28歳 喪女な私の愛され開発生活

甘噛屋

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第五章 奪わせない愛し愛され開発生活

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 普通なら、合鍵を貰えば嬉しいと思うはず。

 私が知っている話のほとんどがそうだ。
 初めて彼から預かった鍵を大切に握って、幸せで嬉しくて、それを使って家に入ることを戸惑って。


 でも、私は今コレを使いたくない。
 こんな気持ちのまま、1人で洋司さんの部屋にいるなんて、恋愛初心者の私なんかではとてもじゃないが耐えられない。

 かといって、家に帰っても結局1人きりなことにかわりなくて、気が付けば繁華街の通いなれたbarに入ってしまった。


 「最近見ないから、てっきり浮気されたのかと思ったわ」

 「ははは、浮気出来るほど通いなれたお店、ここ以外に知らないですよ」

 オーナーの裕子ひろこさん。
 いや、裕明ひろあきさんと呼んだ方がいいのか。──いや、やっぱり裕子さんで。

 彼は少し前に流行ったおネエ系。
 といっても、見るからに男女ではなく中性的な印象で、どっちともに見れる外見の人。
 パートナーの年下夫の晃くんと、このbarを切り盛りしている。
 晃くんは、なんというか物凄く漢っぽくて、元アメフト選手らしいまんまの体つきの人だ。


 「涼子さん、雰囲気変わりました?」
 
 「晃でも気付くんだからよっぽどよねー! ついに男でも出来た?」

 この人たちは、何でこうも…──いや、私の周りの人たちはどうしてこうも私より私の変化に気付くんだろうか?
 私自身がそんなにも大きく変化しているんだろうか?
 本人が気付きもしないのに。


 「……でも、正直良く分からなくなりました」

 「何よ、妙に神妙じゃないの」

 別のお客さんに呼ばれてその場を離れた晃くんを見送って、裕子さんに会社での事を話してしまった。
 






 「そりゃ……涼ちゃんじゃキツイわねー」

 「……やっぱり、私じゃ釣り合わないんですかね」

 「あー、違うわよ! 変な勘違いするんじゃないの! 涼ちゃん、これまでまともに恋愛なんてしてきたことないでしょ? 最初の時だって、気付く前には終わってたし」

 「気付く前に終わるような恋愛なんてありましたっけ?」

 はて、そんな出会いなんてあっただろうか?
 数少ない男友達を思い浮かべても、今の洋司さんとのような甘ったるい関係になりそうだった人を思い出せない。
 要るとするなら──と思う人も居なくはないけれど、あれはあの頃の私では到底壊せそうもない壁を築かれてしまったし。

 「気付いてない辺りが、涼ちゃんらしいわね。好きよ私」

 ふふっと、含み笑いをした裕子さんは別のお客さんに呼ばれて、ヒラリと優雅な動きでその場を後にした。
 
 
 一人になると、途端に思い出してしまう。
 

 寺崎さんという、あの可愛らしい人の言葉。
  
 ──愛されて当然、愛してもらって当たり前のスタンス──

 私、そんなスタンスだったの?
 でも、女として愛されてる理由も分かっていないのに、どうして当然だなんて言えるの?
 そうよ。だって、分からない。
 私は洋司さんが言うほどの魅力的な女ではないと思っている。
 でも、洋司さんがそう言ってくれるときだけは、そうなんじゃないかって思える。

 じゃぁ、私は?
 洋司さんを好きなんだろうか?
 いや、そもそも、恋愛なんて小学校以来だし、好きってなんだっけ? みたいな人間に恋愛なんて出来るんだろうか?
 あぁー、こういう思考がダメなんだろうなぁ。

