38 / 69
第8話 徐庶の仇討ち 5/7
しおりを挟む
15.絶望
向朗は、踵を返す。
「おい、巨達!どこへ行く!」
石韜がその腕を強引に掴む。
「徐福があの中に残っている!あの馬鹿、一人で全部の罪を被って死ぬ気だ!助けに行かなきゃ……」
「落ち着け!無手のお前が行って何ができる!」
孟建もまた、向朗の肩を組み敷くようにして制止した。
「今戻れば、お前まで捕まる。あいつの覚悟を無駄にする気か!」
「……っ!」
向朗は、歯が折れるほど強く噛み締めた。
算木を握る指先が、怒りと無力感で小刻みに震える。
合理的に考えれば、ここでの撤退が「正解」だ。
だが、友を死なせるという結果は、事務屋・向朗の誇りが許さない。
「……考えろ。考えろ。どこかに変数があるはずだ。一千の兵と、数百の賊……このカオスを支配する、たった一つの解が……」
向朗は煙に咽びながら、静かに目を閉じた。脳内の算盤が、猛烈な速度で火花を散らす。
16.黄金の毒餌
「……いける。確率は低いけどこれしかない」
向朗が目を開く。その瞳からは、迷いが消えていた。
「石韜、孟建。声を限りに叫べ。街中の賊と兵士に聞こえるようにだ」
「何を言えばいい!」
「――白亜の怪物が、賈仁と賊の取引で得た財宝の鍵を飲み込んでいる、と!」
石韜と孟建は顔を見合わせた。吐き気を催すような嘘だ。
だが、同時にこれ以上ない黄金の毒餌であることを、彼らは直感した。
「行けッ!」
二人は屋敷の周囲を疾走し、怒号を上げた。
「聞いたか!あの白塗りの男が、賈仁の隠し財宝の鍵を持っているぞ!飲み込んで隠しやがった!」
その声は、復讐よりも金に飢えていた呉覇の賊たちに火をつけた。
賊たちは目の色を変え、徐福を確保しようとする衛兵たちへ殺到する。
現場は正義も復讐も消え去り、ただ一つの「鍵」を奪い合う、凄絶な乱戦へと塗り替えられた。
17.白き霧と青き炎
その混乱の隙を突き、向朗と李譔は屋敷の内庭へと滑り込んだ。
そこには、十数人の兵士と賊に囲まれ、満身創痍で立ち尽くす徐福の姿があった。
「李譔、やれ!」
「任せなさい!」
李譔が、残っていた癇癪玉を一度に数個放り込んだ。
ドォォォン!!凄まじい炸裂音と共に、一帯が濃密な白い煙に包まれる。
「うわあぁっ!目が見えん!」
「怪物の呪いだ!」
さらに向朗は、隠し持っていた青燐の粉末を地面へ撒いた。
燐光が空気に触れ、霧の中で怪しげな青い炎がゆらゆらと立ち上る。
兵士たちは、その世にも奇妙な光景に「怪物の祟りだ」と腰を抜かした。
霧の中、向朗が徐福の腕を掴んだ。
「徐福、話すな!服を脱げ、白塗りを拭え!」
向朗は、近くで死んでいた賊の死体を檻の側に引きずり出すと、予備の漆喰をその顔面にぶちまけた。
李譔が上着を脱ぎ、徐福の肩へ無理やり着せかける。
「女服に着替えろ。これが唯一の脱出口だ」
一瞬の出来事だった。
霧が晴れ始めた頃、そこには無残に焼け、顔を真っ白に塗り潰された怪物の遺体が転がっていた。
衛兵たちと賊が、これこそが犯人だ白塗りの死体を間に戦闘を続けている。
その混乱の背後を、怪我をした下女を抱えた向朗たちが通り過ぎていった。
屋敷の屋根の上、煙に紛れてその様子を眺めていた男がいた。
戯志才である。
彼は瓢箪から酒を煽り、ニヒルな笑みを浮かべて独り言ちた。
「ほう。戻ってくるか。青くその場しのぎの策だが……まあ、及第点だ」
18.夜明け
陽翟の城壁を離れ、郊外の森で石韜、孟建と合流を果たす。
徐福は下女の服を脱ぎ捨て、顔の漆喰を洗い落とした。そこには、ただの傷だらけの若者がいた。
「巨達、助かった。恩に着る」
徐福が微笑むが、向朗の表情は氷のように冷たかった。
「……礼はいい。すぐ隠れろ、徐福」
「えっ?」
「今の工作はあくまで急場凌ぎだ。李旻が冷静になれば、死体の偽装はいずれ露呈する。お前が生きていると知られれば、水鏡塾もろとも全滅だ」
向朗は算木を強く握りしめた。
「お前は公式には死んだことにする。しばらく身を潜め隠れてくれ」
徐福は、向朗の瞳に宿る、冷徹なまでの
「友を守るための決意」を悟った。
「……分かった。俺は消えるよ」
向朗は、踵を返す。
「おい、巨達!どこへ行く!」
石韜がその腕を強引に掴む。
「徐福があの中に残っている!あの馬鹿、一人で全部の罪を被って死ぬ気だ!助けに行かなきゃ……」
「落ち着け!無手のお前が行って何ができる!」
孟建もまた、向朗の肩を組み敷くようにして制止した。
「今戻れば、お前まで捕まる。あいつの覚悟を無駄にする気か!」
「……っ!」
