【完結】「婚約破棄ですか?分かりました」おしまい?

えるろって

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公爵家の庭園の一角にあるバラ園。夕方の柔らかい光が、色とりどりのバラの花びらを照らし、甘い香りが鼻腔をくすぐる。  
アリスはクライヴとエリックを伴い、バラのアーチが続く小道を歩いていた。侍女は少し離れた位置で待機しているので、ほぼ三人だけの空間だ。

「わあ、すごい……。シャーベット家のバラ園も見事だけど、こっちも負けてませんね」

アリスは感嘆しながら、ピンクや赤、白など多種のバラを見比べる。ふと気づいたように、クライヴへ目を向けた。

「クライヴさまもバラはお好きなんですか?」

「嫌いじゃないけど、俺はあまり花には詳しくないな。兄上はもう少し興味があるらしい。……でも、ここで夜会を開くこともあるし、手入れはしっかりしてるよ」

「なるほど……いつかここで夜会があったら、寝るの嫌いなわたしでも朝まで起きていられそう」

アリスはくすっと笑い、エリックは「お前、夜会を朝までする気か」と呆れながらツッコむ。クライヴは「まあ、それも面白そうだな」と返して和やかな空気が漂う。  
しばらく歩いていると、バラのアーチが終わる場所に小さなベンチが置かれていた。アリスは「少し座ってもいいですか?」と尋ね、クライヴが「もちろん」と応じる。エリックは立ったまま近くで警戒している。

「ふぁ……寝るの嫌いなのに、なんだかここにいると眠たくなりそう。すごく落ち着く場所ですね」

アリスはベンチに腰を下ろし、ほっと息をつく。クライヴも隣に座ろうとすると、エリックが「椅子は一人分しかないだろう」とやや険のある声を出す。実際には二人掛けでも窮屈そうだ。

「そ、そうですね。エリック、無理に立たなくてもいいですよ。わたしは片隅に寄りますから、クライヴさまも……どうです?」

「いや、俺は立っているよ。君が休んでくれればいい」

クライヴは笑いながら遠慮する。すると、エリックが「余計な気を遣わなくていいから、クライヴ、座れよ」と声をかける。三人のやり取りが微妙に噛み合わないが、最終的にはアリスがベンチの端にちょこんと寄り、クライヴが少し空けて座る形となった。

「……なんだかぎこちなくてすみません。でも、せっかくのバラ園でゆっくりしたいんです」

「構わないよ。俺も君と話したい」

クライヴの言葉にアリスは照れながら笑う。エリックは少し離れた場所で腕を組んでいるが、視線はしっかりアリスたちに向いている。まるで「これ以上近づいたら承知しない」という警告のようだ。  
そこでクライヴは、アリスの横顔をちらりと見つめ、小声で問いかける。

「さっき、兄上の部屋で……寝るのが嫌いになった理由を少し話してくれたろう? あれ、俺も聞きたかったんだ。……もし、もっと辛い記憶があるなら無理しなくていい。でも、いつか聞かせてくれないか?」

アリスはドキリとしながら頬を染める。自分から話すとは言ったものの、改めて質問されると少し戸惑う。

「わたし、実はあんまり詳細を覚えてなくて……ただ怖い夢をたくさん見たことは覚えてるんです。お母様とかエリックとかが心配してくれたけど、結局わたしは『夜が嫌い』になっちゃって」

「そっか……夜が怖いという気持ちが、寝るのを嫌うことに繋がったのか」

「うん。今思えば、誰かに話しておけばよかったなって思います。でも、子ども心に『寝なければ夢を見ない』っていう理屈だったんですよ」

アリスは苦笑する。幼いころのトラウマが、今も尾を引いていることを客観的に考えると少し切なくなる。  
クライヴは静かに首を振り、アリスの手に触れたい衝動をこらえる。

「じゃあ、今はどうだ? 俺やエリックがいるときは、少しだけマシになるか?」

「……最近は本当に、眠れるようになってきたんです。馬車の中とか、夜襲の後とか……。まだ怖い夢を見るかもしれないけど、いざとなったら誰かが助けてくれる気がして」

アリスは恥ずかしそうに言葉を落とす。クライヴは心の中で安堵を覚え、笑みを浮かべる。

「それでいいんだ。君は一人じゃない。……俺もエリックもいるし、フローレンスもいる。君のご家族も。怖い夢を見ても、現実でみんなが支えてくれる」

「はい……クライヴさま、ありがとうございます。寝るのは嫌いだけど、こうして話すと、なんだか心が軽くなるんです」

そう言って、アリスは心底ほっとした笑みを見せる。バラの香りに包まれながら、彼女の姿はどこか儚く、美しく映る。クライヴはそれを見てほんの少し胸が高鳴り、声を抑えて言葉を重ねた。

「もし君が何か思い出して、辛くなることがあったら言ってくれ。俺がどうにか解決するわけじゃないかもしれないが、少なくとも一緒に考えられる」

「ふぁ……そんなふうに言われると、寝るの嫌いでも、眠たくなっちゃうかもしれませんね」

アリスは冗談交じりに言いながら、クライヴに心を開き始めているのを自覚する。今まで秘密にしていた怖い夢の話を、少しだけ打ち明けられた。エリックにも話していないことを、なぜクライヴには話せるのか――自分でも不思議に思いながら。  
エリックはそんな二人のやり取りを見守りつつも、やはり複雑な気分を隠せない。アリスに一番近い立場だと思っていたが、彼女がクライヴにはより深い話をしていると知ると、少し寂しさを感じるのだ。

(でも、アリスが前に進むならそれでいい。俺は護衛として、アリスの意思を尊重するだけ……)

エリックは自分にそう言い聞かせ、いつものように無表情で立ち尽くす。アリスはその存在を感じ取りながら、クライヴとの会話を続ける。  
夕刻の光が差し込むバラ園で、アリスの素直な想いが少しずつ形を作っていく。寝るのが嫌いな少女が、怖い夢を抱えたままでも、一人ではないと知ったとき、未来は変わり始める。  
三人の足取りは、まだバラ園の先へ続いていく。甘い香りとともに、夜の訪れがゆっくり近づいているのかもしれない。
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