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「……失礼しまーす」
わざと気の抜けた挨拶をして、わたしは王子の執務室に踏み込んだ。大きな机に向かって書類にペンを走らせている王子は、わたしに気づくと柔らかい笑みを浮かべる。
「やあ、シロエ。今日はどうしたんだい? こうして訪ねてきてくれるなんて珍しいね」
「用があるから来ただけだし。お茶を飲みに来たわけじゃないわ」
口調をキツくしても、王子はまったく気に留めない様子だ。ここまでは想定どおりだが、ちょっとイラッとする。
「それで、要件とは?」
「わたしとの婚約、今すぐ破棄して。あなたも面倒でしょ?」
単刀直入に切り出すと、王子のペンの動きが止まった。ほんの少しだけ目を細め、面白がるようにわたしを見つめる。その視線に何か底知れないものを感じて、心臓がドキリと鳴った。
「へぇ……婚約を破棄してほしい、ね」
「そうよ。わたしは王子の妃なんて絶対に嫌だから。もしわたしを妃に迎えたら、後々恥をかくことになるかもね。今のうちに切り捨てるほうが得策だと思うけど?」
挑発的に言い放つと、王子は書類を机に置いて椅子から立ち上がる。そのまま静かにわたしのほうへ歩み寄り、少しだけ身をかがめてくる。真っ直ぐ目を合わせられて、なんだか急に息苦しくなる。
「シロエ、君はどうしてそこまで婚約を拒むんだい? 僕のことが嫌いなのか?」
「そ、それは……あ、当たり前でしょ。わたしは自由に生きたいの。あなたみたいな完璧な王子様にまとわりつかれても、正直息が詰まるだけ」
「ふうん」
王子が低く笑う。まるでわたしの言葉の裏を探るような笑い声に、背筋がゾクッとする。これまで見せたことのない表情。わたしは思わず後ずさりしそうになるが、なんとか踏みとどまった。
「とにかく、わたしはあなたと結婚なんてしたくない。だから早く婚約解消の手続きを進めてよ!」
「シロエ……正直言えば、僕としては婚約を解消するつもりはないんだよ。君は可愛いし、面白いし、何より……」
王子は言いかけて言葉を切る。わたしは唾を飲む。そこから先は聞きたくないけれど、何を言われるか気になってしまう。
「何より、君の存在は王国にも好影響をもたらすかもしれない。君が壊した岩のおかげで流通が活性化したことは、すでに貴族たちの間でも噂になっている。パーティでの大雑把な振る舞いも、なぜか笑い話となって人々を楽しませた」
「そんなのたまたまじゃない。わたしは迷惑をかけたかっただけで……」
「結果、誰もが喜んでいる。……僕としては、ますます君を離したくなくなるね」
王子はそう言うと、少し意地悪そうに微笑む。わたしはその笑みを見て、ますます苛立ちと困惑が混じった感情に襲われた。なんでこんなに追い詰められている気分になるのだろう?
「……なら、わたしはこれからもっと危険なことをしてもいいの? あなたが困るようなことでも?」
「困るようなことはやめてほしいけれど……まあ、もし何か起これば騎士団が動くだろうね」
「はっ、あの最強騎士団があれば、わたしなんか簡単に止められるってわけね」
「そういうこと。だけど、シロエの本当の力は騎士団ですら未知数だ。僕としてはあまり無茶をしてほしくはないけど……僕の言うことは聞かないんだろう?」
王子はそう言って肩をすくめる。まるで大人が子供をあやすような態度に、わたしの怒りがこみ上げる。これ以上、王子と話しても平行線だ。どう足掻いても婚約破棄はしてくれそうにない。ならば別の手段を探すしかないじゃないか!
「わかったわ、これ以上あなたに頼むだけ無駄みたいね。いいわよ、勝手にして。わたしはわたしのやり方で、あなたの足を引っ張るから!」
わざと乱暴にドアを開けて、執務室を飛び出す。王子のほうをちらりと振り返ると、彼は微妙な笑みを浮かべたまま、何も言わずにこちらを見つめていた。
「くそっ、何なのよ、あの余裕の笑みは……」
廊下を歩きながら、わたしは悔しさでいっぱいになる。せめて怒ってくれればいいものを、どうしても王子はわたしを遠ざける気がないようだ。だったらこっちから無理やりにでも離れさせるしかない。そうなると、次の悪事はもっと派手にやらなければ……。
「やっぱり何か大きな作戦が必要かもしれない。普通の振る舞いじゃ、あの王子には響かない」
わたしは唇を噛みしめ、視線を正面に向ける。そうだ、王国に伝わるいろんな伝承や記録の中には“あまり知られていない問題の種”がごろごろ転がっているはず。それを引っ張り出して、ひと騒動起こしてやろうじゃないの。
「……図書館にでも行ってみようかな」
王子の執務室を後にしながら、わたしは小さく呟く。秘密の策を見つけ出すには、まず情報収集から。どうせなら、とびきり厄介なネタを掴んで、国中を揺るがす事件でも起こしてやるんだから!
