【完結・BL】揺らめき、たゆたう

リビィ・ベル

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第2章

【大学生・それぞれのふたり23】

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 ステージ上に再び翔真が現れ、華やかなライトが降り注ぎルイ先生と翔真を照らしていた。
 激しく踊るふたりを観客が食い入るように観ている。瞬きすら惜しい、終わってほしくない、永遠に観ていたい一期一会のステージを今、目の当たりにしているものたちの心の震えが司には聴こえてくるようだった。


《……オレの……本当の気持ち……そっか……オレはもう、ずっと前から、西澤に惚れてた……》


 命が吹き込まれたみたいに、司の心がほんわりとした温もりに包まれていく。


《……オレはずっと、西澤が欲しかった……》


 振り乱した髪が目元にかかり、無造作な前髪の隙間から見え隠れする切なげな瞳と、儚げなあごのラインから長い首筋にかけてのシルエットが司の目に焼き付いて離れなかった。


《……西澤……》


 翔真の荒々しくも美しく舞う姿に、よからぬ妄想を掻き立てられ司はどうしようもなく翔真との淫らな情事を連想させてしまう。翔真が舞い終わり大きく乱れて切なげに喘ぐような呼吸を両肩に見せると、司はたまらなくなってついに視線を外してしまった。激しく興奮してしまっている自分をしっかりと自覚した。


《………や…ば………》


 一瞬、客席は静けさに包まれ、やがて堰を切ったように割れんばかりの拍手の波がステージに押し寄せた。
 司は席を立ち静かに扉を開けると、華やかな会場を背に無人のロビーへと出ていくのだった。
 司は通路の角の壁に背中を預けていたが、とても立ってはいられず、ずるずると崩れるようにしゃがみ込んでしまった。会場内ではまだ拍手の音が鳴り止まずにロビーまでもれ聴こえていた。


《……西澤、オレ気付いたわ、気付いてしまった、オレやっと思い出したんだよ……おまえがさ、ずっと好きだったってこと…》


 両膝の上に組んだ腕の中に顔を埋めて、司は込み上げてくる涙を隠した。


《おまえ……あのダンスはヤバいだろ……ガチじゃん彼女のこと……馬鹿だよなオレは、今更思い出すなんて。こんなんじゃオレ、おまえの恋を応援するなんてできねぇじゃん……》


 司はよろよろとした足取りで、文化センターホールを後にした。



 ダンスフェスティバルから数日が経っていたが、司はなかなか翔真と連絡をとることが出来ないでいた。メッセージの返信も出来ず、翔真からの着信にも気付かないふりをした。
 翔真はきっと彼女に告白したのだ。もしかするともう既に付き合っているのかもしれない、その報告だと思うととても連絡をとることは出来なかった。それどころか、目を閉じると翔真の妖艶な姿が瞼の裏にこびりついて、司を毎夜ひどく狂わせていた。

 これからどうやって翔真と向き合えばいいのか、司はまだ答えを出せずにいた。嫉妬と熱情の狭間で悶え苦しむ日々を過ごし答えが出ぬまま、今は会わない、というそっけないメッセージを送ってしまった。
 
 一度、構内で翔真に引き止められたが、それも振り切ってしまいそれきり翔真からの連絡も途絶えてしまった。司も構内で極力会わないように翔真を避ける日々が続いた。

 そんなある日、大学の友達である宮下みやしたから土曜日に開催されるイベントに誘われた。宮下は同じ大学の女の子ふたりにも声をかけていて4人でイベントに行くことになった。
 街の一角の小さなイベントだったが、屋台や出店が多くそこそこ賑わっていた。行列が出来ているイベントテントのブースが気になった司は、中で何が催されているのか少し覗いてみた。

 会議用の長机が3台横並びに置かれ、均等に置かれたパイプ椅子に座る5人の男女がちらりと見えた。その人たちと長机を挟んで対面するように座る人の姿があった。机の上には綺麗なデザインのカードや、厚い辞書のような本が置かれている。司がスタンド看板に目を遣ると、『ワンコイン占い』と書かれてあった。
占いのブースだったのか、すごい人気だな、など思いながら通り過ぎようとしたとき、ふたりの女の子たちも占ってもらいたい、と言った。

「いいじゃん! じゃあさ、4人とも占ってもらおうよ!」

 宮下がそう言うと、ふたりの女の子たちは嬉しそうに並びだした。

「宮下、オレはいいよ」

「まぁいいじゃん? こういうのも! 楽しもうぜ? 今日だけでも」

「え?」

「……司、何かいろいろ悩んでんじゃねぇの? 最近のおまえ、ちょっとツラそうだし? 今日誘った彼女たちもいろいろ悩みがあるみたいでさ……うまいもの食って、楽しめたらいいなって思っただけ」

「宮下」

「さてと! オレの恋愛はどうか占ってもらっちゃお! いくぜ司!」

 宮下の柔らかな金色の髪が優しい風に揺れていた。

 司がブース内を眺めると、5人のうち4人の前には列が出来ているのに対し、端に座る母親と同世代くらいの女性の前には誰も人が並んでいなかった。他の4人の机の上に置かれてあるような華やかなカードなどはなく、女性の机の上にあるのは紙切れ1枚のみだった。
 妙に落ち着いた雰囲気のあるその人の前に司は歩み寄っていた。

