落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪

こくせんや

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第16話 移動都市 2/3

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3.黒衣の軍師の巡回

隊列の側面、荒野を駆ける一騎の影があった。
黒衣の軍師、徐庶(じょしょ)である。
彼は常に馬を走らせ、十里にも及ぶ長大な隊列の前後を行き来していた。

かつて彼に反発していた黄琬の兵士たちも、今や徐庶の手足となって動いていた。
道中、野犬の群れや、小規模な野盗が襲いかかることがあった。
だが、そのたびに徐庶は風のように現れ、一太刀で敵の首を跳ね飛ばした。
その無駄のない剣技と、民を守るために我が身を盾とする姿勢は、兵士たちの心を掴んで離さなかった。

「徐庶様!後方の守りは固めました!」
「うむ。ご苦労。……だが、気を緩めるな」
徐庶は、兵士の報告に頷きつつも、その視線は鋭く地平線を睨んでいた。

彼の背中には、冷たい汗が流れている。
向朗の計算による行軍は、今のところ完璧だ。
李譔の扇動による統率も見事だ。
だが、軍事的な視点で見れば、この長大な隊列はあまりにも脆い。
あたかも、腹を晒してのたうつ大蛇のようなものだ。
横腹を突かれれば、一瞬で分断され、大混乱に陥るだろう。

(今は、相手が小粒な野盗だから助かっているだけだ。もし、組織された『軍隊』が現れれば……)

徐庶は、剣の柄を握りしめた。五千の兵で十万を守る。
それは、薄氷の上を歩くような作業だった。
平和に見える行軍の裏で、徐庶だけが、常に死神の足音を聞いていた。

4.舞陽邑の異様な歓迎、突きつけられた難題

出発から十日後。一行は、潁川(えいせん)郡の南端、舞陽邑(ぶようゆう)に到達した。
ここを抜ければ、いよいよ荊州の入り口である南陽郡だ。

予定通り、日没前に到着した向朗たちは、城門の前で足を止めた。
だが、様子がおかしい。
城門は開かれている。いや、開かれすぎている。
門扉は外され、歓迎するかのように松明が焚かれているのだ。
そして、城門の前には、数千の荷車と、旅装を整えた無数の人々がひしめき合っていた。

「……なんですか、あれは?」
向朗が眉をひそめると、城内から先行していた孟建(もうけん)が駆け寄ってきた。
孟建は、満面の笑みを浮かべていたが、その目は笑っていなかった。
困惑と、諦めが入り混じった複雑な表情だ。

「やあ、向朗。待ちかねたよ。……交渉は成立した。県令は協力的だ。約束通り、食料も水も提供すると言っている」

「……その割には、妙な歓迎ぶりなようですが。あの荷車の山は?」
向朗が町中の異様な様子を覗うと、孟建は頭をかきながら言った。

「ああ、あれか。……条件が変わったんだ」
孟建は、向朗の耳元で囁いた。
「舞陽の民、二万人も連れて行ってくれ」

「……は?」
向朗の思考が一瞬停止した。
「二万人?食料提供の対価としてか?」

「いや、彼らも逃げたいんだよ」
孟建は嘆息した。
「北からは董卓が迫り、東からは袁術が圧力をかけている。この舞陽も、限界なんだ。県令も民も、恐慌状態にある。そこへ、『水鏡先生が率いる移動都市が来る』という噂が流れてきた」

「……李譔の流言か」
「ああ。効果がありすぎたな。彼らは我々を『救いの箱舟』だと思い込んでいる。県令は泣いて頼み込んできたよ。『街を捨ててでも、先生にお供したい』とな」

話を聞いていた徐庶が色めき立った。
「馬鹿な!正気か!十万でも限界なんだぞ!そこにさらに二万だと!?食料も水も、隊列の長さも、全てが破綻する!ただでさえ守りきれないのに、これ以上負担を増やしてどうする!」

現場は大混乱に陥った。
舞陽の民たちは、向朗たちを見るや否や、「乗せてくれ!」「置いていかないでくれ!」と殺到し始めている。
拒絶すれば、彼らは暴徒と化し、こちらの物資を奪いにかかるだろう。
入れるも地獄、拒むも地獄。全員の視線が、向朗に集中した。

5.都市の解体と捕食

怒号と哀願が飛び交う中、向朗だけが、静かに空を見上げていた。
彼の脳内では、高速で計算式が書き換えられていた。
変数追加。人数+二万。食料消費量増加。行軍速度低下。リスク増大。

いや。大丈夫。

向朗は、ふっと息を吐き、懐から新しい竹簡を取り出した。

「……想定の範囲内です」

向朗の冷静な声に、徐庶たちがぎょっとして振り返る。
「おい、向朗。聞こえていなかったのか?二万だぞ!」
「聞こえているよ。変数が一つ増えただけだ」

向朗は、孟建に向き直った。

「孟建、県令に伝えてくれ。連れて行く、と」

「なっ!?」
「ただし、条件がある」

向朗は、舞陽の街を指差した。
その目は、都市の形をした「資源の山」を見ていた。

「舞陽邑を『解体』します」

「……解体?」
「そうだ。人が増えれば、食い扶持も増える。だが、彼らは街を持っている。舞陽の備蓄食料、家畜、荷車はもちろん……家屋の柱、扉、床板、鉄鍋に至るまで、全てを徴発し、共有財産とします」

向朗は淡々と続けた。

「この街を更地にするつもりで、資材を剥ぎ取らせてください。木材は燃料になり、筏(いかだ)の材料になり、防寒具になる。金属は武器の修理に使える。……舞陽の民には、自分たちの街を解体し、旅の糧として供出してください。」

「そして最後に。これをしていただけなければ、連れて行くことは出来ません。」

向朗は集まる舞陽邑の人々を見渡し告げる。

「出発までに、全ての人の名簿を作ってください。名前、家族構成、職や技能、病歴まで全て。することで、一行に加わる資格を与えます。皆、隣に歩く人の名前を覚えてください。そうしなれば、かつての黄巾と同じになります」

その発想に、孟建は戦慄した。

それは救済ではない。

捕食だ。

この「移動都市」は、通過する街を飲み込み、消化し、自らの肉として肥大化し、国家そのものになろうとしている。

「……わかった。県令にはそう伝えよう。彼らに拒否権はない」

「ああ。それと、舞陽の二万人を第十一、第十二部隊として再編する。徐庶、彼らの中から若くて動ける男を選別してください。即席の自警団として、後方の守りに充てます」

向朗の指示の下、陽翟で行われた「都市解体」が、ここ舞陽でも再現された。
夜を徹して、槌音が響く。

先ほどまで人々が暮らしていた家々が、次々と打ち壊され、荷車に積み込まれていく。
舞陽の民は、涙ながらに故郷を破壊し、生きるためにその残骸を背負った。
それは、残酷で、しかし合理的な「再生」の儀式だった。
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