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第15話 都市解体、あるいは黒き盾の覚醒 2/4
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2.黒衣の指揮官、戦慄の規律
都市の西側、練兵場。
そこには、向朗のいる前庭とは異なる、殺気立った空気が澱んでいた。
黄琬から預かった五千の精兵たちが、整列こそしているものの、その目には不満と反抗の色を隠そうともしていなかったからだ。
彼らの前に立つのは、一人の男。
全身を喪服のような黒衣で包み、腰には飾り気のない長剣を佩いた男。
かつて徐福と呼ばれ、今日から名を改めた、徐庶(じょしょ)である。
「……おい、聞いたか?俺たちの指揮官は、あの黒ずくめの書生らしいぞ」
「馬鹿な。俺たちは豫州牧・黄琬様の手勢だぞ。なんであんな素人の、しかもゴロツキのような男に従わなきゃならんのだ」
「やってられるか。俺たちは黄琬様と共に洛陽へ行き、華々しく戦うべきだ。こんな泥まみれの難民の護衛など、御免だ」
兵士たちの囁きは、やがて公然とした罵声へと変わっていった。
徐庶は無言だった。彼は、自分が兵士たちからどう見られているかを知っていた。正規の教育を受けていない、ただの暴力装置。向朗の計算を守るためだけの、使い捨ての剣。
その時だった。
配給の列で、小さな騒ぎが起きた。
一人の兵士が、食料袋を抱えた母子を突き飛ばし、その袋を奪おうとしたのだ。
「よこせ!俺たちが守ってやるんだ、兵糧を優先するのは当然だろうが!」
「いや!これは子供の分です!返してください!」
「うるせえ、薄汚い豚が!」
兵士が剣の柄に手をかけた、その瞬間。
黒い風が吹いた。
ザンッ!
短い、しかし重たい音が響いた。
兵士の首が、呆気にとられた表情のまま宙を舞い、地面に転がった。噴き出した血が、周囲の兵士たちの顔を濡らす。
その中心に、血振るいもせず、静かに剣を納める徐庶の姿があった。
練兵場が凍りついた。
徐庶は、返り血を浴びた頬を袖で乱暴に拭い、五千の兵士たちを睨めつけた。その眼光は、書生のものではなく、修羅場を潜り抜けてきた獣のものだった。
「……勘違いするな」
徐庶の声は低く、しかし腹の底に響いた。
「お前たちは、もはや漢の兵ではない。栄誉も、階級も、ここにはない。お前たちは、この十万の命を運ぶための『盾』だ」
徐庶は、震える母子に食料袋を拾って渡し、再び兵士たちに向き直った。
「盾が民を襲ってどうする。次に俺の規律を乱す者がいれば、即座に斬る。黄琬様の兵だろうが関係ない」
兵士たちが息を呑んだ。
この男は本気だ。階級や権威ではなく、己の「刃」のみを信じている男だ。
「俺について来い。……盾が及ばずば、俺が砕く。俺が砕けるまでは、民には指一本触れさせん」
その圧倒的な「暴力」と「覚悟」を目の当たりにし、兵士たちの目にあった侮蔑は、恐怖へ、そして畏怖へと変わった。
この瞬間、烏合の衆は、黒衣の軍師・徐庶の手足として、鋼の軍団へと生まれ変わった。
3.聖人の苦悩、演出された希望
一方、中央広場。
ここでは、全く別の戦いが行われていた。
粗末な演台の上に立ち、枯れ木のような体を震わせながら、司馬徽は声を張り上げ続けていた。
「恐れるな!天は見ている!苦難は、我らを試すための試練である!隣人の手を取れ!弱きを助けよ!その徳こそが、南への道を開く鍵となる!」
司馬徽の言葉に、不安に怯えていた老人たちが涙を流して拝み、子供たちがその衣の裾に触れようと集まってくる。
彼は一人一人の頭を撫で、温かい言葉をかけた。その姿はまさに生き仏、乱世に現れた聖人そのものだった。
だが、一歩舞台裏に下がると、司馬徽はその場に崩れ落ちた。
「先生!」
駆け寄ったのは、先ほどまで「聖女」として民衆を煽動していた李譔だ。彼は美しい着物の裾を無造作にたくし上げ、手際よく司馬徽を支える。
司馬徽の顔色は蝋のように白く、呼吸は浅い。
「……先生、もう十分です。少し休んでください。これ以上は命に関わります」
「いや……いかん。私が止まれば、民の不安が爆発する……」
司馬徽は、震える手で水筒の水をあおった。
「私は、彼らに嘘をついているのではないか……。『楽土へ行ける』などと、保証のない夢を見させて、死地へ連れて行こうとしているのではないか……」
老学者の目から、一筋の涙がこぼれた。
だが、李譔は淡々と言った。
「嘘ではありませんよ。……僕の『情報網(ファンクラブ)』によれば、民は本気で先生を信じています。先生がいるから、彼らは今日を生きているのです。……我々は、『希望』という名の物語(シナリオ)を上演しているのです。舞台に立ったら、幕が下りるまで演じ切るのが役者の務めです」
李譔は、懐から手品のように気付け薬を取り出し、司馬徽に嗅がせた。