「どうぞ、お掛けください」

 静かな口調で女性が言うと、司はパイプ椅子に座った。

「何を占いますか?」

 何も考えずにこの人の前にやって来てしまった司は、一瞬頭の中が真っ白になったが、やがて口を開いた。

「……今、オレの心の中には、誰がいますか?」

 我ながら妙な質問だった、と言ってから後悔した。こんなこと聞かれてもこの人だって困るのに、と司は500円玉を払って帰ろうと思った。

「では、少し貴方の心の中を視させてください」

 女性はそう言うと、司の瞳の奥の奥を覗くように見据えた。その鋭い眼差しに司は目を逸らすことも出来なかった。しばらくすると、女性の表情が険しくなった。

「ちょっと待ってくださいね、もやがかかったようにしか視えてこなくて……少し心を緩めてもらえますか? とても必死で隠していらっしゃるから」

 司は何だかわからない不思議な感覚を早く終わらせたくて、適当に思い浮かんだ人の顔をイメージした。すると、女性は司の瞳を捉えたまま首を横に振った。その人ではない、という意味なのだと司には何となくわかってしまった。


《今のは、偶然だろ?》


 司はそう思い直すと、また別の誰かを心に思い描いた。女性は先程と同じように首を横に振った。


《まさか、そんなことって……》


 それならと、司は一瞬翔真の顔を思い描いてみた。女性の顔付きが瞬時に変わるのがわかった。司は急いで翔真の顔を掻き消した。

「今、一瞬視えましたね。そんな感じで心を緩めていただけますか?」

 司は、鳥肌の立つのを感じながら目の前の女性を凝視した。司の耳にはもう周りの音も声も届いてはおらず、まるで無音の宇宙空間にふたりだけが向かい合っている感覚だった。
 司はもう一度だけイメージしてみた。心の中に金髪の宮下の顔を思い浮かべると女性が、まだやりますか、と言わんばかりにやれやれと首を横に振った。  
 司は観念すると、自分を魅了して止まない翔真の姿を、頭から足先までリアルに思い浮かべると目の前の女性がゆっくり瞼を閉じながら頷いた。

「その方です。そのとても魅力的な方。心もとても広いですね」

 司はすっと息を呑んだ。

「とても仲がいいですよ、近くにいすぎて気付かなかったのかしら……あら? そうじゃないわ、もう随分と前から貴方の心の中にいたみたいですね。制服姿が視えます……高校生……いや、中学生……」

 ガタリ、と音を立てて司は思わず椅子ごと女性から距離をとろうとしてしまった。

「あ、ごめんなさい。視すぎてしまいました」


《……この人は、本当に視えているのだ……》


 司はこの女性の持つ力を認めたことによって、初めての不思議体験に張り詰めていた緊張の糸が徐々に緩んでいくのがわかった。

「……オレたちは……その、友達なんです」

「そうですか……でも私には、貴方ではなく貴方の心が助けを求めていたように思えました。このままで良いのなら、今日ここに来て、そのような質問はしなかったのではないですか? 人の心は動きます。ゆらゆらと揺らめいて、たゆたうように定まらない。自分のもののはずなのに、自分の心ほどわかりにくいものはないです。すぐに逃げてしまうし、やっと捕まえたとしても嘘つきだったり。だから、心変わりなんてよくあることでしょう? でも、本当の心を捉えたとき、その心と向き合い、自分がどうしたいかを決めることは出来ます」


《……自分が、どうしたいか……》


 頑丈に鍵をかけてある箱をいとも簡単に開けてくれた。自分には無理矢理にでも箱をこじ開けてくれる人が必要だった。そして、箱の中身に触れてくれる人をずっと求めていたのだ、と司は思い知らされた。
 誰にも知られることもなかった、誰かに聞いてもらいたかった、誰かにわかってもらいたかった、この痛みのある想いを無理矢理消すことしか知らなかった、あの頃の自分が今、静かに泣いていた。

「ありがとう、ございました」

 司は立ち上がって深く頭を下げた。財布から5千円札を取り出すと机の上にそっと置いて、もう一度頭を下げてその場を去った。
 宮下に声をかけて、イベントテントの外でみんなを待つ司の心の中は、重い霧が今、晴れていこうとしていた。



 その日から数日、どうするべきか、ではなく、自分はどうしたいのか、を司は本当の自分の心と向き合った。
 出した答えは、翔真から離れることだった。
 本気で好きな人が出来た翔真を、深い熱情のある自分がそばで見ていることなど出来るわけがなかった。そしてもうこれ以上、自分の心を傷つけさせたくはなかった。翔真に話すことで、自分の想いを打ち明けることにもなるだろう。それを翔真がどう受け止めるかはわからないが、きっとふたりは別々の道を進んで離れていく。司にはそんなビジョンしか思い描けなかった。

 




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