【完結】「婚約破棄ですか?分かりました」おしまい?

えるろって

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王宮舞踏会がいよいよ数日後に迫った頃。シャーベット家は、夜襲事件以降も警戒態勢を維持しているが、幸いディーン子爵に目立った動きは見られない。むしろ、彼が騎士団の調査を受けて大人しくしているという情報も入っていた。

「ふぁ……少し安心ですね。ディーンさまが、もう無茶をしないのなら」

アリスは胸をなでおろしながら、来る舞踏会に向けての準備を進めていた。ドレスはフローレンスが提案したペールブルーの生地に金と白のレースを組み合わせるデザインを採用。裾には緩やかなフリルをあしらい、“可憐なロリ令嬢”のイメージを存分に活かす形になっている。

「お嬢様、とってもよくお似合いですわ」

侍女たちが仮縫いのドレスをアリスの体に合わせると、彼女の金髪ツインテールと相まって実に華やか。普段“眠たげ”と言われる瞳も、今日はやや目を開き気味で、ほんのり決意を宿しているように見える。

「ありがとうございます……。もう少し、寝るの嫌いってイメージを払拭できるよう、がんばります」

「いえいえ、そこはお嬢様の魅力ですので、無理に消す必要はありませんよ」

侍女はクスッと笑う。アリス本人は“ロリっ子で眠たげ”な見た目をコンプレックスとも思っていないが、社交の場で誤解される原因になると感じていた。  
しかし、今回の舞踏会は「自分の意思をはっきり示す」ために参加するつもりだ。眠たげだろうがロリっ子だろうが、そんな外見で誤魔化されない芯を見せたい――アリスの中には、そんな小さな決意が固まりつつある。

---

昼下がり、アリスはドレスの仮縫いを終えると、中庭に出てエリックの姿を探した。すると、彼は騎士見習いの正装のまま、屋敷の一角で何やら手紙を読んでいる。

「エリック、何を読んでるんですか?」

「アリス……ああ、これか? 王宮舞踏会の警護に関する連絡が来ててな。今回の舞踏会は規模が大きいから、俺たち見習いもサポートに駆り出されるらしい」

「そうなんですか。エリック、わたしの護衛は……?」

「安心しろ。グラント様も手を回してくれてる。お前が堂々と舞踏会に出席できるよう、俺はほぼお前の近くにいられるように調整してある」

エリックは真面目な表情で書簡を畳み、アリスに向き直った。彼の目には決意とわずかな戸惑いの色が混じっているが、いずれにせよ「アリスを守る」という気持ちは変わらないらしい。

「ありがとう。エリックがそばにいてくれるなら心強いです」

「……お前、本当にディーンに会って大丈夫か? 舞踏会でまた何か仕掛けてくるかもしれない。今度は周囲に人がいても、強引な手段に出る可能性は否定できない」

アリスは微かに身を竦めながらも、しかし首を振る。

「怖いですけど……でも、わたしが舞踏会を避けても、ディーンさまが懲りるとは思えません。むしろ隙を見せたら、また夜襲みたいなことが起こるかも」

「……確かに」

「わたし、もう逃げたくない。いろんな噂はあるけど、結局わたしの中でも、クライヴさまやエリックが助けてくれるからこそ安心していられるんです。その分、自分からもちゃんと意思表示しなきゃ……」

エリックはアリスの言葉に驚いたように眉を上げる。以前までのアリスなら「寝るの嫌いだし、面倒だから逃げちゃおう」と言い出しても不思議じゃなかった。だが、今の彼女は違う。

「……大したもんだ。お前がそこまで覚悟してるなら、俺も護衛に専念できる。ディーンが何しようと、俺が許さない」

「エリック、ありがとう」

アリスは素直に礼を言い、ふわりと微笑む。“眠たげ”な瞳のまま、心だけはしっかり覚醒しているようだ。エリックも微笑を返し、書簡を懐にしまい込む。

「そうだ、クライヴは来るんだろうな。奴もお前を守る気満々みたいだし、舞踏会で色々動くだろう」

「はい……クライヴさまにも、ちゃんと伝えたいことがあるし。わたし自身、どうしたいのかも、もう少しはっきり考えてみたい」

アリスの胸にはクッキーを渡して以来、より身近に感じるようになったクライヴへの想いが、少しずつ大きくなっている。しかし、それが「婚約」と結びつくかは別の話。寝るのが苦手なことも含めて、まだ決心がつかないのだ。

