赤くするが、前の涼子なら簡単にあしらってしまったはず。俺で少し男性に対するハードルが下がって、前よりも異性の視線が柔らかくなっていることに本人は気付いていない。

 実際、身長が高くスタイリッシュな体型に綺麗な顔立ちをしているのだから、それに色気と女らしい柔らかい表情が加われば男の視線も変わるに決まっている。

 俺がそうしたのだか、当たり前ではあるが面白くない。


 「神崎部長も、マジな顔しないでください」

 「…そんな顔していましたか?」


 冗談を笑っていた小田さんがすかさず視線を上げて釘を刺してくる。

 涼子の周りの後輩は、どうしてこうも上司の俺に噛み付いてくるんだ。まるで、お姫様を守る近衛兵だぞ。


 「飯塚さん、後で連絡しますから。今日は時間、空けておいてください」

 「あ、えと…はい」


 肩をすぼめてうつむき加減に返事をした彼女にニヤつきそうになるが、ここでそれを晒してしまってはこの兵隊たちにまた噛み付かれる。

 ひとまずは彼女と過ごす時間が確約されたことで良しとして、この場を離れよう。


 何か言いたげに視線を投げる2人に「それでは」と挨拶をして、企画営業部を出た。

 今頃、自分の部署では永田が俺のいない間の穴埋めをしっかりしてくれているんだろうが、後でなんだかんだと言われることは目に見えている。

 今日はあまり残業はしたくない。さっさと戻って仕事を片付けてしまわないと…。


 少し気分の良くなった自分が余りにも分かりやすくて単純だと、呆れてしまうがそれでも彼女が俺の原動力になってくれたことには感謝しよう。

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