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花火が終わり、王宮全体が華やかな余韻に包まれている頃、アリスは大広間の外でフローレンスと合流した。フローレンスは急ぎ足で近づき、「どう? エリックとは?」と尋ねると、アリスは赤面しながら小さく頷く。
「わたし……エリックを選ぶことにしました。クライヴさまは断らないと……今から探して伝えます」
「そう……決めたんだ。よかったわね。辛い選択だけど、これであなたの夜も落ち着くかもしれない」
フローレンスは少し複雑そうに微笑むが、アリスを後押しする。「クライヴさまは大広場で談笑してたわ。今なら人も減っているし、話をするならいいタイミングかも」
アリスは頷き、「ふぁ……わたし、今が一番緊張してます」と吐露する。クライヴを傷つけるのが怖いし、彼の真摯な想いを裏切る形になるのが申し訳ない。でももう決めてしまったのだ――エリックを失いたくない。
「寝るのが嫌いなのに、今は眠ってしまいたいくらい辛い。でも、ちゃんと伝えます。フローレンス、見守ってて……」
「ええ、後ろでこっそり見守るわ。がんばって、ロリ令嬢!」
アリスは自嘲気味に苦笑しながら、大広場へ向かう。夜の催しはもうすぐ終わり、帰り支度をする貴族も多い。ライトはやや落とされつつあるが、人影や残り火のような熱気がそこかしこに漂っている。
人混みをくぐり抜けると、クライヴが何人かの貴族仲間に挨拶をしている姿が見えた。彼はアリスを見つけると微笑みを浮かべ、仲間たちを先に帰らせるよう合図している。これを見てアリスは「クライヴさま……」と息を飲む。
「アリス……花火、どうだった? エリックと一緒に見たのか?」
いきなり核心を突くクライヴの質問。アリスは動揺するが、正直に言うしかない。
「花火は……エリックとは見ていません。でも……話をしました。夜のうちに答えを出すって、約束したので」
「……そっか。じゃあ、その答えを今聞けるんだな?」
クライヴの瞳には覚悟が宿っている。アリスは震える声で頷く。最後の逡巡。自分がどう言えば相手を傷つけずに済むか――無理だとは分かっていても言葉を選びたい。
「クライヴさま、わたし……あなたに惹かれてます。再婚約の話も本当に嬉しかった。寝るのが嫌いなわたしの夜にも付き合ってくれて、感謝しかありません」
「ありがとう、アリス。……だけど?」
「だけど……結局、わたしはエリックを選ぶことにしました。彼がどこかへ行ってしまうのが怖かったんです。わたしの夜を失うような気がして……ごめんなさい」
クライヴは動きを止め、静かに息を吐く。その間、周囲の喧騒がまるで消えたように感じられる。アリスは心臓が壊れそうなほど痛く、クライヴが酷く悲しい表情を浮かべるのではないかと恐れて視線を落とす。
しかしクライヴの声は意外にも穏やかだった。
「……そうか。やはりエリックを選んだのか。正直、予想はしていたよ。アリスが彼を大事に思っているのは、ずっと感じていたから」
「クライヴさま……本当に、ごめんなさい。わたし、あなたのやさしさに甘えてしまって……」
「いいんだ。俺も君から『大切に思われている』感触は受け取ってた。夜会やクッキー作りの思い出は俺の宝物だよ。君が幸せになるなら、たとえ相手がエリックでも祝福しよう」
アリスは涙が流れそうになる。クライヴは頭を下げて、「ありがとう」と小さく言った後、そっとアリスの肩に手を置く。
「俺はこれからも寝るのが嫌いな君を応援するよ。今は公爵家として婚約話を別に探すことになるかもしれない。でも……君が輝く姿を見せてくれて、本当に嬉しかった」
「わたしこそ、ありがとうございました。クライヴさまがわたしを理解しようとしてくれたこと、決して忘れません」
二人の涙が交わりそうになったが、クライヴは一度もらい泣きしかけて笑みを作る。「夜のうちに決めてくれたから、俺としては感謝してる。長引いてたら俺も気持ちを整理できなかったかも」
最後の別れの空気が漂う。アリスは「お元気で……」と震える声で言い、クライヴはそれに頷く。「君もお幸せに、アリス。エリックのこと、よろしく頼む」と付け加える。
「はい……本当にすみません」
しばらく無言で見つめ合った後、クライヴは微笑み、背を向けて人混みの中へ消えていく。アリスはその背中を目に焼き付けながら、この夜の決断がどんな未来をもたらすのか考える。寝るのが嫌いな自分が、ついに一人を選び取った。
フローレンスが隣に来て「大丈夫?」と尋ねてくる。アリスは溢れる涙を拭いながら「エリックと結ばれる道を選びました」と答える。フローレンスは「そう……本当にいいのね?」と確認するが、アリスはもう迷わない。
「はい。クライヴさまには申し訳ないけど、わたし……夜を共にしてくれたエリックを失いたくない。寝るのが嫌いなわたしの夜をずっと支えてくれた人だから」
フローレンスは優しく肩を抱き、「そっか。じゃあ、早くエリックを呼び出して報告してあげないと。あの人も待ってるわよ」と言って笑う。アリスはこくりと頷き、瞳の涙を拭う。
「はい……わたし、エリックに伝えます。寝るのが嫌いなわたしが“あなたを選んだ”って……」
王宮の夜はまだ明かりが残っているが、行き交う人々は次第に減り始めている。アリスは意を決してエリックのいる場所へ向かおうと足を動かす。クライヴとの別れが痛みとして残るが、同時に心は軽さを感じている――ついに自分が答えを出したからだ。
