28歳 喪女な私の愛され開発生活

甘噛屋

文字の大きさ
31 / 39
第五章 奪わせない愛し愛され開発生活

31

しおりを挟む




 夕方から進んでいない作業画面に向かって、小さく深いため息をつく。これをもう繰り返して、少し進んでは間違いを見付けて修正して、また少し進んで間違えて…

 洋司さんは知っているんだろうか。

 自分の婚約者だと名乗る人物が受付に勤めているなてこと。

 というか、そうじゃん!

 こういうのって良くTLの主人公が遭遇するシチュエーションじゃん!! いやー、私もそんな状況の人間になるだなんて!!


 軽い現実逃避も、数秒もすれば変な空洞というか、歪な隙間というか…とにかくそんな感じの部分にスカッと何もなくなったような空間ができて、それを埋めるためにまた変な思考が浮かび上がる。

 こんな時、世の中の女性陣はどうやって対処しているんだろうか。

 そもそも、リア充たちはこんな状態をも楽しみの一環にしてしまうという高度なスペックの持ち主たちだったりして。そして、そんなスペックのない私のような人間は、リア充という舞台には立つ資格すら与えられないとか……


 「なーんて、アホか。さっさと終らせて帰らないと…」


 これ以上考えても仕方の無い事なんだし、キリのいいところまで作業して、残りは明日にしよう。

 気合を入れ直して、キーボードを指先で鳴らした。

 どんなにどうにかしようと考えても、恋愛経験の偏差値が無かった私に、答えは出ない。

 それなら、偏差値の高い人にその答えを教えてもうしかない。それしか方法がない。

 数ヵ月たっても、いまだに私があの人と付き合っているという事実を信じられない瞬間が多々ある。だから、これは私の妄想で強すぎる願望がリアルな夢になっているのかな…と、訳の分からない思考を廻らせる。

 自信がないのもそうだし、現実味がないのもそう。でも、あの人が私の前で普段は見せないような、ちょっと眉を下げて甘えた感じの顔をして、私を見ている姿は、何というか…可愛くて愛しい。

 40手前のおじさん相手に可愛いって表現は失礼なのかもしれないけれど、最近になってそんな風に思うようになった。


 「私もだいぶ変わったなぁ」


 あらかた整理の付いた所で、椅子に思い切り背中を預けて凝り固まった筋肉を伸ばした。

 仰ぎ見た時計はもう10時を前にしている。

 これ以上の残業は流石に部長も頭を抱えるだろうからと、荷物を手早く片付けて誰もいないオフィスを後にした。最近は働き方改革で、うちの会社もなぁなぁにしていた残業申請も厳しくなって、事前に申請書を提出しないと1分も残業が出来ないという、嬉しいようなやりにくいようなそんな制度が出来てしまった。


 お陰なのか何なのか、洋司さんとの予定も合わせ易くなったから結果オーライなのだろうけど、時間内では終わらない仕事量には変わりないのでその皺寄せをするために残業が増えて、増えると上からお小言も増える。


 「ほーんと、やりにくいったらない! はぁ、会いたいなぁ…」


 と、こんなことを思えるようになったなんて…リア充生活にも慣れてきたのかな。

 いや、慣れていたらライバル出現にも上手く対処できるだろうと思うのさ!ってことは、やっぱりまだまだ偏差値は低いままなのか?


 「こんなとき、洋司さんなら上手くやれるんだろうなぁ…そもそもね!そんなさ、婚約者がどうのなんて本人になんて聞くのさ!」


 帰宅途中の道は人通りも少ない。

 女の人が一人で歩くには物騒にも思えるけれど、近くに交番があるからなのか、あまり危ない噂はない。気も緩むからなのか、独り言の声も少しだけ遠慮がなくなる。


 「…あなたの婚約者が来年のお式の準備のためにうちの会社に居るみたいですが、私は遊び相手だったんですか? なんて、誰が聞けんの? ってかそもそも、どんなタイミングだよ! ってか、婚約者ってなに? ピチピチの20代前半女子が相手ってなんで? よりにもよってどうして私より若い娘が相手なの? あー、もう! こんなときにいつまでアメリカいるんだー!?」


 後半はなかばやけくそだ。

 少しでもいいから、洋司さんの声がききたい。

 時差は14時間だから、今向こうは朝…8時くらいか。

 もう仕事前だし、忙しいかな…。

 どーしよ、電話…してみようか。


 携帯を取り出して、Skypeを開く。

 日本をたつ前、家で使うパソコンは何時でも電源入れておくからって言ってたし、掛けてみて出なかったら諦めたらいいんだよね。

 うん、そーしてみよ。

 それで、婚約者がどーのは聞けなくても声聞けば落ち着くかもしれないし。


 Skype独特のコール音が鳴って、変に心臓が鋼を打つ。痛いくらいに鳴る心音に、無意識のうちに胸元をきゅっと掴んだ。


 「…やっぱ、出ない」

 ーこんばんはー

 「え、あ…こ、んばん、は…」


 出ないものと思っていた洋司さんの声が聞こえる。

 これだけでこんなにも胸がきゅっと熱くなるのは、やっぱり私の気持ちが少しずつ追い付いて来はじめたからだと思う。


 ー…もしかして、今外ですか?ー

 「はい。ちょっと作業進まなくて残業しちゃって…」

 ーもう10時過ぎです。いくら交番が近くても夜道は危ないんですから、私がいない間は早めに切り上げるか持ち帰りしなさいー

 「……ふふ」

 ー笑い事ではないですよ? まったく、女の子なんですから危機感をもって下さいー

 「はぁーい…でも、残念ながら女の子って年齢ではないですよー」

 ー…ふぅ、君は立派に女の子だし、私の恋人ですよ? 自覚をもちなさいー


 なぜだか洋司さんは電話の時には、仕事モードの口調になる。それが、なんというか…少し寂しい。

 物理的な距離に加えて心身ともに、遠く感じる。 

 それは、なんだか…


 「…寂しい、な……っは! いや、今のは!」


 考えていた事がそのまま言葉になってしまった!

