【R18】婚約破棄されたいから悪役令嬢になりたい

えるろって

文字の大きさ
6 / 30

6

しおりを挟む
「……失礼しまーす」

 
わざと気の抜けた挨拶をして、わたしは王子の執務室に踏み込んだ。大きな机に向かって書類にペンを走らせている王子は、わたしに気づくと柔らかい笑みを浮かべる。

 
「やあ、シロエ。今日はどうしたんだい? こうして訪ねてきてくれるなんて珍しいね」

 
「用があるから来ただけだし。お茶を飲みに来たわけじゃないわ」

 
口調をキツくしても、王子はまったく気に留めない様子だ。ここまでは想定どおりだが、ちょっとイラッとする。

 
「それで、要件とは?」

 
「わたしとの婚約、今すぐ破棄して。あなたも面倒でしょ?」

 
単刀直入に切り出すと、王子のペンの動きが止まった。ほんの少しだけ目を細め、面白がるようにわたしを見つめる。その視線に何か底知れないものを感じて、心臓がドキリと鳴った。

 
「へぇ……婚約を破棄してほしい、ね」

 
「そうよ。わたしは王子の妃なんて絶対に嫌だから。もしわたしを妃に迎えたら、後々恥をかくことになるかもね。今のうちに切り捨てるほうが得策だと思うけど?」

 
挑発的に言い放つと、王子は書類を机に置いて椅子から立ち上がる。そのまま静かにわたしのほうへ歩み寄り、少しだけ身をかがめてくる。真っ直ぐ目を合わせられて、なんだか急に息苦しくなる。

 
「シロエ、君はどうしてそこまで婚約を拒むんだい? 僕のことが嫌いなのか?」

 
「そ、それは……あ、当たり前でしょ。わたしは自由に生きたいの。あなたみたいな完璧な王子様にまとわりつかれても、正直息が詰まるだけ」

 
「ふうん」

 
王子が低く笑う。まるでわたしの言葉の裏を探るような笑い声に、背筋がゾクッとする。これまで見せたことのない表情。わたしは思わず後ずさりしそうになるが、なんとか踏みとどまった。

 
「とにかく、わたしはあなたと結婚なんてしたくない。だから早く婚約解消の手続きを進めてよ!」

 
「シロエ……正直言えば、僕としては婚約を解消するつもりはないんだよ。君は可愛いし、面白いし、何より……」

 
王子は言いかけて言葉を切る。わたしは唾を飲む。そこから先は聞きたくないけれど、何を言われるか気になってしまう。

 
「何より、君の存在は王国にも好影響をもたらすかもしれない。君が壊した岩のおかげで流通が活性化したことは、すでに貴族たちの間でも噂になっている。パーティでの大雑把な振る舞いも、なぜか笑い話となって人々を楽しませた」

 
「そんなのたまたまじゃない。わたしは迷惑をかけたかっただけで……」

 
「結果、誰もが喜んでいる。……僕としては、ますます君を離したくなくなるね」

 
王子はそう言うと、少し意地悪そうに微笑む。わたしはその笑みを見て、ますます苛立ちと困惑が混じった感情に襲われた。なんでこんなに追い詰められている気分になるのだろう?

 
「……なら、わたしはこれからもっと危険なことをしてもいいの? あなたが困るようなことでも?」

 
「困るようなことはやめてほしいけれど……まあ、もし何か起これば騎士団が動くだろうね」

 
「はっ、あの最強騎士団があれば、わたしなんか簡単に止められるってわけね」

 
「そういうこと。だけど、シロエの本当の力は騎士団ですら未知数だ。僕としてはあまり無茶をしてほしくはないけど……僕の言うことは聞かないんだろう?」

 
王子はそう言って肩をすくめる。まるで大人が子供をあやすような態度に、わたしの怒りがこみ上げる。これ以上、王子と話しても平行線だ。どう足掻いても婚約破棄はしてくれそうにない。ならば別の手段を探すしかないじゃないか!

 
「わかったわ、これ以上あなたに頼むだけ無駄みたいね。いいわよ、勝手にして。わたしはわたしのやり方で、あなたの足を引っ張るから!」

 
わざと乱暴にドアを開けて、執務室を飛び出す。王子のほうをちらりと振り返ると、彼は微妙な笑みを浮かべたまま、何も言わずにこちらを見つめていた。

 
「くそっ、何なのよ、あの余裕の笑みは……」

 
廊下を歩きながら、わたしは悔しさでいっぱいになる。せめて怒ってくれればいいものを、どうしても王子はわたしを遠ざける気がないようだ。だったらこっちから無理やりにでも離れさせるしかない。そうなると、次の悪事はもっと派手にやらなければ……。

 
「やっぱり何か大きな作戦が必要かもしれない。普通の振る舞いじゃ、あの王子には響かない」

 
わたしは唇を噛みしめ、視線を正面に向ける。そうだ、王国に伝わるいろんな伝承や記録の中には“あまり知られていない問題の種”がごろごろ転がっているはず。それを引っ張り出して、ひと騒動起こしてやろうじゃないの。

 
「……図書館にでも行ってみようかな」

 
王子の執務室を後にしながら、わたしは小さく呟く。秘密の策を見つけ出すには、まず情報収集から。どうせなら、とびきり厄介なネタを掴んで、国中を揺るがす事件でも起こしてやるんだから!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

義兄様と庭の秘密

結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。

【短編集】 白い結婚でしたよね? 〜人見知りな夫の過剰な愛〜

紬あおい
恋愛
「君とは白い結婚で、期間は二年だ。その後は俺の意思に従ってもらう。」 そう言ったのはあなたなのに。 その理由がまさかの◯◯◯◯って!? おかしな夫に振り回される妻のお話です。 短編として掲載したもの三話をまとめています。

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

出戻り令嬢は馭者台で愛される

柿崎まつる
恋愛
子どもが出来ないことを理由に離縁された伯爵令嬢ソフィ。やけ酒して馭者台に乗り込んだ彼女は、幼馴染のイケメン馭者セレスタンに抱きとめられる。狭い馭者台に重なり合う二人。多くの婿養子の誘いを断ってなお伯爵家で働き続けるセレスタンの抑えきれない想いが、ソフィを甘く翻弄してーー。

満月の秘め事

富樫 聖夜
恋愛
子爵家令嬢エリアーナは半年前から満月の夜になると身体が熱くなるという謎の症状に悩まされていた。 そんな折、従兄弟のジオルドと満月の夜に舞踏会に出かけなければならないことになってしまい――?  アンソロジー本「秘密1」の別冊用に書いた短編です。BOOTH内でも同内容のものを置いております。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

完結(R18 詰んだ。2番目の夫を迎えたら、資金0で放り出されました。

にじくす まさしよ
恋愛
R18。合わないと思われた方はバックお願いします  結婚して3年。「子供はまだいいよね」と、夫と仲睦まじく暮らしていた。  ふたり以上の夫を持つこの国で、「愛する夫だけがいい」と、ふたり目以降の夫を持たなかった主人公。そんなある日、夫から外聞が悪いから新たな夫を迎えるよう説得され、父たちの命もあり、渋々二度目の結婚をすることに。  その3ヶ月後、一番目の夫からいきなり離婚を突きつけられ、着の身着のまま家を出された。  これは、愛する夫から裏切られ、幾ばくかの慰謝料もなく持参金も返してもらえなかった無一文ポジティブ主人公の、自由で気ままな物語。 俯瞰視点あり。 仕返しあり。シリアスはありますがヒロインが切り替えが早く前向きなので、あまり落ち込まないかと。ハッピーエンド。

処理中です...