「わたし……エリックを選ぶことにしました。クライヴさまは断らないと……今から探して伝えます」
「そう……決めたんだ。よかったわね。辛い選択だけど、これであなたの夜も落ち着くかもしれない」
フローレンスは少し複雑そうに微笑むが、アリスを後押しする。「クライヴさまは大広場で談笑してたわ。今なら人も減っているし、話をするならいいタイミングかも」
アリスは頷き、「ふぁ……わたし、今が一番緊張してます」と吐露する。クライヴを傷つけるのが怖いし、彼の真摯な想いを裏切る形になるのが申し訳ない。でももう決めてしまったのだ――エリックを失いたくない。
「寝るのが嫌いなのに、今は眠ってしまいたいくらい辛い。でも、ちゃんと伝えます。フローレンス、見守ってて……」
「ええ、後ろでこっそり見守るわ。がんばって、ロリ令嬢!」
アリスは自嘲気味に苦笑しながら、大広場へ向かう。夜の催しはもうすぐ終わり、帰り支度をする貴族も多い。ライトはやや落とされつつあるが、人影や残り火のような熱気がそこかしこに漂っている。
人混みをくぐり抜けると、クライヴが何人かの貴族仲間に挨拶をしている姿が見えた。彼はアリスを見つけると微笑みを浮かべ、仲間たちを先に帰らせるよう合図している。これを見てアリスは「クライヴさま……」と息を飲む。
「アリス……花火、どうだった? エリックと一緒に見たのか?」
いきなり核心を突くクライヴの質問。アリスは動揺するが、正直に言うしかない。
「花火は……エリックとは見ていません。でも……話をしました。夜のうちに答えを出すって、約束したので」
「……そっか。じゃあ、その答えを今聞けるんだな?」
クライヴの瞳には覚悟が宿っている。アリスは震える声で頷く。最後の逡巡。自分がどう言えば相手を傷つけずに済むか――無理だとは分かっていても言葉を選びたい。
「クライヴさま、わたし……あなたに惹かれてます。再婚約の話も本当に嬉しかった。寝るのが嫌いなわたしの夜にも付き合ってくれて、感謝しかありません」
「ありがとう、アリス。……だけど?」
「だけど……結局、わたしはエリックを選ぶことにしました。彼がどこかへ行ってしまうのが怖かったんです。わたしの夜を失うような気がして……ごめんなさい」
クライヴは動きを止め、静かに息を吐く。その間、周囲の喧騒がまるで消えたように感じられる。アリスは心臓が壊れそうなほど痛く、クライヴが酷く悲しい表情を浮かべるのではないかと恐れて視線を落とす。
しかしクライヴの声は意外にも穏やかだった。
「……そうか。やはりエリックを選んだのか。正直、予想はしていたよ。アリスが彼を大事に思っているのは、ずっと感じていたから」
「クライヴさま……本当に、ごめんなさい。わたし、あなたのやさしさに甘えてしまって……」
「いいんだ。俺も君から『大切に思われている』感触は受け取ってた。夜会やクッキー作りの思い出は俺の宝物だよ。君が幸せになるなら、たとえ相手がエリックでも祝福しよう」
アリスは涙が流れそうになる。クライヴは頭を下げて、「ありがとう」と小さく言った後、そっとアリスの肩に手を置く。
「俺はこれからも寝るのが嫌いな君を応援するよ。今は公爵家として婚約話を別に探すことになるかもしれない。でも……君が輝く姿を見せてくれて、本当に嬉しかった」
「わたしこそ、ありがとうございました。クライヴさまがわたしを理解しようとしてくれたこと、決して忘れません」
二人の涙が交わりそうになったが、クライヴは一度もらい泣きしかけて笑みを作る。「夜のうちに決めてくれたから、俺としては感謝してる。長引いてたら俺も気持ちを整理できなかったかも」
最後の別れの空気が漂う。アリスは「お元気で……」と震える声で言い、クライヴはそれに頷く。「君もお幸せに、アリス。エリックのこと、よろしく頼む」と付け加える。
「はい……本当にすみません」
しばらく無言で見つめ合った後、クライヴは微笑み、背を向けて人混みの中へ消えていく。アリスはその背中を目に焼き付けながら、この夜の決断がどんな未来をもたらすのか考える。寝るのが嫌いな自分が、ついに一人を選び取った。
フローレンスが隣に来て「大丈夫?」と尋ねてくる。アリスは溢れる涙を拭いながら「エリックと結ばれる道を選びました」と答える。フローレンスは「そう……本当にいいのね?」と確認するが、アリスはもう迷わない。
「はい。クライヴさまには申し訳ないけど、わたし……夜を共にしてくれたエリックを失いたくない。寝るのが嫌いなわたしの夜をずっと支えてくれた人だから」
フローレンスは優しく肩を抱き、「そっか。じゃあ、早くエリックを呼び出して報告してあげないと。あの人も待ってるわよ」と言って笑う。アリスはこくりと頷き、瞳の涙を拭う。
「はい……わたし、エリックに伝えます。寝るのが嫌いなわたしが“あなたを選んだ”って……」
王宮の夜はまだ明かりが残っているが、行き交う人々は次第に減り始めている。アリスは意を決してエリックのいる場所へ向かおうと足を動かす。クライヴとの別れが痛みとして残るが、同時に心は軽さを感じている――ついに自分が答えを出したからだ。
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