【完結】「婚約破棄ですか?分かりました」おしまい?

えるろって

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そして訪問当日。シャーベット家の馬車が、アリス・エリック・最小限の侍女を乗せて公爵家へ向かっていた。今回は正式な儀式でないため、フローレンスはあえて呼ばず、グラントも同行しない。アリスは「万が一、噂になるかも」と心配したが、父は「気にするな」と背中を押してくれた。

「ふぁ……ちょっとだけ緊張しますね。寝るの嫌いだって言われたらどうしよう」

「お前、会う前から何を言ってるんだ。クライヴだって、そんなことで急に嫌がったりしないだろう」

馬車の中でエリックが呆れたように返す。アリスは「でも、前はわたしの眠そうなところを嫌がってたじゃないですか」と拗ね気味に言い、エリックは苦笑をこぼす。

「それは過去の話だろ。今はお前の性格を認めてるようだし、ギルバート公爵嫡男もアリスに興味を持っているらしいし、歓迎ムードじゃないか」

「うーん……そうだといいんですけど」

アリスはレースの手袋を整えながら外の景色を眺める。公爵家の敷地は広大で、門をくぐってからもしばらく車輪が回る。やがて大きな玄関前に到着すると、黒服の執事たちが出迎えてくれる。

「ようこそいらっしゃいました、シャーベット家のアリス嬢。ささ、どうぞ中へお入りください」

アリスは馬車から降り、エリックと侍女を伴って玄関ホールへ足を踏み入れる。その豪奢な造りに目を見張りながらも、意外と暖かい雰囲気を感じた。大きな窓から光が差し込み、装飾は確かに豪華だが堅苦しすぎないよう配慮されているようだ。

「すごい……。思ったより居心地よさそうですね」

思わず口に出すと、執事たちが「ありがとうございます」と微笑む。そこにクライヴが姿を見せ、小走りでアリスのもとへ駆け寄ってきた。

「アリス、よく来てくれたな。……遠かっただろう? 疲れてないか?」

「大丈夫です。……わたし、意外と長距離に慣れてますから、寝るの嫌いですし」

「はは、そうだったね。とにかく、俺が案内するよ。兄上は今、執務室にいるから、あとで挨拶に連れて行く」

クライヴはエリックにも「護衛ご苦労」と声をかけ、軽く会釈する。エリックは「どこに行くにしても俺が付き添うからな」と返すが、クライヴも「それは承知してる。歓迎するよ」と快く受け入れる。  
こうしてアリス一行は、クライヴの先導で公爵家の内部を見学し始めた。広い廊下や応接室、食堂などを回りながら、クライヴがそれぞれの部屋の特徴を説明してくれる。

「ここが大広間。舞踏会なども開催できるが、王宮のそれよりは小規模だ。……とはいえ、この広さだが」

「うわあ、確かに大きいですね……。普通ならここだけで20人以上は余裕で踊れそう」

アリスは感嘆しつつ、「でも寝る場所は……」と心の中で思う。舞踊の間は大きくても、彼女にとっては寝室や落ち着けるスペースが大事なのだ。  
するとクライヴはアリスの考えを読んだかのように、「そうだ、次は居住エリアを回ろう」と提案する。エリックがついていくので、やや気まずさもあるが、アリスは一応気にならないふりをする。

「居住エリア……寝室とかも見るんですか?」

「もし嫌じゃなければ、案内するよ。俺の部屋とか、客用の部屋もあるし。寝るの嫌いなアリスに合う部屋があるかどうか、実際に確認してもらうのもいいかと思って」

「わあ……なんだか、そう言われると照れますけど」

クライヴの部屋を見るというのは、ちょっとしたプライベートエリアを覗くようでドキドキする。アリスは「でも、興味ある」と内心思いながら頷いた。  
3階に上がり、廊下を歩いていくと、落ち着いた色調のドアが続くエリアにたどり着く。ここが公爵家のファミリーや身内が使う区画らしい。クライヴは一枚のドアの前で立ち止まり、「ちょっと失礼する」と鍵を開ける。