 恋愛になると途端にネガティブになるなぁ。



 「やっぱ、涼だよなぁ?」

 「え? ………あ、大剛だいご?」

 「やっば! むっちゃくちゃ久しぶりじゃん!」


 加藤 大剛。
 大学時代、友達に人数合わせで参加させられた合コンで出会った、数少ない男友達の中の一人だ。
 そして、私を男友達・・・だと言ってくれた人。


 あれ? 裕子さんの言ってたのは大剛の事?
 いや、まさかね。


 「大学以来? だから、ざっと6年ぶり? くらいになんのか?」

 「もうそんなになるんだねぇー! 大剛、変わってないよ!」

 「そりゃいい意味なんだろうなぁ?」


 大きな口を開けて、豪快に笑う彼。それは大学の時から変わらない。
 初めて会ったときも、こんな風に豪快に笑っていたな。

 「涼は、変わったよな! 最初、人違いかと思った」

 「何それ、それこそいい意味なの?」

 「いや、これはいい意味だよ。なんつうか、俺の知ってる涼じゃないみたい。……なんだろなぁ、色気? 女っぽさ? なんかそんなの」

 「………私に?」

 「おう!」


 私に、色気? まじか。
 洋司さんのフェロモン、移ったんかな?
 いや、洋司さんのフェロモン効果か? モンスターが持ってる特殊効果的なやつ。


 「本当に、キレイになったよな」

 「………ちょ、大剛?! な、なんか雰囲気が甘ったるいよ?!」

 「あれ、お前そういうのも分かるようになったの?」


 大剛が少し驚いたような表情をして、すぐに鋭い目付きを向けた。
 えっと、これはどういう感情の目線なの?


 「あの頃は、そういうの全然分かってなかったからなぁ。最初の頃は、てっきりそっちの人間なのかと思ってた」

 「そっちって?」

 「女が恋愛対象」

 えぇっ?! そんなこと、言ったことないよ!!
 笑いを堪えるみたいに、口元に手を当てて笑う大剛に冗談なのかと半分ほど残っていたグラスを空にした。


 「涼は、相変わらずなの? 酒の強さ」
 
 「んー、多分?」

 「なんで疑問系?」


 「ふはっ」と吹いたみたいに笑った大剛に、やっぱり懐かしさを覚える。
 大学時代、男への免疫はほぼゼロだった私に、大剛は仲良くなりたい! と言ってくれた。

 小学校時代の男子からの、悪意のない無垢な発言にコンプレックスを拗らせてしまった。
 そんな私に、大剛はバスケという共通の話題で踏み込んでくれた。当時は、それが嬉しかった。
 たまに、女扱いもしてくれて、家の近くまで送ってくれたこともあったなぁ。


 「お前のせいで潰れた男の介抱良くしてた記憶しかないぞ」

 「だって、明らかに酔わせようとするからじゃない! 女の子には優しくしなきゃいけないんだから、あれくらいの酒で潰れてた男が悪い」

 「ぶっ! あれくらいっていうけど、度数ヤバイのをグイグイ行ってたのはどこの誰だよ」


 こうやって、楽しく飲み歩いてたなぁ。


 「でも、俺……実は狙ってたんだよ」

 「何を? あ、次はハイボールにしよっかな! ライム入れて欲しいな、裕子さん」

 戻って来た裕子さんに2杯目のハイボールを頼みながら、大剛の話を聞き流す。
 いつもこんな感じだった気がする。

 「何をって言うか」

 「うん? あ、もうちょっとライム欲しい!」

 「あんたは、大剛くんの話を聞いてあげなさいよ」

 「ありがとー」と、あの頃が懐かしくて少しテンションの上がった気持ちが、むず痒くて、気持ちよくて、気分が良くなる。


 「ははは、いいんすよ。涼は、これくらいのが可愛くて安心っす」

 「んぐっ?! ゴホッゴホッ、んぅ、え、なんて?!」

 「え、これくらいのがかわ………あー、まぁ、俺は昔から、可愛いと思ってたよ、涼のこと…」

 「…………え、えぇ? うそだぁ」


 言うつもりのなかった言葉を、モゴモゴとしたかと思うと、開き直ったように目を細めて──溶けそうな甘いアイスのような──甘ったるさを含んだ大剛の言葉が帰ってきた。

 だって、あの頃、大剛は私に言ったんだ。
 男友達・・・だって。
 それを言われたから、きっと、始めてたところで終わる恋だと思って………。


 「何で嘘なんだよ……ちゃんと、好きだと思ってたよ。でも、お前はあんまり意識してくれてないし、俺結構アプローチもしてたんだぜ? けど、全然だし……そんなことしてたら、お前の友だちだって子が、お前は同性が対象だからだって聞いたし、それで俺」

 え、同性が対象? 何それ。
 そんなこと、言ったことないよ!

