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第五章 奪わせない愛し愛され開発生活
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しおりを挟む夕方から進んでいない作業画面に向かって、小さく深いため息をつく。これをもう繰り返して、少し進んでは間違いを見付けて修正して、また少し進んで間違えて…
洋司さんは知っているんだろうか。
自分の婚約者だと名乗る人物が受付に勤めているなてこと。
というか、そうじゃん!
こういうのって良くTLの主人公が遭遇するシチュエーションじゃん!! いやー、私もそんな状況の人間になるだなんて!!
軽い現実逃避も、数秒もすれば変な空洞というか、歪な隙間というか…とにかくそんな感じの部分にスカッと何もなくなったような空間ができて、それを埋めるためにまた変な思考が浮かび上がる。
こんな時、世の中の女性陣はどうやって対処しているんだろうか。
そもそも、リア充たちはこんな状態をも楽しみの一環にしてしまうという高度なスペックの持ち主たちだったりして。そして、そんなスペックのない私のような人間は、リア充という舞台には立つ資格すら与えられないとか……
「なーんて、アホか。さっさと終らせて帰らないと…」
これ以上考えても仕方の無い事なんだし、キリのいいところまで作業して、残りは明日にしよう。
気合を入れ直して、キーボードを指先で鳴らした。
どんなにどうにかしようと考えても、恋愛経験の偏差値が無かった私に、答えは出ない。
それなら、偏差値の高い人にその答えを教えてもうしかない。それしか方法がない。
数ヵ月たっても、いまだに私があの人と付き合っているという事実を信じられない瞬間が多々ある。だから、これは私の妄想で強すぎる願望がリアルな夢になっているのかな…と、訳の分からない思考を廻らせる。
自信がないのもそうだし、現実味がないのもそう。でも、あの人が私の前で普段は見せないような、ちょっと眉を下げて甘えた感じの顔をして、私を見ている姿は、何というか…可愛くて愛しい。
40手前のおじさん相手に可愛いって表現は失礼なのかもしれないけれど、最近になってそんな風に思うようになった。
「私もだいぶ変わったなぁ」
あらかた整理の付いた所で、椅子に思い切り背中を預けて凝り固まった筋肉を伸ばした。
仰ぎ見た時計はもう10時を前にしている。
これ以上の残業は流石に部長も頭を抱えるだろうからと、荷物を手早く片付けて誰もいないオフィスを後にした。最近は働き方改革で、うちの会社もなぁなぁにしていた残業申請も厳しくなって、事前に申請書を提出しないと1分も残業が出来ないという、嬉しいようなやりにくいようなそんな制度が出来てしまった。
お陰なのか何なのか、洋司さんとの予定も合わせ易くなったから結果オーライなのだろうけど、時間内では終わらない仕事量には変わりないのでその皺寄せをするために残業が増えて、増えると上からお小言も増える。
「ほーんと、やりにくいったらない! はぁ、会いたいなぁ…」
と、こんなことを思えるようになったなんて…リア充生活にも慣れてきたのかな。
いや、慣れていたらライバル出現にも上手く対処できるだろうと思うのさ!ってことは、やっぱりまだまだ偏差値は低いままなのか?
「こんなとき、洋司さんなら上手くやれるんだろうなぁ…そもそもね!そんなさ、婚約者がどうのなんて本人になんて聞くのさ!」
帰宅途中の道は人通りも少ない。
女の人が一人で歩くには物騒にも思えるけれど、近くに交番があるからなのか、あまり危ない噂はない。気も緩むからなのか、独り言の声も少しだけ遠慮がなくなる。
「…あなたの婚約者が来年のお式の準備のためにうちの会社に居るみたいですが、私は遊び相手だったんですか? なんて、誰が聞けんの? ってかそもそも、どんなタイミングだよ! ってか、婚約者ってなに? ピチピチの20代前半女子が相手ってなんで? よりにもよってどうして私より若い娘が相手なの? あー、もう! こんなときにいつまでアメリカいるんだー!?」
後半はなかばやけくそだ。
少しでもいいから、洋司さんの声がききたい。
時差は14時間だから、今向こうは朝…8時くらいか。
もう仕事前だし、忙しいかな…。
どーしよ、電話…してみようか。
携帯を取り出して、Skypeを開く。
日本をたつ前、家で使うパソコンは何時でも電源入れておくからって言ってたし、掛けてみて出なかったら諦めたらいいんだよね。
うん、そーしてみよ。
それで、婚約者がどーのは聞けなくても声聞けば落ち着くかもしれないし。
Skype独特のコール音が鳴って、変に心臓が鋼を打つ。痛いくらいに鳴る心音に、無意識のうちに胸元をきゅっと掴んだ。
「…やっぱ、出ない」
ーこんばんはー
「え、あ…こ、んばん、は…」
出ないものと思っていた洋司さんの声が聞こえる。
これだけでこんなにも胸がきゅっと熱くなるのは、やっぱり私の気持ちが少しずつ追い付いて来はじめたからだと思う。
ー…もしかして、今外ですか?ー
「はい。ちょっと作業進まなくて残業しちゃって…」
ーもう10時過ぎです。いくら交番が近くても夜道は危ないんですから、私がいない間は早めに切り上げるか持ち帰りしなさいー
「……ふふ」
ー笑い事ではないですよ? まったく、女の子なんですから危機感をもって下さいー
「はぁーい…でも、残念ながら女の子って年齢ではないですよー」
ー…ふぅ、君は立派に女の子だし、私の恋人ですよ? 自覚をもちなさいー
なぜだか洋司さんは電話の時には、仕事モードの口調になる。それが、なんというか…少し寂しい。
物理的な距離に加えて心身ともに、遠く感じる。
それは、なんだか…
「…寂しい、な……っは! いや、今のは!」
考えていた事がそのまま言葉になってしまった!