 というか、30前のいい年増女が少し会えないだけで寂しいとか電話するって、絶対的にキモくない?!


 ー…ふ、良かったー

 「ですよねー! 絶対キモ…え?」

 ー涼子を恋しく思っているのが、私だけじゃなくて良かったですよ。ー

 「よ、うじさんも?」

 ーそりゃ、私も普通の男ですよー

 「…あの、じゃぁ…いつもみたいな感じで…」

 ーいつも?ー

 「あの、敬語じゃなくって…」

 ーあぁ…そういうことか。…涼子、早く抱き締めたいー


 ほぎゃー?!

 なんつぅう破壊力!

 いや、そもそもリアル洋司さんの破壊力がぱないんだからそれを電話越しって、自ら敵地に裸装備で挑むようなもんなのかも。

 かぁーっと熱くなる頬を押さえながら、洋司さんのいつもとは少し違う声を聞く。

 他愛ない話をしながら、洋司さんの笑い声にうきうきと軽くなっていく気分を感じて、疲れていた体も同じように軽くなる。


 いつの間にか部屋の前に着いていて、片手間に鍵を開けて、お風呂やご飯も後回しで洋司さんと話を続ける。


 「そういえば、デザイナーさんも一緒に行ってるんですよね?」

 ーあぁ、こっちに居た時も世話になっていたんだ。今回は里帰りも兼ねて付いてきたよー

 「付いてきたって、犬か何かみたい」

 ー近いようなもんだ。キャンキャンとまるで小型犬だー

 「仲いいんですね」

 ー…ヤキモチ?ー

 「なっ?! 違います! 昔馴染みみたいだなぁって思っただけで」

 ーそーだな。学生時代はこっちに居たからその時に家族ぐるみになったし、腐れ縁だよ。安心してろ、俺が今欲しいのは涼子だけだからー


 もっ?! ちょっとぉー!

 なーにをさらっと言うてんのぉー?!

 熱い! 顔が熱いよ?! どや顔で言ってても様になるんだろうなって思えてしまうのが、さすがフェロモン製造機!

 あー、機械越しなのに体が熱い!

 無意識に手元を動かして、落ち着かない気持ちを落ち着かせようと冷蔵庫から取り出したビールをグビッと飲み込む。


 ー背中からうなじにかけて、俯き加減の涼子のうなじにキスしたいー

 「ちょっ?! 洋司さんっ!」

 ー俺、涼子のうなじ好きなんだよ。…感じ始めると、ちょっと赤くなるんだ。あとな、うなじにあるホクロも色っぽくてクるー

 「やっ、やめてぇー?!」

 ーなんで? こっちは朝から涼子を思って熱くなるのに、それをおさめて何が悪い?ー

 「いや、わ、私と話してない時に…その、ね?」

 ー…嫌だ。今がいいー


 おい! 子どもか?!

 って、私もなんでニヤけちゃうの?!

 待って、これって…ぞ、俗に言う…その、そういうやつ?

 あかんよ! まだそこレベル上がってねーよ!


 ー涼子、知らないだろ?ー

 「え、何を?」(嫌な予感…)

 ー足の付け根、右の太ももにホクロあるんだよ。で、そこに口付けすると涼子のまんー

 「いーーーーやーーーーー! その単語はだめぇー!??」

 ーふっははははっ、はぁー。朝から楽しかったよ。そろそろ行ってくる。また、今晩辺りな?ー


 それだけさらっと言って通話を切った洋司さんに怒りなのか恥ずかしさなのか興奮なのかもう、良く分からないドキドキを抱えながら治まらない爆音に焦る。

 半分ほど残っているビールを全部流し込んで、火照る顔と体を冷やす。

 思ったほど冷えないけど、もうどうしようもないくらいになってしまった自分の下半身に更なる羞恥が襲ってくる。


 電話越しに聞こえる洋司さんの声は、少しかすれて囁くだけで吐息も響いて、まるで耳元で囁かれているような疑似感覚で無意識に自分の下半身がキュッと絞まる。

 洋司さんと付き合い始めてから、メッキリご無沙汰になっていた趣味部屋にあるもの。

 アルコールで勢いのついた私の体と心は、掻き立てられた欲を発散させるために動いていた。



 「よ、じさっ、んぅ」


 いつもの行為よりもはるかに感じてしまうのは、リアルなあの人の声が今も頭の中で響いているから。

 止まらない自分の手元に、洋司さんの手を重ねて奥の方にある熱を手繰り寄せた。



 治まりきらなさそうな熱を残しつつ、更に会いたくなってしまった事に後悔しながらその日眠りについた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...