上 下
21 / 67

3-2

しおりを挟む
「先生、今日も休みみたいです……」

「風邪かな? 最近寒いもんねー」

 いつもなら気にも留めないような同級生の会話が正吾の耳に滑り込んできた。

 他愛ない会話だ。

 担任が二日続けて休んでいるという部分に僅かに驚いたものの、別に取り立てて惹かれる部分もない。 

(遠いな……)

 だが、だからこそ今の正吾には何よりも貴く響いていた。

 いつも通り振る舞っているように見えるが、それは上辺だけに過ぎない。

 一時的に色んな事から目を逸らして忘れたフリをしているだけなのだ。

(なんでこんな事になっているんだろうな……)

 けれどフリは所詮フリ。

 切欠があれば仮面は剥がれ、隠していた想いが零れ出す。

(普通は無理でも俺なりには平和に過ごせてた筈なんだけどなあ……)

 教室で他愛ない会話に勤しむ学生達。

 そんな在り来たりの学校風景の一部に、自分が完全に溶け込めていたとは正吾だって思わない。

 倒れてばかりの自分の存在が教室内で浮いている事を自覚出来ない程鈍くはないからだ。

 それでも――

 浮いた生徒であっても、確かに自分は教室に居られたんだと正吾は感じている。

 身体とか所在地の話ではなく、心根の部分で。

「……」

 けれど、今はそう思えない。

「春休みはバイトなんですよね?」

「うん。ちょっと金欠気味だからバイトの予定」

 すぐ近くに居る筈の同級生達の会話が、酷く遠くに感じられたから。

 気分は舞台の演者と観客だ。

 観客席から舞台までそれ程の距離はなくても、確かにそこで世界が区切られるように。

 同級生達との間に、目に見えない壁のようなものを正吾は感じていた。

「……」

 無意識に正吾は自分の胸に手をやる。

 服の下には特別なものなんて何もない、日に焼けてない綺麗な肌があるだけだ。

 木に貫かれた筈なのに。数日も経ってないのに。

 傷跡一つさえ見当たらない綺麗な肌が。

「正吾? 見た事ない表情しているけど大丈夫?」

「うおっ!」

 思考の渦に呑まれていた正吾を引き戻したのは、親友の顔のドアップだった。

 いつの間に近付いたのか。

 覗き込む程に顔を寄せ、正吾の事を見詰めていた。

「……そんな変な顔してたか?」

 顔近いなと思いつつ、正吾は戸惑った様子も見せずに返答する。

 心配の度合いが大きいほど、距離が近くなるのが昌だと経験から知っていたし慣れていたからだ。

「うん。何かあるなら聞くよ? どんな小さい事でも笑わないし、どんな突拍子のない事でも信じる。ボクの出来得る限りなら何でも力になるけど……」

 それでも、いつもはここまで言わない。

 声も表情も親しくなくても解るほどに変わったりなんてしない。

「ああ、それなら相談に乗ってほしい事がある」

「いいよ! 何でも言ってほしい!」

 まるで宝くじの一等でも当たったと言わんばかりの様子で昌は声を上げたかと思うと――

「もし異世界から帰ってきたって言っても実は転生した魔王だって言われても信じるし力になるからね!」

 息継ぎの時間も惜しいとばかりに言葉を捲くし立てていく。

「安心してくれ。そんな大層な相談じゃない」

(というか、そんな相談でも聞くって本気で言ってそうだから困る……)

 事情を説明すれば、それこそ昌は親身になって手伝ってくれるかもしれない。

 けれど――

(だから言えないんだよ……)

 だからこそ、話す訳にはいかない。

(死ぬような大怪我、具体的には心臓貫通して大穴開くような怪我したんだけどさ、次の日には綺麗さっぱり治ってたんだ。何か心当たりないか、なんて言ってみろ)

 それこそ本気で親身になって心配するなら、まず最初に疑うべきは脳か心の障害だ。

(大丈夫、良い医者を知っているんだ。安心してって言われたって責めようがねえ……)

 むしろ心配するからこその真っ当過ぎる反応と言えるだろう。

(それでも昌なら、全てを受け入れて本当に親身になって相談に乗ってくれるかもしれない)

 けれど、そんなものは万に一つの確率だ。

 奇跡に縋った挙句、親友に腫れ物扱いの目で見られたら、正吾には耐えられない。
 
「ある女子に話があるんだけどさ……」

 だから昌にする相談は、事件には直接触れない部分だけ。

「女子って言い方って事は、立花さんではないんだね」

「ああ」
  
 チラリ、と正吾は先程会話が聞こえてきた二人組を覗き見る。

「くすっちも一緒にやらない? 制服の可愛いファミレスあるんだけど」

「わ、私はいいです。接客とか出来そうにない、し」

「そのオドオドしたところさえなければ、彼氏なんていくらでも出来そうなのになあ……」

「か、彼氏なんて。そんな……」

 この二人の会話が正吾の耳に留まったのは、決して偶然なんかではない。

くすのきさんにちょっと訊きたい事があってな」

 くすっちと呼ばれていた丁寧な話し方をする女子。

 正吾は下の名前を知らないが、本名を楠加恋くすのきかれんといい――

 正吾が知る限り自分を『西山君』と呼ぶ唯一の生徒で、密かに話し掛けるタイミングを窺っていたからだ。

「今すぐ訊きに行くんじゃ駄目なのかい?」

「ああ。誰にも聞かれたくない大事な話があってな。どうにか二人だけで話をする時間とか作る方法ないか?」

 おそらく事件の鍵を握る人物である女子。

 加恋と誰にも邪魔されないように、ゆっくり話をしたいと正吾は思っただけなのだが――

「僕の冗談染みた話より、よっぽど大層な相談じゃないか!」

「お、おう? そうか?」

 異常な程にテンションを上げ、小声で叫ぶという器用な真似をする昌に戸惑いを隠せないのであった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,251pt お気に入り:281

貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,739pt お気に入り:3,810

憧れのテイマーになれたけど、何で神獣ばっかりなの⁉

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:646pt お気に入り:134

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,325pt お気に入り:2,476

【完結】万華鏡の館 〜あなたの人生、高額買取り致します〜

ミステリー / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:2

九竜家の秘密

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

捜査一課のアイルトン・セナ

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

蒼緋蔵家の番犬 2~実家編~

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:33

処理中です...