というか、30前のいい年増女が少し会えないだけで寂しいとか電話するって、絶対的にキモくない?!
ー…ふ、良かったー
「ですよねー! 絶対キモ…え?」
ー涼子を恋しく思っているのが、私だけじゃなくて良かったですよ。ー
「よ、うじさんも?」
ーそりゃ、私も普通の男ですよー
「…あの、じゃぁ…いつもみたいな感じで…」
ーいつも?ー
「あの、敬語じゃなくって…」
ーあぁ…そういうことか。…涼子、早く抱き締めたいー
ほぎゃー?!
なんつぅう破壊力!
いや、そもそもリアル洋司さんの破壊力がぱないんだからそれを電話越しって、自ら敵地に裸装備で挑むようなもんなのかも。
かぁーっと熱くなる頬を押さえながら、洋司さんのいつもとは少し違う声を聞く。
他愛ない話をしながら、洋司さんの笑い声にうきうきと軽くなっていく気分を感じて、疲れていた体も同じように軽くなる。
いつの間にか部屋の前に着いていて、片手間に鍵を開けて、お風呂やご飯も後回しで洋司さんと話を続ける。
「そういえば、デザイナーさんも一緒に行ってるんですよね?」
ーあぁ、こっちに居た時も世話になっていたんだ。今回は里帰りも兼ねて付いてきたよー
「付いてきたって、犬か何かみたい」
ー近いようなもんだ。キャンキャンとまるで小型犬だー
「仲いいんですね」
ー…ヤキモチ?ー
「なっ?! 違います! 昔馴染みみたいだなぁって思っただけで」
ーそーだな。学生時代はこっちに居たからその時に家族ぐるみになったし、腐れ縁だよ。安心してろ、俺が今欲しいのは涼子だけだからー
もっ?! ちょっとぉー!
なーにをさらっと言うてんのぉー?!
熱い! 顔が熱いよ?! どや顔で言ってても様になるんだろうなって思えてしまうのが、さすがフェロモン製造機!
あー、機械越しなのに体が熱い!
無意識に手元を動かして、落ち着かない気持ちを落ち着かせようと冷蔵庫から取り出したビールをグビッと飲み込む。
ー背中からうなじにかけて、俯き加減の涼子のうなじにキスしたいー
「ちょっ?! 洋司さんっ!」
ー俺、涼子のうなじ好きなんだよ。…感じ始めると、ちょっと赤くなるんだ。あとな、うなじにあるホクロも色っぽくてクるー
「やっ、やめてぇー?!」
ーなんで? こっちは朝から涼子を思って熱くなるのに、それをおさめて何が悪い?ー
「いや、わ、私と話してない時に…その、ね?」
ー…嫌だ。今がいいー
おい! 子どもか?!
って、私もなんでニヤけちゃうの?!
待って、これって…ぞ、俗に言う…その、そういうやつ?
あかんよ! まだそこレベル上がってねーよ!
ー涼子、知らないだろ?ー
「え、何を?」(嫌な予感…)
ー足の付け根、右の太ももにホクロあるんだよ。で、そこに口付けすると涼子のまんー
「いーーーーやーーーーー! その単語はだめぇー!??」
ーふっははははっ、はぁー。朝から楽しかったよ。そろそろ行ってくる。また、今晩辺りな?ー
それだけさらっと言って通話を切った洋司さんに怒りなのか恥ずかしさなのか興奮なのかもう、良く分からないドキドキを抱えながら治まらない爆音に焦る。
半分ほど残っているビールを全部流し込んで、火照る顔と体を冷やす。
思ったほど冷えないけど、もうどうしようもないくらいになってしまった自分の下半身に更なる羞恥が襲ってくる。
電話越しに聞こえる洋司さんの声は、少しかすれて囁くだけで吐息も響いて、まるで耳元で囁かれているような疑似感覚で無意識に自分の下半身がキュッと絞まる。
洋司さんと付き合い始めてから、メッキリご無沙汰になっていた趣味部屋にあるもの。
アルコールで勢いのついた私の体と心は、掻き立てられた欲を発散させるために動いていた。
「よ、じさっ、んぅ」
いつもの行為よりもはるかに感じてしまうのは、リアルなあの人の声が今も頭の中で響いているから。
止まらない自分の手元に、洋司さんの手を重ねて奥の方にある熱を手繰り寄せた。
治まりきらなさそうな熱を残しつつ、更に会いたくなってしまった事に後悔しながらその日眠りについた。
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