 「ちょ、ちょちょ! 何それ、私、女の子にモテることのが多かったけど、さすがに恋愛対象には出来ないよ」

 「え………えぇ、ま、まじかぁ。なんだよぉー、ガセネタ……じゃぁ、ちゃんと好きだって言えば良かったのか」


 そうか……両想いになれたかもしれないのか。
 私が。
 でも、あの頃の私は、男には負けたくないって、バカにされたくないって、思ってた所もあったし、大剛と両想いになれたとしても、洋司さんとの関係のようにはならなかったかもしれない。

 
 「もぉー……なら、仕切り直したい」

 「え? 何を?」


 あ、バカ。
 これ、聞いちゃいけないやつだよ。

 気付いた時には、大剛の表情は私の知っているおちゃらけた、明るく元気な大剛ではなくなっていて、そこにいたのはで。

 私の手を強引に取って、懐に閉じ込めてしまった、あの時の洋司さんのような、そんな雰囲気。


 「……俺、涼が好」


 ヴゥーッ── ヴゥーッ──


 カウンターに置いていたスマホが、着信を知らせた。
 カバーの小窓から見えた相手に、ドクリと心臓が跳ねたのが分かった。
 色んな意味で、私の心臓が変に鳴り始める。
 だって、声が聞きたいと思う反面、今日の話をしたくないから。


 「……涼、出なくていいのか?」

 「えっと……うん、出る、んだけど……」

 
 出たくない。

 もし、婚約は本当で、別れようという話だとしたら………どうしたらいいんだろう。
 今さら、洋司さんを知る前の経験値ゼロの頃の私には戻れない。
 忘れようったって、忘れられそうにもない。
 じゃぁ、どうするの?
 引き留める?
 なんて?


 そんなことをうだうだと考えていたら、電話か切れた。
 ホッとするのに、なんだか寂しい。
 じゃぁ、かけ直す?
 何て言うの?

 何て言われるの?




 ヴゥーッ── ヴゥーッ──



 「………いい、俺が話す!」

 「え、ちょっ!!」


 横からにゅっと出てきた大剛の腕が、再びかかってきた着信を知らせるスマホを取り上げた。
 ぐいっと、残っていたグラスの酒を平らげて、止めようとする私の手を取って腕の中に抱き込まれた。

 ぎゅっと力の入る腕が肩に回されて、洋司さんとは違う香りに包まれる。

 目の前では裕子さんが、「キャーー!」って小声で手をパチパチしながら、まるで恋愛映画でも見てるみたいな反応をしている。


 「どーも、初めまして。───いえ、居ますよ。───えぇ、そうですね、俺は………涼が好きで好きすぎて手を出せずにいた学生時代の友人です。「ちょっと、大剛っ!」なんだよ、本当だろ? 涼が鈍感で、強引にいけなかったんだし──────あぁ、そうですね、今抱き締めてるんで、そりゃ近いですよ? ────さぁ、どうでしょう? 俺、本気なんで……あんな顔させてるあんたに、涼はやれないなって────頼む? 頼まれたっていやだね。文句があるなら、中央通りにあるH&Aに来なよ。どうするかは、涼に決めてもらおう」

 「わっ、ちょ! 何してんのよ、大剛っ」

 「あのなぁ、そんなうだうだうじうじと考えて縮こまってる暇があるなら、ちゃんと話し合えばいいだろ」

 「そんな………簡単じゃ」


 いや、大剛の言ってる事は正しい。
 正しいけど、だからってそうできるほど強くない。


 「簡単だろうが! 好きだって言えばいいだろ。そんなに相手のこと考えて、うるうる泣きそうになるくらいなんだから。ちゃんと、好きだって言えば大抵の事は上手くいく」



 大剛が自信満々に言う言葉は、どうしてかスルリと隙間を埋めていく。
 洋司さんが好きで、別れたくなくて、でもそれを言葉にするのが怖くて。
 考えてみれば、私は大切な事を伝えていなかったかもしれない。


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