【完結】「婚約破棄ですか?分かりました」おしまい?

えるろって

文字の大きさ
38 / 100

38

しおりを挟む
王宮舞踏会から一夜明け、シャーベット家の朝は慌ただしかった。というのも、舞踏会でのアリスの言動やクライヴとのダンス、そしてディーン子爵との決定的な決裂が、早くも噂として広がっていたからだ。

「お嬢様、新聞のようなゴシップ紙にも『ロリ令嬢が舞踏会を席巻?』などと書かれてますよ」

侍女長ミレイが苦笑しながら紙を見せるが、アリスは「ふぁ……」と力のない声を出してうつむく。

「わたし、もうちょっと穏やかに暮らしたいのに、なんでこんなに注目されるんでしょうね」

「それだけお嬢様の存在感が強くなったということかと。周囲が注目してるのでしょう」

アリスは疲れたように紅茶をすすり、「寝るの嫌いだけど、今はちょっと眠ってしまいそう……」と本音を漏らす。昨夜は馬車で少し眠ったが、帰宅後も疲れが残り、ベッドに入ったらぐっすり朝まで寝てしまった。

「ふぁ……何だか、昨日はやたらと寝ちゃいましたね。でも、眠りが深くてすごくスッキリしました」

「お嬢様、それこそ良い傾向です。寝るのがお嫌いとおっしゃいますが、身体が喜んでいるのでしょう」

ミレイは優しい笑みを浮かべ、朝食の追加を勧める。アリスは少し戸惑いながらも、「体調がいいならいいことかな」と納得した。

---

エリックは騎士見習いの訓練や報告で朝早くから出払っており、父グラントもまた別件で外出している。アリスは「ひとりで過ごす時間ができた」と感じ、屋敷の庭へ出ることにした。  
庭をのんびりと歩きながら、昨日までの舞踏会の余韻を思い返す。ディーンを断り、クライヴとは一歩前進し、エリックとも少しだけ話せた――たった一日の出来事とは思えないほど濃密だった。

「ふぁ……寝るのは嫌いだけど、安心できるようになったのかな。昨日みたいにぐっすり眠れたら、意外と悪くないかも」

独り言を呟きつつ、アリスは花壇のそばに腰を下ろし、そこに咲く色とりどりの花を眺める。ふと、後ろから声が聞こえた。

「アリスお嬢様……少し失礼します」

振り返ると、それはシャーベット家に仕える若い侍女だった。アリスに何か言いつけられたわけではないが、心配して見回っていたらしい。

「あ、ごめんなさい。わたし勝手に外に出てきちゃって……」

「いえいえ、構いません。……実は、先ほど公爵家から使者が来ておりまして、お嬢様にお手紙を届けたいそうです。どうされますか?」

「公爵家から……え、クライヴさま? もう手紙を?」

アリスは驚きながら立ち上がる。舞踏会の翌朝に早速何の用だろうか。侍女は微笑んで「応接室にお通ししてよろしいですか?」と尋ねる。

「はい、お願いします。……わたしもすぐ行きます」

アリスは軽やかに足を運び、屋敷の廊下を進んで応接室へ入った。そこにはクライヴ本人ではなく、公爵家の執事が立っている。初老の落ち着いた風貌で、礼儀正しく挨拶をした。

「シャーベット家のアリス嬢でいらっしゃいますね。私は公爵家執事のハロルドと申します。クライヴ様よりお手紙を預かって参りました」

「え、あ……ありがとうございます。クライヴさまはお忙しいんですね」

「はい、本日は公の用件があり、直接お越しになれず申し訳ないと仰っておりました。それでも『アリス嬢に一言だけ早めに伝えたいことがある』と、私を遣わされたのです」

ハロルド執事が丁寧に封書を差し出す。アリスはそれを受け取り、さっそく封を切って中身を読む。  
そこには、クライヴの端正な筆跡でこう書かれていた。

> アリスへ  
>  
> 昨夜はお疲れさまでした。君が最後まで舞踏会を楽しめたようで何よりだ。  
> 早速だが、君が「公爵家を見学してみたい」と言ってくれた件、もし都合が合えば数日中に実現しようと思う。  
> 兄上も「ぜひシャーベット家のアリス嬢を迎えたい」と申している。  
>  
> とはいえ、あまり大げさな形にはしないつもりだ。公式でもなく、あくまで君の“気軽な訪問”として。  
> 寝るのが嫌いな君も、公爵家でゆっくりしてもらえれば、新たな発見があるかもしれない。  
>  
> 時間の都合を教えてもらえたらすぐに調整する。  
> それまで身体を休めて、無理をしないでくれ。  
>  
> それでは、また近いうちに。  
>  
> クライヴ・リンドン

読み終えたアリスは、思わず嬉しそうに目を細める。公爵家見学の話は、たしかに舞踏会の夜にちらりと出た話だが、まさかこんなに早く動いてくれるとは。  
執事のハロルドが微笑んで言葉を添える。

「クライヴ様は、アリス嬢のお気持ちを尊重しつつ、しかしできるだけ早く行動したいと仰っておりました。日時はお嬢様の都合で構わないとのことです」

「そうなんですね……。じゃあ、数日後くらいにでもお伺いできます、とお返事していただけますか?」

「かしこまりました。クライヴ様も大変喜ばれるでしょう。……公爵家にいらっしゃる際は、お人払いなども最小限にし、できるだけカジュアルにお迎えすると伺っております」

公爵家らしからぬ“気軽な訪問”の演出。アリスはその配慮を感じ取り、「ありがとう、クライヴさま」と心で呟く。

「では、これにて。お嬢様もくれぐれもご無理なさらぬように」

執事が頭を下げ、屋敷を後にする。アリスは手紙を握りしめ、ふわふわした気持ちで応接室を出た。こんな朝からウキウキしたのは久しぶりだ。

「公爵家……クライヴさまの家を見に行くんだ……わたし、ちゃんと連絡しなくちゃ。エリックにも言っておくべきですよね」

こうして新たな約束が生まれる。婚約ではないが、それでも「お互いを知るための大切な時間」。アリスが“眠るのが嫌い”な理由を、クライヴが聞き出そうとするかもしれないし、逆にアリスは公爵家の敷居の高さをどう感じるかも注目だ。  
いずれにせよ、一度は破棄された関係が、こうして友好的に“下見”を交わすのは珍しい。社交界での評判もどうなるかわからないが、アリスはもう周囲の噂に負けず「自分のペース」を貫こうとしていた。

「ふぁ……でも、さっきまで少し眠かったのに、一気に目が覚めちゃいました。わたし、ほんとに変わったなあ」

アリスは苦笑しつつ、廊下を軽やかに進む。ディーンの影がちらつかないわけではないが、当分は大人しくしているはずだ。それよりも、今はクライヴとの見学の日取りを決めたり、屋敷で心落ち着く時間を過ごすほうが大事だと感じる。  
眠ることに抵抗があるままでも、安心できる居場所が増えれば、いつかは意識が変わるかもしれない――そんな小さな希望を胸に、アリスは侍女たちと打ち合わせを始めるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...