向朗は、歯が折れるほど強く噛み締めた。
算木を握る指先が、怒りと無力感で小刻みに震える。
合理的に考えれば、ここでの撤退が「正解」だ。
だが、友を死なせるという結果は、事務屋・向朗の誇りが許さない。
「……考えろ。考えろ。どこかに変数があるはずだ。一千の兵と、数百の賊……このカオスを支配する、たった一つの解が……」
向朗は煙に咽びながら、静かに目を閉じた。脳内の算盤が、猛烈な速度で火花を散らす。
16.黄金の毒餌
「……いける。確率は低いけどこれしかない」
向朗が目を開く。その瞳からは、迷いが消えていた。
「石韜、孟建。声を限りに叫べ。街中の賊と兵士に聞こえるようにだ」
「何を言えばいい!」
「――白亜の怪物が、賈仁と賊の取引で得た財宝の鍵を飲み込んでいる、と!」
石韜と孟建は顔を見合わせた。吐き気を催すような嘘だ。
だが、同時にこれ以上ない黄金の毒餌であることを、彼らは直感した。
「行けッ!」
二人は屋敷の周囲を疾走し、怒号を上げた。
「聞いたか!あの白塗りの男が、賈仁の隠し財宝の鍵を持っているぞ!飲み込んで隠しやがった!」
その声は、復讐よりも金に飢えていた呉覇の賊たちに火をつけた。
賊たちは目の色を変え、徐福を確保しようとする衛兵たちへ殺到する。
現場は正義も復讐も消え去り、ただ一つの「鍵」を奪い合う、凄絶な乱戦へと塗り替えられた。
17.白き霧と青き炎
その混乱の隙を突き、向朗と李譔は屋敷の内庭へと滑り込んだ。
そこには、十数人の兵士と賊に囲まれ、満身創痍で立ち尽くす徐福の姿があった。
「李譔、やれ!」
「任せなさい!」
李譔が、残っていた癇癪玉を一度に数個放り込んだ。
ドォォォン!!凄まじい炸裂音と共に、一帯が濃密な白い煙に包まれる。
「うわあぁっ!目が見えん!」
「怪物の呪いだ!」
さらに向朗は、隠し持っていた青燐の粉末を地面へ撒いた。
燐光が空気に触れ、霧の中で怪しげな青い炎がゆらゆらと立ち上る。
兵士たちは、その世にも奇妙な光景に「怪物の祟りだ」と腰を抜かした。
霧の中、向朗が徐福の腕を掴んだ。
「徐福、話すな!服を脱げ、白塗りを拭え!」
向朗は、近くで死んでいた賊の死体を檻の側に引きずり出すと、予備の漆喰をその顔面にぶちまけた。
李譔が上着を脱ぎ、徐福の肩へ無理やり着せかける。
「女服に着替えろ。これが唯一の脱出口だ」
一瞬の出来事だった。
霧が晴れ始めた頃、そこには無残に焼け、顔を真っ白に塗り潰された怪物の遺体が転がっていた。
衛兵たちと賊が、これこそが犯人だ白塗りの死体を間に戦闘を続けている。
その混乱の背後を、怪我をした下女を抱えた向朗たちが通り過ぎていった。
屋敷の屋根の上、煙に紛れてその様子を眺めていた男がいた。
戯志才である。
彼は瓢箪から酒を煽り、ニヒルな笑みを浮かべて独り言ちた。
「ほう。戻ってくるか。青くその場しのぎの策だが……まあ、及第点だ」
18.夜明け
陽翟の城壁を離れ、郊外の森で石韜、孟建と合流を果たす。
徐福は下女の服を脱ぎ捨て、顔の漆喰を洗い落とした。そこには、ただの傷だらけの若者がいた。
「巨達、助かった。恩に着る」
徐福が微笑むが、向朗の表情は氷のように冷たかった。
「……礼はいい。すぐ隠れろ、徐福」
「えっ?」
「今の工作はあくまで急場凌ぎだ。李旻が冷静になれば、死体の偽装はいずれ露呈する。お前が生きていると知られれば、水鏡塾もろとも全滅だ」
向朗は算木を強く握りしめた。
「お前は公式には死んだことにする。しばらく身を潜め隠れてくれ」
徐福は、向朗の瞳に宿る、冷徹なまでの
「友を守るための決意」を悟った。
「……分かった。俺は消えるよ」
0
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』
月影 朔
歴史・時代
元亀四年、病で倒れたとされる武田信玄は生きていた。天下の行く末を憂う彼は、あえて「謀反人」の汚名を着て影で活動する。その真意を探る密命を受けた若き忍び・疾風の小太郎は、信玄が残した「秘策」を求め、旅に出る。
各地で出会う仲間たち、そして織田信長の放つ刺客との死闘の中で、小太郎は信玄の壮大な計画の全貌に迫っていく。それは、武力による統一ではなく、人の心を繋ぎ、古き良き日本の魂を取り戻すための、深謀遠慮の策だった。
信玄の真の忠義が試される時、歴史は大きく動き出す。これは、影で天下を動かした男と、その志を継ぐ若者が織りなす、感動と成長の戦国絵巻である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる