【完結】「婚約破棄ですか?分かりました」おしまい?

えるろって

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華やぐ社交界と、不穏な噂

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 翌週、王都で開かれる夜会に、アリスは顔を出すことになった。本来ならばクライヴとの婚約者として一緒に参加するはずだったが、婚約破棄になったばかり。とはいえ招待状はすでに届いており、父の「嫌でも顔を出しておいたほうがいい」という意見を尊重しての出席だ。

 会場となるのは王都の中央広場に面した大きなホール。貴族や騎士、そして華やかなドレスの令嬢たちが次々と集まってくる。音楽が流れ、シャンデリアが煌めく中、アリスは階段をそろそろと下りた。

 いつも通り眠たげな表情で、金髪のツインテールがふわりと揺れる。アリスの姿を見つけた者たちは、すでに噂を耳にしているらしく、あちこちでひそひそと声を交わした。

「シャーベット家のアリス嬢……あの子、婚約破棄されたらしいわよ」

「ああ、そうそう。公爵家に捨てられたって」

「でもあんなに眠そうじゃ、仕方ないんじゃない?」

なんとも失礼な囁きが耳に届く。だが、アリスは特に気にするでもなく、会場の隅へ移動しようとする。

すると、一人の令嬢がつかつかとアリスのもとに歩み寄ってきた。豊かなロングヘアに派手なリボンとレースをあしらったドレス。アリスの友人であるフローレンス・ローベルだ。

「ちょっと、アリス! あなた、本当に婚約破棄って本当なの?」

「ふぁ……フローレンス。来てたんですね」

「あたりまえでしょ。こんな夜会、欠かせないじゃない。……って、そんなことよりあなた、平気なの? 公爵家のクライヴさま、あなたを捨てたとか言われてるわよ」

フローレンスはあざといほどに大きな瞳をキラキラさせて、アリスを心配しているのか茶化しているのか、よく分からない調子で問い詰める。

アリスは「捨てられた」という表現に微妙な顔をしたが、すぐに「まあ、いいか」と言わんばかりの態度で応じる。

「大丈夫ですよ。別にわたし、クライヴさまに嫌われたわけでは……あ、でも嫌われたのかな? どうでしょう」

「そこははっきりさせなさいよ! すごく噂になってるわよ、『幼いロリ令嬢は婚約者に見限られた』って」

「そうなんですか。……でも、そんなの当人同士の問題ですしね」

ぽやんと答えるアリス。フローレンスは思わずため息をつく。彼女なりにアリスを助けようとしているのだが、当のアリスが熱意を見せないので、うまく話が転がらない。

「もー、あんたは本当にのんきなんだから。……あ、でも、ここに来てるのは正解よ。さっきクライヴさまもいらしたみたいだから、もしかしたら改めて話す機会があるかも」

「へえ、そうなんですね」

アリスは特別そわそわするわけでもなく、ほんの少し目をしばたたかせるだけ。その“熱のなさ”が逆に目立ってしまっていると気づいていない様子だ。

夜会場の中央には、シルバーの髪を後ろに結い上げたクライヴが立ち、来賓たちに挨拶をしている。その隣には、王宮の関係者もちらほら。ざわめきの中で視線を泳がせたクライヴが、ふとアリスの姿を見つける。

「……」

向こうも少し驚いたように目を見開いたが、すぐにそっぽを向いた。アリスはそれを見て、淡々とした表情のままグラスに口をつける。

「……クライヴさまも、お忙しいんでしょうね」

「そこ、行ってみたら? 話しかけなさいよ」

「いえ……話すことありますかね?」

「あー、もう。あなた、可愛い顔してるんだから、ちょっとくらいあざとくクライヴさまを責めてみればいいのよ」

「責める……ふむ」

フローレンスは「本当にもう!」とつぶやきながら、アリスの腕を引く。しかしアリスは途中で力を抜いたように歩みを止め、会場の隅へ移動した。

「……疲れちゃいました。少し座っていいです?」

「やれやれ……」

ふたりは壁際に置かれた椅子に腰を下ろす。そこにまた別の人物が声をかけてきた。アリスの幼馴染であるエリック・ハリスン。茶色の髪を短く切り揃え、騎士の礼服に身を包んだ姿は精悍だが、アリスには柔和な表情を向ける。

「アリス、久しぶりだな。大丈夫か?」

「エリック……。はい、わたしは元気です」

「婚約破棄のこと、聞いた。なんだか周りが騒がしいみたいだが……おまえ本人が平気ならいいんだけど」

「うん、とくに平気ですよ。……あれ? なんでみんなそんなに心配してくれるんでしょう」

「そりゃ、普通は傷つくだろう。いきなり破棄されたら」

「ふぁ……そうですか。うーん、でもわたし、あんまり悲しくないんですよ」

エリックはアリスの天然ぶりに苦笑しながらも、そこが彼女の魅力でもあると認めているふうだ。フローレンスはあきれ顔をしつつ「もうちょっと危機感を持ちなさいよ」と呟く。

その一方で、会場の別の場所では、クライヴの周囲に人だかりができていた。貴族令嬢たちが「どうして婚約破棄を?」と探りを入れたり、「わたくしならもっと尽くしますわ」などと早くもアピールしたり。クライヴは応対に追われ、どこか落ち着かない表情をしている。

そして一瞬、クライヴは遠目にアリスを見つめた。アリスが疲れた様子で座っているのを確認すると、なんともいえない表情を浮かべる。少しだけ眉をひそめ、けれど声をかけることもせず、再び向けられる質問の雨に答えなければならなかった。

「クライヴさま~、アリス嬢とは本当に破談されたんですか?」

「そ、そうです。あれは僕の一存というか……そう、まあ色々と」

「まさか、もうほかにお相手が?」

「そ、そんなわけでは……」

周囲の問いに、クライヴは煮え切らない対応を続ける。社交界の人々は好奇の視線を向け、さらに話を面白おかしく盛り上げようとする。クライヴもアリスも、その渦中にいるにもかかわらず、妙な温度差があるようだった。

「アリス、帰るのか? 送っていこうか?」

エリックが提案するが、アリスは一瞬考えた後、小さく首を振る。

「もう少しだけここにいます。ドレスもせっかく着てますし、フローレンスもいるので……。でも眠る気はありませんよ、疲れただけ」

「そうか。なら俺は近くで見守ってるから、何かあったらすぐ呼んでくれ」

「うん、ありがとう」

そう言いながら、アリスは自分の周りで急速に広がる噂を感じ取っていた。周囲の視線が刺さる。婚約破棄は周知の事実になりつつある。しかしアリスは焦る様子もなく、何か言うでもなく、ただ“眠たげ”な顔を浮かべるばかり。

一方でフローレンスは周囲の目を気にして、少し苛立ったようにアリスを見やる。

「アリス、こんなに噂されてるのに……あなた、本当に大丈夫なの?」

「え? うーん。……多分、大丈夫、かな」

「まったくもう。まあ、いいわ」

フローレンスはあざとく愛らしい笑顔を周囲に見せつつ、アリスの隣に腰掛けて自分のドレスの裾を整えた。二人が並ぶと、いずれも美しい令嬢ではあるが、その雰囲気は正反対。喧噪の夜会の中で、アリスの“ゆるやか”な空気だけが独特の存在感を放っていた。

噂はさらに広がる。アリスは“眠そうなだけのロリ令嬢”として破棄されたのか、それとも他に理由があるのか。クライヴとアリス、どちらが悪いのか。そうした無数の憶測が、きらびやかな会場を舞台にして飛び交っていた。
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