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第七章 恩人は血に塗れて ~真相~

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(我ながら馬鹿な事をしているなあ……)

 追い出されるようにして奈緒と別れた正吾は、自室でメールを作成していた。

 事件前から何一つ変わり映えのしない生活感の薄い部屋で、携帯を操作する音だけが静かに響いていく。

(さすがに家追い出されてから初めての連絡がこれとか、頭の心配されるだけで済めばいいが……)

 正吾がメールを送ろうとしている相手は、実家に居る妹であった。

 別に理恵や奈緒との会話で実家に懐かしさを覚えた訳ではない。

 ――実はゾンビとか先祖に吸血鬼の噂があるとかで帰巣本能で無意識に家に帰ったとか、そういう事情とかないわよね?

 屋上から落ちたのが夢じゃないと知った日の奈緒との会話を思い出し、己自身がそもそも何か超能力を持っていた可能性がないか、調べてみようと思っただけだ。

(……即死級の怪我が一日で治るなんて出鱈目なんだ。怪我の回復とかじゃなくて時間の巻き戻しとかそういう系の能力なら服だって直るかもしれんしな……)

 どこか投げやりにそんな事を考える正吾であったが、それも仕方ない事なのだろう。

 そもそも今、正吾の頭を占めているのは事件の謎なんかではないのだから。

(どうして有栖川さんに止めろって言えなかったんだろうな……)

 気を抜く度に頭を過ぎるのは奈緒との別れ。

 静音との関係の悪化の可能性を少しでも減らしたいなら、静音に余計な事を言わないでくれと言い含めて奈緒を止めないといけなかったのに。

 どうしても、あの泣いてるような笑顔の前では何も言えなくて。

 それが何だか無性に静音に申し訳ない気がして。

 その後ろめたさから逃げるように、無駄と解っていても事件の調査をしているだけなのだろう。

「あっ――」

 集中してなかったせいか、送った正吾自身、メールの内容が全く思い出せない。

 いつの間にか携帯の画面に送信しましたの文字が表示されている事に気付き、戸惑いの声を上げてしまうが――

「うおっ!」

 突然、携帯がゆったりとした音楽を奏で始めて慌てて落としそうになる。

 いつものレトロな黒電話の着信音とは違う、流行遅れのスローテンポで素朴な曲。

 それが妹からの電話であるという事は設定した正吾が誰よりも知っていたが、それでも家を出て初めてとなる妹からの電話に戸惑いを覚えずに居られない。

「もしもし――」

『後ですぐ連絡するので余計な事せず、待機してて下さい』

 恐る恐る通話を開始した瞬間、即座に電話が切られた。

 通話時間は五秒すら、なかっただろう。

(トチ狂って悪い事したな……)

 元々、会話なんて碌にした事もない。

 おまけに実の母親を自殺に追い込んだ人間の声なんて、聞きたくもなくて当たり前。

(いくら色々あって余裕がないとはいえ、何やってんだよ……)

 かといって俺なんかが連絡して悪かったなんて言うのも変な気がして。

 どうすべきかと正吾が悩む中、再び着信が入る。

『待たせました。ちょっとバスタオルを巻くのに時間が掛かって』

「いや、服着て来いよ」

 一年越しな上に最後に話したのが喧嘩の時とは思えない様子に、俺の感傷を返せと思わず叫びそうになるのを堪えつつ。

 それでも若干、キレ気味に正吾は短く言葉を返す。

『今から入るところだったので着直すのは少し。風邪の心配なら暖房が効いている部屋に居るのでお気になさらず』

「そうかい」

(そういえば、こんなヤツだったような気がする……)

