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「う、ううん。足りなくなんかないです!」

 どうやら、正吾の返答は加恋には納得のいくものだったらしい。

 しきりに頷いて、正吾の言葉に同意の意志を示してくれた。
  
「その、もしかして、その辺りが原因で立花さんと気まずくなったりなんか、してます?」

「そこまで気付いてたのか……」

「は、はい。いつもは朝、御堂君とも立花さんとも話しているのに今日は見ようともしてないですし、変だなあって思って気になってて」

 今朝に限って、静音が出てきていないのは決して偶然の話ではない。

 静音を見たら前回と同じように猛烈な吐き気に襲われて倒れてしまうだろう。

 それを恐れて、正吾が静音の方を一切見ないようにしていただけの話で、普通に登校してきているし、教室内にも居た事は居たのである。

「気持ち悪い、よね。その、覗き見とかする気なかったんです。本当に」

(あんな怪我した後なんだから経過が気になるのなんて普通だろ)

 なんて正吾がフォローを入れる間もなく――

「でも、気付いたら目で追っちゃってるんです。いつの間にか西山君の事、見てる自分が居て、どうにもならなくて」

 加恋は矢継ぎ早に言葉を重ねていく。

 言葉が溢れて止められないと言わんばかりに。

(これは……。壮絶にマズい流れ過ぎる……)

 そんな姿を見せられてようやく。

 本当に今更、正吾は絶望的に話が噛み合ってない事に気付いた。

 もし事情を知る第三者が二人の事を見ていたなら。

 多分、とっくの昔に気付いていた筈だ。

(これ、告白で呼び出したと思われてる……)

 奇跡的に会話が繋がってしまっていただけで、そもそも二人の話は最初から噛み合ってないどころか、完全にお互い明後日の方向を向いていた事に。

「その、私もね、最初は本当に些細な事が切欠で。中学の時、友達に仕事押し付けられちゃった事があったんですけど。その時、西山君が手伝ってくれたんです、きっと覚えてないですよね」

(……いかん。本当に記憶にない)

 だらだらと冷や汗を流しつつ。

 けれど、あまりに予想外の事態にどう反応してもいいか解らず、ただ正吾は加恋の言葉に撃たれるように立ち尽くす。

「その時までは、ずっと怖い人なんだって思ってました。ううん、本当は手伝ってくれてる間も怖くて泣きそうでした。その、西山君、何にも喋らないし何でわざわざ手伝ってくれるのか解らなくて」

 前述したとおり。

 はっきり言って正吾は、気の弱い生徒からすれば不良の次くらいに関わり合いたくない生徒である。

 それも他の追随を許さないレベルで。

 そんな人間に見るからに気の弱そうな加恋が、それでも頑張って挨拶してくれる。

 正吾は少しでいいから考えるべきだったのだ。 

「でも、ですね。あの日から気になって目で追うようになってました。あんまり怖い人じゃないのかな。本当は何を考えてるんだろうって気になって仕方なくて」

 その彼女の挨拶の裏に何かしらの意味がある事に。

 ――もっとも気付いていたところで、今度は動機まで完備した最重要候補に格上げになるだけなので、同じ道を辿ったかもしれないが。

 それはさておき。

「だから、本当に嬉しかったです。夢なんじゃないかって今でも思うくらい信じられなくて。西山君って私の事なんて見てないと思ってましたし」

 加恋の長年の想いをぶつけられている正吾はというと――

(……どうやって断ればいい?)

 冷や汗の量を更に増しながら。

 それでも迷う事無く、加恋の想いを砕く覚悟を決めていた。

(勘違いさせた自分が間違いなく悪い)

 だからと言って、気持ちもないのに同情で付き合うなんて失礼な事は正吾には出来ない。

 相手が真剣な事が伝わってくるからこそ猶更だ。

「くすの――」

 これ以上、傷が深くなる前に止めようと正吾が口を開くが――

「あの! だから、その! 私を西山君の彼女に――」

 そんな呼び掛ける程度のか細い声で止まる程、恋する乙女は甘くない。

 正吾の声なんて一切聞こえてない様子で、加恋が決定的な言葉を口にしようとした直前――

「その話、ちょーっと待ったあ!」

 ぜぇはぁと息を切らせて。

 屋上の扉をぶち破るかの勢いで、救いの女神が叫び声と共に飛び込んできた。

「御堂から話を聞いて慌てて来て正解だったみたいね」

 真っ赤な髪に釣り気味な目、そして男と見間違う程の平らなお胸。

「アンタ勉強出来るだけで、何か色々ズレまくってる人間だって事、改めて思い知ったわ……」

 有栖川奈緒、その人である。
 
「え、え? な、なに? なんで有栖川さん?」

 さすがにこの突然の乱入者には、加恋も話を続けられなかったようで。

「いや、俺の方見られても……」

 正吾ともども、戸惑いを隠せない様子で立ち尽くすしかなかったのであった。
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