「わたし……クライヴさまと結婚する気持ちはまだよくわからないんです。でも、嫌いじゃない。むしろ、もっと知りたい。そんな感じです」

エリックは黙って聞き、やがて静かに頷く。

「まあ、それでいいんじゃないか。婚約どうこうの前に、お互いを知ることが大事だろう。焦って決めるよりずっといい」

「……ありがとう。エリックにも迷惑かけちゃってますけど、見守ってもらえると嬉しいです」

エリックは苦笑しながら「見守るだけじゃつまらないがな」と呟くが、それ以上は何も言わない。アリスも「ん?」と首をかしげるが、それには触れずに立ち去ることにする。  
こうして舞踏会に向けての準備は加速していく。アリスはドレスや髪型、化粧の段取りを毎日少しずつ固め、フローレンスや侍女とも入念に打ち合わせ。夜更かしを控えるように努めているおかげか、体調も悪くない。

---

数日後、王宮から正式な“舞踏会当日スケジュール”の通達が届いた。アリスはそれを読んで、「すごい……やっぱり大規模ですね」と感嘆する。  
舞踏会は昼過ぎから始まり、夕方には王族の挨拶があり、その後は社交タイムと軽い食事、さらに夜へかけてのダンスタイムという流れ。途中で控え室へ移動したり、ガーデンに出たり、何度も場面が変わるらしい。

「こんなに長い時間、わたし耐えられるかな……」

ふと弱気になるアリス。だが、エリックやフローレンスが「大丈夫、大丈夫」と励ましてくれるし、クライヴも「一緒に踊ろう」と声をかけてくれれば多少は心強いだろう。  
とはいえ、ディーンがいつどんな形で現れるかはわからない。王宮という場所ゆえに、さすがに派手な強行策には出ないだろうが、嫌がらせや口攻めをしてくる可能性は残されている。

(でも、今度こそ逃げない。……昼間の明るい場所なら、堂々と拒絶してみせる)

アリスは心の中で誓う。眠るのは嫌いでも、今は意外と夜もぐっすり眠れるようになってきた。毎日クッキーを焼いたり夜更かしする必要もなくなったせいか、身体が軽い。  
こうして舞踏会当日を迎える前夜、アリスは初めて「今日は早めに寝よう」と自発的にベッドに入り、精神を整えようとした。まさに“起きているほうが好き”な彼女としては異例の行動だ。

「ふぁ……。寝るの嫌いだけど、明日に備えて……がんばって眠ります」

寝るのを「がんばる」と言うのも妙だが、アリスにとってはそれほど苦手な行為。にもかかわらず、自分から眠りに誘いをかけるのは珍しい。  
自室のカーテンを閉め、ランプを落とした部屋に静寂が広がる。心臓が少しだけ高鳴る。今までは夜に何かしていないと落ち着かなかったが、今は違う。

(クライヴさま、エリック、フローレンス……みんなが支えてくれる。わたしも、もう少ししっかりしなきゃ)

そう思うと、アリスはじんわりと心が暖かくなる。やがて、意識がゆるやかに遠のき、深い眠りに落ちていった。  
「寝るのが嫌い」と言いながら、これほど素直に眠れた夜は、もしかしたら人生で初めてかもしれない――アリスはそんな疑念も抱かぬまま、静かに夢の中へと旅立った。

――舞踏会はもうすぐ。アリスが昼間の明るい社交の場で、どんな勇気を見せるのか。ディーンとクライヴ、エリックを巡る関係はどう変化するのか――すべてが明日へ向けて動き出す。
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