25cmのシンデレラ

野守

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第6話 仕事の依頼

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「何でそこまで? ちょっと怖いんですけど」
「勝手なことをしたのは申し訳ありません。やるなら徹底的にが家訓なものでして」
「凄いご家庭で……いえ、何でもありません。しかも今日は有給まで取ったんですよね」
「ああ、それは丁度良かったのです」

丁度良いという割に、篠塚さんの表情は明るくなかった。

「普段から有休を取らない生活だったもので、いつのまにか有休に夏期休暇、休日出勤の振り替えなどが溜まりに溜まってしまい……年内に消化しろと社長直々のお達しが下りまして」

アイスコーヒーの残りを一気に飲み干し、苦い顔をする。

「今年が終わる前にあと二十五日分、休まなければいけないのです」

人によっては大喜びの案件だろうに、目の前にあるのは困り顔だ。ワーカホリックだろうか。

「でも、もう八月終わりますよ。あと三か月くらいじゃないですか」
「社員にちゃんと有休を取らせないと、会社の評価に影響するそうで。特に弊社は篠塚グループの中でも有休消化率が低く、『上が休まないと下が休みづらい。まずは管理職が手本を見せろ』という方針で行きたいようです」
「まぁ、間違ってはいないですね」

そういえば私も、しばらく有給を使っていない気がする。今年も繰り越し切れずに消えちゃうんだろうな。

「この機会に『目新しいことをしてリフレッシュしなさい』と言われているのですが、何をすれば良いかも分からなくて。坂本さんならどう使いますか」
「私ですか? お金も時間もあるなら旅行とか。あ、いっそのことクルーズ旅行に挑戦してみるとか」
「子供の頃に何度も連れて行かれました」

そうだった。御曹司。

「美味しいもの食べに行くとか」
「会食はしょっちゅうでして」
「一気に家事を片付けるとか」
「家事代行を頼んでいます」

ちょっと笑ってしまった私に、篠塚さんが不思議そうな顔をした。

「面白かったですか」
「ああ、いえ。私だったら普通にゴロゴロして、仕方なく家事に追われて、近場で遊んでるうちに終わっちゃうだろうなと思って。庶民の休日なんてそんなものですよ」

まずは好きなだけ寝て、録り溜めしたドラマやアニメでも消化して、洗濯機を三回まわすと思う。外に出るなら買い物でも行って、久しぶりにゲーセンなんかで遊んで、近くのファミレスで外食して帰る。今の時期なら花火やお祭りに行ってみるのも良いだろう。誘う人がいればだけど。
 思いつくままに庶民の休日を披露したら、篠塚さんは大まじめにメモを取っていた。

「なるほど! それは目新しい」
「どこが!」

しかも書き終えた途端、何やらキラキラした目を私に向けてきた。

「ぜひとも、このまま庶民の休日指南をお願いできませんか」
「からかってます?」
「大まじめです」

篠塚さんは本当に真剣らしく、ほとんど身を乗り出している。

「もちろんタダでとは言いません。休日ガイドという仕事を頼みたいのです。報酬は日給で毎回分払いますし、もちろん経費は全額こちら持ち。二十五日間の消化が終った暁には、成功報酬として粗品を差し上げます」
「私だって仕事があるんですけど」
「粗品はフルオーダーメイドシューズ三足でいかがでしょう。一度に作っても困るでしょうから、今後必要な時に注文できる権利ということで」

それは欲しいかも。と、一瞬でも思ってしまった。気に入ったものが手に入らなかったショックが尾を引いているのだろうか。

「い、いや、やっぱり無理ですよ。ちゃんとした相談役でも探してください。遊び相手が欲しいなら、身近な方にでも頼めば良いじゃないですか。こんな知り合ったばかりの相手じゃなくて」
「知り合ったばかりだから良いのです。部下を休日に突き合わせるのは悪い。友人たちは同じような境遇で育った者同士ですから……目新しいガイドには成りえない。私は非日常を提案して欲しいのです」
「ちょうど良い庶民が私だったと⁉」
「実に良い出会いでした」

何やらおかしな方向に話が進んでいる。しかも急加速している。さっき過分なる御礼を受け取ってしまった手前、強情に突っぱねるのも気が引けた。

「……じ、上司に相談しないと。副業ダメかもしれないですし」

よし、それで明日になってから「職場規定でNGでした」って断ろう。それが一番穏便かもしれない。
 仕事の話を出したら、篠塚さんは一旦落ち着いてくれた。さすがワーカホリック、仕事に関しては理解がある。

「お勤め先は写真館でしたか。『まじょさん』というのは?」

テーブルに置かれたままのメッセージカードに目が向けられる。

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