壊れた少年と殺人未遂な彼女

２－７

（他には何もないな……）

　思い付く限りの疑問は全部聞いたし、話に矛盾とかもなかったように思う。

　嘘を吐いているようにも見えなかった。

　そもそも、ここで嘘を吐くくらいなら最初から話なんてせず、しらばっくれればいいだけの話だ。

「なるほどなあ……」

　納得感に正吾は思わず息を吐く。

　呼び出しに関しての疑問は全て解けたと言っていい。

（だから有栖川さんは屋上で誤魔化そうとしてたのか）

　そして呼び出された後、屋上での奈緒の態度も今の正吾なら解る。

　怪しい薬を買った事なんて自分から話したくもなかったのだろう。

　それだけじゃない。

　正吾が飲んでしまった事を伝えれば弁償とかそういう方向の話は避けられない。

　学生の身で三万は大金だ。

　だから何も話さず一発殴るだけで奈緒は全部終わりにしようとしてくれたのだ。

　どんな理由があったにせよ、泥棒同然の自分に対して、その対応は優し過ぎるとさえ全てを知った今では思う。

（三万か……）

　けど、納得出来たのはそこまでだ。

　死に掛けた事を帳消しに出来る程ではない。

　別に奈緒だって正吾を死ぬような目に遭わせたかった訳じゃなく、偶然が重なっただけの事故だったのは解る。

　知らなかったとはいえ飲んだ自分が悪かったとも思う。

　三万も出して買ったんだし、怒りもするだろう。

　けど、それでも納得なんて出来はしない。

（たった三万円のせいで俺は死に掛けたのか……）

　無気力感や脱力感が正吾の身体を支配していた。

　お前の価値なんてその程度だ。

　まるで、そんな風に言われたかのような感覚が正吾の心を打ちのめす。

（そりゃ俺みたいな貧乏学生からすれば大金だけどさ……）

　そんな風に心の中でうそぶいてみた所で募るのは虚しさばかり。

「ああ。じゃああの薬って何の為に買ったんだ？」

　と、そこで正吾はまだ疑問が残っている事に気付いて薬の用途を尋ねた。

　三万と言えど物は薬だ。

　もしかしたら持病とかを治す為だったり、命に関わる大事な物だったのかもしれない。

　それを奪われたというのなら、事故どころか本当に殺されたって仕方ない。

　そう思ったし、それなら納得出来たからだ。

「――を大きくしたかったのよ」

　ここにきて初めて、奈緒が気まずそうに顔を逸らした。

　ハキハキと答えていたのが嘘のように、ぼそぼそと言い難そうに話す。

「大きく？　何を？」

　突然の奈緒の変化に肝心な部分を聞き取れなかった正吾は、すぐに聞き返した。

　肺や心臓などを大きくしなければ駄目だったとか、そういう話ならば命に関わる問題だ。

　もしそうなら謝ってもらうどころか自分が謝らないと駄目だと思ったし、自分の事なんて放っておいてでも奈緒に協力すべきだと考えたからだ。

「胸を！　大きくしたかったの！」

　絞り出すように奈緒は叫んで、それっきり気まずそうに黙り込む。

　恥ずかしさも強くあるのだろう。

　顔を赤くして居心地悪そうに縮こまるが、それでも奈緒は決して正吾の前から逃げようとはしなかった。

「そうか。胸を大きくか……」

　言葉に釣られるように奈緒の胸元を見た正吾は、納得したように独りごちる。

　正吾には同年代の女子の胸の平均など解らないし、ある程度の大きさなら、これくらいあれば十分なんじゃないかと思っただろう。

　けれど、そんな正吾が納得してしまうほど奈緒の胸はあまりに平ら過ぎた。

　何せ奈緒の胸のサイズはAAAカップ。

　数字に表すならトップとアンダーの差が約五センチ。

　これ以下のサイズはないと言っても過言でないサイズなのだから。

「……そうか」

　もう一度、今度は何かを諦めたように正吾は同じ言葉を呟いた。

　自分は胸の為に死に掛けた。

　それを自覚した瞬間、どうしようもない虚しさとやるせなさが心の中に渦巻いて、呟かずには居られなかったのだ。

　それっきり正吾も疲れ果てたように黙り込む。

　二人の間に言いようのない沈黙が訪れた。