「ここが俺の部屋。そんなに散らかしてないはずだが、もし見苦しいところがあったらすまない」

「い、いえ、覗かせていただきます……」

アリスがそっと足を踏み入れると、意外なほどシンプルで落ち着いた空間が広がっていた。壁にはいくつかの絵画や本棚があり、ベッドは大きめだが、余計な装飾は少ない。  
エリックはドアの付近で控えている。中に入らず、アリスが様子を見て戻るのを待つような形だ。

「へえ……もっと“公爵家の次男”らしい華やかな部屋かと思ったけど、シンプルですね」

「俺は昔から余計なものが多いと落ち着かないんだ。……でも、ここで夜更かしすることもあるよ。仕事や書類が多いときは、つい眠りを削ってしまって」

「クライヴさまも夜更かし派なんですね。わたしと逆? わたしは寝るの嫌いだけど、夜更かしして何か作ったり考えたりするタイプで……クライヴさまは仕事で夜更かしするんですか?」

「まあ、そうかな。……実は、最近はあまり無茶しなくなったんだ。君を見ていると、寝るのを嫌いと言いながらもちゃんと体調管理しているのを知ったから、俺も気をつけようと思って」

アリスは「え……」と驚きながら少し嬉しそうにする。自分の存在がクライヴに影響を与えていると感じると、なんとも言えない照れを覚える。  
部屋の一角には寝台がある。アリスはごく自然にその布団に触れ、「へえ、ふかふか……」と感想を漏らす。クライヴが困ったような顔をしながらも、微笑んで見守っている。

「君がもしここに泊まることになったら……なんて考えたら、まだ早いか。はは」

「そ、そうですね……まだ早すぎます。でも、もし本当に結婚するなら、こういう感じの部屋になるのかな。寝るの嫌いだけど、寝室をちゃんとするのも大事かも……」

アリスは思わず将来の姿を想像してしまい、顔が赤くなる。クライヴも視線をそらして「焦らなくていい」と呟く。  
二人は一旦部屋を出て、今度は客用の部屋へ移動した。そこも落ち着いた雰囲気で、バルコニーから庭を見渡せる設計になっている。アリスは「素敵……」と感嘆の声をあげ、クライヴは「泊まりたくなった?」と冗談めかして誘うような笑みを浮かべる。

「そ、そんな、まだ……。でも、いつか泊まってもいいかもしれませんね。寝るの嫌いだけど、ここなら……」

アリスはやや照れ臭そうに言いかけたところで、エリックが「おいおい」と咳払いをする。廊下側で控えていたが、二人の言葉が微妙に聞こえたらしく、警戒心が発動しているようだ。

「あ、エリック……そうですよね、まだ早いですよね、すみません」

「いや、謝るのはおかしいだろ……。クライヴ、何を言わせてるんだ」

エリックは剣呑な声色で牽制し、クライヴは「悪かった、つい冗談で言っただけだ」と肩をすくめる。アリスは二人の微妙なやりとりを見ながら、内心で苦笑する。

(エリック、わたしを護ってくれてるんだよね。クライヴはクライヴで、わたしのペースを尊重してくれる。こんな三人の関係、変だけど安心する……)

そう思いながら、アリスは屋敷の窓辺に近づき、外の庭を見下ろす。広大な敷地と手入れの行き届いた緑が広がっており、まさに公爵家の威厳を示している。しかし、それ以上に穏やかな風景がアリスを包み込んだ。

「クライヴさま、ここなら……寝るの嫌いなわたしでも、いつか眠れる気がします」

「本当か? 嬉しいな。……君がそう思える場所にできるなら、俺は全力で努力するよ」

クライヴがさらりと誓うように言う。エリックは苦々しい表情を見せるが、アリスにとってはやはり嬉しい言葉だ。  
こうしてアリスの“公爵家見学”は続いていく。正式な婚約話ではないが、二人の距離感は確実に縮まっている。エリックは相変わらず“護衛”の立場で控えめに見守っているが、その眼差しにも様々な感情が混じっている。  
寝るのが嫌い――ずっとその言葉に縛られてきたアリス。だが、クライヴの部屋や公爵家の暮らしを少し覗くことで、新たな一歩を踏み出せそうな気がしていた。まだ時間はかかるかもしれないが、確かな前進を感じながら、彼女は公爵家の一角を歩き続ける。
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