「さあ、先生。アンコールです。民衆が待っていますよ」
司馬徽は、再び立ち上がった。その背中は小さかったが、十万人の命を背負うだけの強さを秘めていた。
都市の西側、練兵場。
そこには、向朗のいる前庭とは異なる、殺気立った空気が澱んでいた。
黄琬から預かった五千の精兵たちが、整列こそしているものの、その目には不満と反抗の色を隠そうともしていなかったからだ。
彼らの前に立つのは、一人の男。
全身を喪服のような黒衣で包み、腰には飾り気のない長剣を佩いた男。
かつて徐福と呼ばれ、今日から名を改めた、徐庶(じょしょ)である。
「……おい、聞いたか?俺たちの指揮官は、あの黒ずくめの書生らしいぞ」
「馬鹿な。俺たちは豫州牧・黄琬様の手勢だぞ。なんであんな素人の、しかもゴロツキのような男に従わなきゃならんのだ」
「やってられるか。俺たちは黄琬様と共に洛陽へ行き、華々しく戦うべきだ。こんな泥まみれの難民の護衛など、御免だ」
兵士たちの囁きは、やがて公然とした罵声へと変わっていった。
徐庶は無言だった。彼は、自分が兵士たちからどう見られているかを知っていた。正規の教育を受けていない、ただの暴力装置。向朗の計算を守るためだけの、使い捨ての剣。
その時だった。
配給の列で、小さな騒ぎが起きた。
一人の兵士が、食料袋を抱えた母子を突き飛ばし、その袋を奪おうとしたのだ。
「よこせ!俺たちが守ってやるんだ、兵糧を優先するのは当然だろうが!」
「いや!これは子供の分です!返してください!」
「うるせえ、薄汚い豚が!」
兵士が剣の柄に手をかけた、その瞬間。
黒い風が吹いた。
ザンッ!
短い、しかし重たい音が響いた。
兵士の首が、呆気にとられた表情のまま宙を舞い、地面に転がった。噴き出した血が、周囲の兵士たちの顔を濡らす。
その中心に、血振るいもせず、静かに剣を納める徐庶の姿があった。
練兵場が凍りついた。
徐庶は、返り血を浴びた頬を袖で乱暴に拭い、五千の兵士たちを睨めつけた。その眼光は、書生のものではなく、修羅場を潜り抜けてきた獣のものだった。
「……勘違いするな」
徐庶の声は低く、しかし腹の底に響いた。
「お前たちは、もはや漢の兵ではない。栄誉も、階級も、ここにはない。お前たちは、この十万の命を運ぶための『盾』だ」
徐庶は、震える母子に食料袋を拾って渡し、再び兵士たちに向き直った。
「盾が民を襲ってどうする。次に俺の規律を乱す者がいれば、即座に斬る。黄琬様の兵だろうが関係ない」
兵士たちが息を呑んだ。
この男は本気だ。階級や権威ではなく、己の「刃」のみを信じている男だ。
「俺について来い。……盾が及ばずば、俺が砕く。俺が砕けるまでは、民には指一本触れさせん」
その圧倒的な「暴力」と「覚悟」を目の当たりにし、兵士たちの目にあった侮蔑は、恐怖へ、そして畏怖へと変わった。
この瞬間、烏合の衆は、黒衣の軍師・徐庶の手足として、鋼の軍団へと生まれ変わった。
3.聖人の苦悩、演出された希望
一方、中央広場。
ここでは、全く別の戦いが行われていた。
粗末な演台の上に立ち、枯れ木のような体を震わせながら、司馬徽は声を張り上げ続けていた。
「恐れるな!天は見ている!苦難は、我らを試すための試練である!隣人の手を取れ!弱きを助けよ!その徳こそが、南への道を開く鍵となる!」
司馬徽の言葉に、不安に怯えていた老人たちが涙を流して拝み、子供たちがその衣の裾に触れようと集まってくる。
彼は一人一人の頭を撫で、温かい言葉をかけた。その姿はまさに生き仏、乱世に現れた聖人そのものだった。
だが、一歩舞台裏に下がると、司馬徽はその場に崩れ落ちた。
「先生!」
駆け寄ったのは、先ほどまで「聖女」として民衆を煽動していた李譔だ。彼は美しい着物の裾を無造作にたくし上げ、手際よく司馬徽を支える。
司馬徽の顔色は蝋のように白く、呼吸は浅い。
「……先生、もう十分です。少し休んでください。これ以上は命に関わります」
「いや……いかん。私が止まれば、民の不安が爆発する……」
司馬徽は、震える手で水筒の水をあおった。
「私は、彼らに嘘をついているのではないか……。『楽土へ行ける』などと、保証のない夢を見させて、死地へ連れて行こうとしているのではないか……」
老学者の目から、一筋の涙がこぼれた。
だが、李譔は淡々と言った。
「嘘ではありませんよ。……僕の『情報網(ファンクラブ)』によれば、民は本気で先生を信じています。先生がいるから、彼らは今日を生きているのです。……我々は、『希望』という名の物語(シナリオ)を上演しているのです。舞台に立ったら、幕が下りるまで演じ切るのが役者の務めです」
李譔は、懐から手品のように気付け薬を取り出し、司馬徽に嗅がせた。
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