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「……こんな体調で次の授業を受けようと思う君の考えが、ボクには理解出来ないよ」

 晶の抑揚に薄い声が廊下に消えていく。
 
 それは腕の中で抱えっ放しの正吾に向けた言葉というよりも独り言染みた響きをもっており。

 事実、その言葉は腕の中でどんどん顔色を悪くしている正吾に向けたものというよりは、ただ呆れて声が出てしまっただけのものであった。

「正吾、足だけじゃなくて全身の感覚ないんじゃないかな?」

 顔色が悪い程度の事、今更過ぎて呆れたりなんてしない。

 問題は抱え慣れている正吾の身体が普段よりも重たく感じる事だ。

 これが健康になってきていて体重が増えてきているという類の重さなら、昌としては喜ばしいのだが事実は全く違う。

 単に正吾の全身から力が感じられないせいである。

 気絶した人間は起きている時より重く感じるという話があるが、意識がある内は全身のバランスを無自覚に保とうとする為、体重ほど重さを感じ難い。

 人間を背負って歩く事なら出来るのに、同じ重さの荷物を背負って歩くとなると同じ重さの筈なのに全く苦しさが違うのは、この辺りが理由の一つだ。

 そして、そんな理屈なんて知らなくても呼吸をするかのように無自覚に、人はその程度のバランスを取るくらい出来るものなのだが――

 そんな事さえ出来ない程に今の正吾の体調は悪いのだ。

「……その、アレだ。面倒だと思うし、わざわざ運んでくれなくていいんだぞ? 椅子に乗せてくれるだけで俺としては本当に助かるし、ここまでしてくれなくてもさ」

 正吾自身も体調不良の自覚くらいある。

 それでも自分の事でしかないんだし、あまり迷惑を掛けるのは申し訳ないとばかりに言葉を返すが――

 それで無視出来るなら昌も正吾の友人なんて、やっていない。

「少しは周りで見ている人の事も考えてくれると嬉しいな。君がそうやって無理ばっかりして危なっかしいから、ボクも立花さんも放っておけないんだよ」

「いや、でも勝手に体調崩しているのは俺なんだし晶達が気にしなくても……」

「安易に助けを求めずに自分で何でもしようとする心掛け自体は立派だと思うよ。けど、そういうのはね。せめて自力で歩けるくらいの体調になってから言ってほしいな」

 晶は話しながらも歩き続けていた足を止めると、覗き込むように真っ直ぐ顔を正吾に近付けていく。

 そのまま口付けでもしそうな程に近付いたところで――

「難しいのかもしれないけれど、もう少しだけでいいから自分を大事にしてくれるとボクとしては嬉しいし、きっと立花さんも喜ぶよ」

 相も変わらず平坦な声で、無表情気味に昌がそんな言葉を口にする。

 ともすれば嫌味か何かにしか聞こえない態度。

「……解った、考えるだけは考える」

 けれども、ただ感情表現が下手なだけの事を正吾は知っている。

 それが本心から自分を心配しての言葉である事を正しく理解して、それでもその期待に応える事は難しいとばかりにそんな言葉を返していく。

「ここで嘘でもいいからこれからは気を付けるって言えない辺り、正吾は本当に正吾だね。そういう不器用なくらい正直なところ、大好きだよ」

 その場凌ぎの言葉で今度からは気を付けるなんて、いくらでも言えただろうに。

 それでも嘘を吐かずに答えてくれる正吾の言葉が嬉しくて、いつも無表情気味な昌の口元が僅かに上がり、声もほんの少しだけ弾む。

「その口調で言われるとさ、解っていても嫌味に聞こえるぞ」

 それが昌にとって心底嬉しそうな時の態度だからと理解して。
 
 だからこそ、素直に認めるのが気恥ずかしくて誤魔化すようにそんな言葉を口にして顔を逸らす正吾であったが―― 

「とりあえずボクが君を大好きな事は伝わっているみたいだから何でもいいよ」

 未だ昌に抱えられたままなのだ。

 耳まで赤い顔を隠す事は出来ず、それが更に昌の機嫌を良くしていく。

「……いや、うん、そのさ。解ってるからさ、お願いだからこれ以上、そういう恥ずかしい事言うのは勘弁してくれ」

 無表情気味で棒読み口調の割に。

 やけに距離が近くて真っ直ぐな言葉を向けてくる親友の姿に、顔だけじゃなく身体全体まで火照っていくような感覚を覚える正吾であった。
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