 よくよく思い返せば、家庭環境とか以前に兄妹と思えないくらい波長そのものが合わなかったから話してなかっただけ。

 思い出というのは美化されるものだというが、一年ほど会話してなかった上に罪悪感も手伝って記憶に大分補正が入っていた事に正吾は気付かされた。

『それで何か家系について知りたい事があるという話ですが?』

「ああ。何か先祖に吸血鬼みたいな化け物がいるとか、ゾンビ染みた再生能力持ってた先祖が居たとか、そういう話を聞いた事ないか?」

 口に出してみて改めて正吾は思う。

 これが一年ぶり、初めてとなる連絡とは頭おかしいな、と。

『とうとう頭までおかしくなりましたか……』

 それは正吾の妹も同意見らしく、呆れたようにそれだけの言葉が返ってきた。

「頭は前からおかしかったろうが」

『前までとは方向性が違うでしょう』

「おかしいのは否定しないのか」

『おかしかったじゃないですか。私が物心付いた時からずっと』

「あの家で育ったんだ。マトモな頭に育ってたら、それこそ異常だろうが」

『それは確かにそうですね』

 笑い声の一つもない、けれど確かに兄妹の会話を軽く交わして。

『それで吸血鬼とか超能力者でしたっけ? そんな面白い話とかは何もなかったですよ。江戸時代くらいまで家系図は遡れましたけど、無駄に長いだけって感じでした』

 白々しい兄妹ごっこは、このくらいで終わりにしようとばかりに。

 前置きもなく本題に話が移っていく。

「よく知ってるな。自分の家系図とか普通は興味なんてなさそうだが」

 少なくとも正吾は家系図なんて見ようと思った事さえない。

 それなのに調べるまでもなく即座に答えられる妹に驚きを隠せない正吾であったが、次の返答を聞いて言葉も出なくなった。

『随分前に調べましたから。超絶凄いお兄様と出来損ないの自分は本当は血が繋がってなくて、実はお兄様だけが素晴らしい余所様の親から生まれていて、私はあの糞親共の娘だっていうなら出来が悪いのも諦めも付くのになーなんて思って、いっぱいいっぱい調べました』

「……」

『残念ながらどっちも、あの糞親からの生まれだったんですけどねー』

「…………」

『ここ突っ込んで笑うトコですよ?』

「無茶言うなよ……」

 これが正吾が妹とあまり会話をしなくなった理由の一つ。

 確かに兄妹として通じ合う部分がある反面、それが逆に全く噛み合わない部分を浮き彫りにし、会話一つでも緊張を強いられる。

 それが息苦しくて、いつの間にか話なんてしなくなっていったのだ。

『用件はそれで終わりですか?』

「……ああ。それで終わりだ」

 本当は何か心配する言葉の一つでも掛けるべきなのだろう。

 けれど、妹の気持ちも考えず八つ当たりをした人間が今更何を言うのかとしか思えないし――

 二度と関わってくるなと強く父親に言われている。

 おそらく妹も同じように言い含められており、自分と電話していた事がバレれば怒鳴られ面倒な事になるだろう。
(家に居たんじゃ逃げ場もないしな……)

 それならバレる前に、さっさと電話を切るのが最善。

 話を切り上げ電話を通話を終えようとする正吾であったが――

『それで高校生にもなって中二病でも発病しましたか? そういうのは漫画や小説の中だけにしてくれると嬉しいですけど』

 こんなふざけた内容で突然電話したのだ。

 そこを突っ込まずに放置する事は妹には出来ないようだった。

「……俺もそう思うよ」

 それこそ死んだと思った日の朝。

 昌に返したラノベの中だけの話だったらよかったのに、と思った瞬間――

(え?)

 そこで悪寒に似た違和感が正吾の中を走り抜け、慌てて部屋を見渡す。

 事件前から何一つ変わり映えのない部屋。

 相変わらず人が住んでいるのか疑問になるくらい生活感の薄い部屋であり、何一つ物も増えてなければ、減ったようにも見えないが――

『どうかしましたか?』

 さすがに急に黙り込めば、電話越しであっても異常な雰囲気は伝わってしまう。

 心配する妹の声に、正吾は自分がまだ電話の最中であった事を思い出す。

「ああ、悪い。色々やらないといけない事が出来てな。一方的に変な事聞いといて悪いとは思うが、電話切らせてもらうぞ」

 最初から最後まで身勝手な事は承知の上で。

 それでも事件の真相を確かめたいという都合と、あまり長話をして自分と話している事が親にバレたら迷惑だろうという思いから。

 無理やり話を切り上げて通話を終わらせようとする正吾であったが――

『ええ、私も早くお風呂に入りたいですし。四月から同じ高校ですので、続きはそこでお願いします』

 その身勝手に意趣返しでもするように爆弾発言を返され、電話を切られてしまった。

 通話終了を告げる電子音だけが正吾の耳に虚しく響く。

(本当にアイツ、何考えてんだよ……)

 いきなり先祖に化け物が居ないのかと訊ねる自分も大概どうかしてると思う正吾だが、それとは別方向に妹が何を考えているか解からず。

 かといって、早く入浴したいと言っている相手を呼び戻す訳にもいかなくて。

(とりあえず妹の事は一旦忘れて)

 妹から事件の事へ頭を切り替えると。

 おそらく真相を知っているだろう相手へメールを送るのであった。
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