碧ヶ岳の気まぐれな短編特集

碧ヶ岳雅

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一刻の恋

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 雪がちらちら降り始めた。人々は皆自分のいるべき場所へ足を向け始める。そんな中、先ほどからまるで足の向きも変わっていない少年が一人。
 薄汚れた溝鼠色のパーカーに雪が積もって行った。歳は十五、六ほどだろうか。いや、痩せ細っているためもう少し上かもしれない。
 ポケットに手を突っ込んだまま少年は進み続けた。不意に、ぴたりと足が止まる。
 少年は決心したような顔を雪が降る街並みに向けた。瞳の先は、小洒落た二階建てのマンション。
 少年が進み始めた。ウィー、と、自動ドアが音を立てて開く。洒落たエントランスにそぐわない格好をした少年は、何も言わず進み続けた。
「あ、ちょっとボク!」
 エントランスでゆったりと新聞を広げていた四十路の男が引き止めた。少年が静かに振り向く。
「何号室だい?お客だろう?」
 平和なこの街は、汚い少年が自身の家の中をほっつき歩いていても客にしか思えないらしい。
「…一○二です」
 何を思ってか少年が答えた。もちろん適当だ。
「はいはい。一○二ね、ご苦労さん」
 チャリ、と、少年の手の中で鍵が鳴った。ぎゅっと少年がそれを掴み、歩き出す。
 一○二号室の前で少年が立ち止まった。チャリ。
 できるだけ静かに鍵を開けた。中に入る。
 静かな室内に違和感を覚えた。誰もいないのだろうか。
 ラッキー。少年が靴を脱いで玄関に上がる。
 金庫はどこだ。少年が探し始めた。
 キッチン。なし。
 リビング。ここもダメ。
 ダイニング。やっぱりない。
「金庫は寝室よ」
「⁉︎」
 少年が振り向く。いつの間にか少女が傍に立っていた。
「ふふ、若い泥棒さん?」
 そう微笑む少女は美しかった。少年がこれまでの短い人生で見た、誰よりも。流れる黒髪に翡翠の眼。少し紅潮した頬はお転婆なところも感じ取れる。
「う、動くな!撃つぞ!」
 少年が銃を構えた。少年の少ない小遣いをはたいて買った大切なものだ。もちろん正攻法ではないが。
「あ、ちょっと待って。」
「?」
 少女が手のひらを「待って」と言うように少年に向けた。
「な、なんだ!」
「ちょっとご飯食べてからでいい?お腹空いてて。死ぬ前くらいはいいでしょう?」
「そんなの、ダメに決まってる!」
「えー?」
 ぐるるるるる。叫ぶ少年の腹がなった。
「ほら、お腹は正直。ご馳走するわよ」
「…」
 少年がおとなしくダイニングの椅子に座った。少女が調理器具を持ってキッチンに立つ。
 じゅわぁぁあ。焼ける肉を見て、少年は初めて自分がまる二日もご飯を食べていないことに気がついた。
「はい、どうぞ!」
 こと。少女が皿を机に置いた。柔らかそうな白パンと、肉、温野菜。
 黙々と少年が箸を進めた。やはり、これも少年の人生の中で一番うまい物だった。
「…美味い」
「ありがと」
 少女が微笑む。少女の頬が一層赤くなった。
「わたしはレイよ、サック。」
「サック?俺はアル…」「殺人犯だからね、さっくんから、サック。」
 少年の姓はアルフレッドという。だが、実の名よりも少女がつけてくれたサックという呼び名が気に入った。
「…おう」
 こと。少女がフォークを置いた。食べ終わったらしい。
「よし、じゃあ撃つぞ」
「ちょっと待ってよ。心残りがあってわたしがサックを祟ったらどうするのよ」
「…なんだ」
「お菓子食べさせて」
 キュルル。また、少年の腹がなった。

「「いただきます」」
 ほかほか湯気をあげるホットケーキを前に少女と少年が手を合わせた。
「!おいし!」
 少女が自分の作ったホットケーキを自分で褒める。
「ご馳走さま」
「はやっ!」
 少年はというと、美味しすぎてすぐ食べ切ってしまったらしい。
「ご馳走様」
 しばらくしてから聞こえてきたその言葉を合図に、少年が引き金に手をかける。
「あ、ちょっとタンマ!お気にの服で死にたいの。いいでしょ?」
「…」
 少年はもう何も言わない。ただ見つめている。
「わたしね、一人なの」
 扉の向こうで着替えている少女の声が聞こえ、少年が振り向いた。
「親は、死んじゃった。友達だっていない。みんな、哀れむか気味悪がるかで近寄ってこないから」
 少女が少し悲しそうな口調で言った。
「いつも、いつも、家に殺人犯がやってこないかなって、妄想してた」
 不運な境遇。少女が憧れていたのは、白馬の王子ではなく黒い銃を持った犯罪者。
「だからね、あなたが来て、嬉しかったのよ、サック。」
 かちゃ、と扉を開けて少女がダイニングへ入ってきた。哀しそうに、けれどどこか嬉しそうにわらう。
「ね、殺してくれるんでしょ?」
「‼︎」
 少女が着ていたのは、白い着物。
「これで死ぬって、決めてたの。お母さんの形見」
 襟元を、少女の白魚のような手指が這う。
「っ、本当に、いいんだな?」
「ええ。金庫の番号は4201よ」
「いくぞ」
「どうぞ。あ、最後に一言ー」

「すk     バァン! 

 少女の微笑みと黒い音が重なった。少女が笑顔のまま倒れる。
 少年が金庫のある寝室へ急いだ。
「4201…」
 ダイヤルを回す。出てきたのは、少女の几帳面な字と、おそらく百は下らないであろう大金。
『優しいサックのことだから、きっとわたしを殺したことを後悔しているでしょう。この金庫の大金を目にして、より一層。
 こんな大金を持ち歩くのだから、身なりはちゃんとしておかなきゃね。クローゼットに、服が置いてあります。わたしからの最後のプレゼント。ちゃんとこれを着て街を歩いてね。

 …ありがとう。』
 つう、と少年の頬に涙が伝った。少女との、およそ一刻の思い出が脳裏を駆け巡る。
 少年が立ち上がった。クローゼットの服を迷わず着る。
 ガチャ。
 トランクケースを持ち、少年が歩き始めた。堂々としたその姿は、成人男性にしか見えない。だが、その哀愁に満ちた碧眼は、どこか心の置き所を探していた。
 少年ーアルフレッドは、大金をどうにかするためある場所へ立ち入った。そのまま、真っ直ぐに湖に向かう。
 笑う君。微笑む君。お腹いっぱい食べさせてくれた君。アルフレッドを、少年でいさせてくれた君。
ー最期の時まで、微笑んでいた君。
 アルフレッドが湖に入った。ちゃぷん。水音が鳴り響く。まるでそこが地面かのようにアルフレッドは進んでいった。小気味よくなっていた水の音が、次第にざぶ、じゃぶ、ざぶん!と大きくなっていく。
 あたりが静けさに満ちた頃には、もう少年の姿を見たものは誰もいなかった。
 アルフレッドが残した遺産は、孤児に寄付されたという。
  完
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