わざと気の抜けた挨拶をして、わたしは王子の執務室に踏み込んだ。大きな机に向かって書類にペンを走らせている王子は、わたしに気づくと柔らかい笑みを浮かべる。
「やあ、シロエ。今日はどうしたんだい? こうして訪ねてきてくれるなんて珍しいね」
「用があるから来ただけだし。お茶を飲みに来たわけじゃないわ」
口調をキツくしても、王子はまったく気に留めない様子だ。ここまでは想定どおりだが、ちょっとイラッとする。
「それで、要件とは?」
「わたしとの婚約、今すぐ破棄して。あなたも面倒でしょ?」
単刀直入に切り出すと、王子のペンの動きが止まった。ほんの少しだけ目を細め、面白がるようにわたしを見つめる。その視線に何か底知れないものを感じて、心臓がドキリと鳴った。
「へぇ……婚約を破棄してほしい、ね」
「そうよ。わたしは王子の妃なんて絶対に嫌だから。もしわたしを妃に迎えたら、後々恥をかくことになるかもね。今のうちに切り捨てるほうが得策だと思うけど?」
挑発的に言い放つと、王子は書類を机に置いて椅子から立ち上がる。そのまま静かにわたしのほうへ歩み寄り、少しだけ身をかがめてくる。真っ直ぐ目を合わせられて、なんだか急に息苦しくなる。
「シロエ、君はどうしてそこまで婚約を拒むんだい? 僕のことが嫌いなのか?」
「そ、それは……あ、当たり前でしょ。わたしは自由に生きたいの。あなたみたいな完璧な王子様にまとわりつかれても、正直息が詰まるだけ」
「ふうん」
王子が低く笑う。まるでわたしの言葉の裏を探るような笑い声に、背筋がゾクッとする。これまで見せたことのない表情。わたしは思わず後ずさりしそうになるが、なんとか踏みとどまった。
「とにかく、わたしはあなたと結婚なんてしたくない。だから早く婚約解消の手続きを進めてよ!」
「シロエ……正直言えば、僕としては婚約を解消するつもりはないんだよ。君は可愛いし、面白いし、何より……」
王子は言いかけて言葉を切る。わたしは唾を飲む。そこから先は聞きたくないけれど、何を言われるか気になってしまう。
「何より、君の存在は王国にも好影響をもたらすかもしれない。君が壊した岩のおかげで流通が活性化したことは、すでに貴族たちの間でも噂になっている。パーティでの大雑把な振る舞いも、なぜか笑い話となって人々を楽しませた」
「そんなのたまたまじゃない。わたしは迷惑をかけたかっただけで……」
「結果、誰もが喜んでいる。……僕としては、ますます君を離したくなくなるね」
王子はそう言うと、少し意地悪そうに微笑む。わたしはその笑みを見て、ますます苛立ちと困惑が混じった感情に襲われた。なんでこんなに追い詰められている気分になるのだろう?
「……なら、わたしはこれからもっと危険なことをしてもいいの? あなたが困るようなことでも?」
「困るようなことはやめてほしいけれど……まあ、もし何か起これば騎士団が動くだろうね」
「はっ、あの最強騎士団があれば、わたしなんか簡単に止められるってわけね」
「そういうこと。だけど、シロエの本当の力は騎士団ですら未知数だ。僕としてはあまり無茶をしてほしくはないけど……僕の言うことは聞かないんだろう?」
王子はそう言って肩をすくめる。まるで大人が子供をあやすような態度に、わたしの怒りがこみ上げる。これ以上、王子と話しても平行線だ。どう足掻いても婚約破棄はしてくれそうにない。ならば別の手段を探すしかないじゃないか!
「わかったわ、これ以上あなたに頼むだけ無駄みたいね。いいわよ、勝手にして。わたしはわたしのやり方で、あなたの足を引っ張るから!」
わざと乱暴にドアを開けて、執務室を飛び出す。王子のほうをちらりと振り返ると、彼は微妙な笑みを浮かべたまま、何も言わずにこちらを見つめていた。
「くそっ、何なのよ、あの余裕の笑みは……」
廊下を歩きながら、わたしは悔しさでいっぱいになる。せめて怒ってくれればいいものを、どうしても王子はわたしを遠ざける気がないようだ。だったらこっちから無理やりにでも離れさせるしかない。そうなると、次の悪事はもっと派手にやらなければ……。
「やっぱり何か大きな作戦が必要かもしれない。普通の振る舞いじゃ、あの王子には響かない」
わたしは唇を噛みしめ、視線を正面に向ける。そうだ、王国に伝わるいろんな伝承や記録の中には“あまり知られていない問題の種”がごろごろ転がっているはず。それを引っ張り出して、ひと騒動起こしてやろうじゃないの。
「……図書館にでも行ってみようかな」
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