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第15話 都市解体、あるいは黒き盾の覚醒 3/4
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4.最後の徴発、暴かれる私財
物資集積所では、向朗が最後の大仕事にかかっていた。
石韜と孟建は既に先発し、前方での交渉と補給確保に動いている。
ここ陽翟に残っている物資を、一粒残らずかき集めるのが向朗の役目だ。
「向朗さーん!朗報です!」
美声で叫びながら、李譔が走ってきた。その手には、どこから入手したのか、数枚の帳簿が握られている。
「西地区の商家から、隠し倉庫が見つかりました!麦五百石です!僕が上目遣いで『お願い♡』って言ったら、番頭がデレデレになって場所を吐きました。チョロすぎますね」
「……君のその美貌と、ねじ曲がった性格に感謝するよ。代金は……」
「衛臻殿の置いていった金貨で支払いました。もちろん、正規の価格で。アメとムチの使い分けは完璧です」
向朗は頷き、手元の帳簿に数字を書き込む。
孟建からの事前の報告では、舞陽邑での買い付けは順調らしい。だが、陽翟を出てからそこへ着くまでの数日間、十万人を食わせるだけの食料がギリギリだった。
「あと、太守府の蔵ですが……」
李譔が声を潜め、特有の早口になる。
「僕の『探索』によると、太守・李旻が私財を隠しています。最高級の絹と、秘蔵の酒が山ほど。鍵は複雑そうですが、僕の『開錠術』なら一瞬です」
「……よし」
向朗は、疲れ切った顔で、しかし断固として言った。
「頼む。壁を壊してでも運び出せ。絹は防寒具の詰め物に、酒は怪我人の消毒と、夜の寒さを凌ぐ燃料になる。李旻様の老後の楽しみより、今生きている子供の命だ」
「了解!……ふふ、向朗、あんた随分と肝が据わってきたじゃないの。そういう計算高いところ、嫌いじゃないですよ」
李譔はニヤリと笑い、絹の衣を翻して現場へ走っていった。
5.保身の太守、非情なる決断
出発の刻限が迫っていた。
だが、ここにきて最大の障害が立ち塞がった。
太守府の奥の間で、李旻が錯乱状態で叫んでいたのだ。
「ならん!出発はならん!城門を閉ざせ!誰一人外へ出してはならん!」
急報が入ったのだ。後任の豫州刺史・孔伷(こうちゅう)の先遣隊が、予想よりも早く陽翟に接近していると。
李旻は、髪を振り乱して黄琬に縋り付いた。
「孔伷様が来る前に民がいなくなったとあっては、ワシの管理責任が問われる!首が飛ぶのじゃ!民を戻せ!彼らを『歓迎の式典』に並ばせるのじゃ!」
己の保身のために、十万の民を孔伷への生贄に捧げようとする李旻。
黄琬は、その醜悪な姿を冷ややかに見下ろしていた。
彼は腰の剣に手をかけた。斬るべきか。いや、この小物を斬ったところで、孔伷への言い訳にはならず、逆に黄琬自身が罪に問われ、洛陽へ行く前に拘束される恐れがある。
「……李旻」
黄琬の声は、氷のように冷たかった。
「貴様は、ここで孔伷を出迎えろ」
「な、何を……」
「貴様が城門を閉ざそうと、あの十万の奔流は止められん。ならば、こう言うのだ。『私は必死に説得しましたが、暴徒と化した民が勝手に出て行きました』とな。……被害者の振りをしていれば、孔伷とて貴様を即座には殺さんだろう」
それは、明らかな詭弁であり、李旻を見捨てる宣告だった。
だが、李旻にはそれに縋るしかなかった。
「そ、そうじゃ……ワシは被害者じゃ……。ワシは悪くない……」
黄琬は、李旻を無視して衛兵に命じた。
「城門を全開にせよ。……行かせろ。私の気が変わらぬうちにな」
物資集積所では、向朗が最後の大仕事にかかっていた。
石韜と孟建は既に先発し、前方での交渉と補給確保に動いている。
ここ陽翟に残っている物資を、一粒残らずかき集めるのが向朗の役目だ。
「向朗さーん!朗報です!」
美声で叫びながら、李譔が走ってきた。その手には、どこから入手したのか、数枚の帳簿が握られている。
「西地区の商家から、隠し倉庫が見つかりました!麦五百石です!僕が上目遣いで『お願い♡』って言ったら、番頭がデレデレになって場所を吐きました。チョロすぎますね」
「……君のその美貌と、ねじ曲がった性格に感謝するよ。代金は……」
「衛臻殿の置いていった金貨で支払いました。もちろん、正規の価格で。アメとムチの使い分けは完璧です」
向朗は頷き、手元の帳簿に数字を書き込む。
孟建からの事前の報告では、舞陽邑での買い付けは順調らしい。だが、陽翟を出てからそこへ着くまでの数日間、十万人を食わせるだけの食料がギリギリだった。
「あと、太守府の蔵ですが……」
李譔が声を潜め、特有の早口になる。
「僕の『探索』によると、太守・李旻が私財を隠しています。最高級の絹と、秘蔵の酒が山ほど。鍵は複雑そうですが、僕の『開錠術』なら一瞬です」
「……よし」
向朗は、疲れ切った顔で、しかし断固として言った。
「頼む。壁を壊してでも運び出せ。絹は防寒具の詰め物に、酒は怪我人の消毒と、夜の寒さを凌ぐ燃料になる。李旻様の老後の楽しみより、今生きている子供の命だ」
「了解!……ふふ、向朗、あんた随分と肝が据わってきたじゃないの。そういう計算高いところ、嫌いじゃないですよ」
李譔はニヤリと笑い、絹の衣を翻して現場へ走っていった。
5.保身の太守、非情なる決断
出発の刻限が迫っていた。
だが、ここにきて最大の障害が立ち塞がった。
太守府の奥の間で、李旻が錯乱状態で叫んでいたのだ。
「ならん!出発はならん!城門を閉ざせ!誰一人外へ出してはならん!」
急報が入ったのだ。後任の豫州刺史・孔伷(こうちゅう)の先遣隊が、予想よりも早く陽翟に接近していると。
李旻は、髪を振り乱して黄琬に縋り付いた。
「孔伷様が来る前に民がいなくなったとあっては、ワシの管理責任が問われる!首が飛ぶのじゃ!民を戻せ!彼らを『歓迎の式典』に並ばせるのじゃ!」
己の保身のために、十万の民を孔伷への生贄に捧げようとする李旻。
黄琬は、その醜悪な姿を冷ややかに見下ろしていた。
彼は腰の剣に手をかけた。斬るべきか。いや、この小物を斬ったところで、孔伷への言い訳にはならず、逆に黄琬自身が罪に問われ、洛陽へ行く前に拘束される恐れがある。
「……李旻」
黄琬の声は、氷のように冷たかった。
「貴様は、ここで孔伷を出迎えろ」
「な、何を……」
「貴様が城門を閉ざそうと、あの十万の奔流は止められん。ならば、こう言うのだ。『私は必死に説得しましたが、暴徒と化した民が勝手に出て行きました』とな。……被害者の振りをしていれば、孔伷とて貴様を即座には殺さんだろう」
それは、明らかな詭弁であり、李旻を見捨てる宣告だった。
だが、李旻にはそれに縋るしかなかった。
「そ、そうじゃ……ワシは被害者じゃ……。ワシは悪くない……」
黄琬は、李旻を無視して衛兵に命じた。
「城門を全開にせよ。……行かせろ。私の気が変わらぬうちにな」
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