25cmのシンデレラ

野守

文字の大きさ
36 / 46

第36話 チョロい

しおりを挟む
「いいえ」

私ははっきり聞こえるように言った。

「今年中に二十五日分の有休消化。そのお手伝いのために私は雇われました。来年になったら、一緒に行く理由がありませんよ」
「ガイドではなく、ただ一緒に行きたいという理由ではいけませんか」
「いけません」

無理に今年じゃなくたって良い、来年になったって海は逃げない、私だって何度そう考えたことか。

「ただ一緒に海へ行くなら、その関係には別の呼び方が必要になるでしょう? 私には……」
「俺は坂本さんと、ちゃんと付き合いたいと言っているんです。恋人として」

言われてしまった。せっかく言わせないように遠回しな言葉を選んでいたのに、察してはくれないらしい。

「篠塚さん。そもそもの話をします」
「どうぞ」
「なんで私にそこまでの興味を? わざわざ家まで非売品の靴を持ってきたところから、明らかにおかしいですよね。ちょっとお世話になった人全員にやってるわけではないでしょう」
「あなたが靴を投げたからです」

私の脳裏に宙を舞うパンプスが浮かんだ。あれのことだろうか。

「俺もこんな家と立場に縛られていれば、色々と嫌になることもあります。それを顔にも口にも出してはいけないことに一番苛立ったりする。そんな時です、ぶん投げられる自社商品を見たのは」
「……それで?」
「それだけです。多くの人がワレモノのように扱う高級靴が、美しいほどの軌跡を描いて空を飛んだ。なんだか凄くすっきりしましてね。あんなに愉快だったのは久々でした」

全くもってよく分からない。自分を縛り付けている家や会社に関する物が、ぞんざいに扱われているのを見てストレス発散になった、みたいな理由だろうか。

「まあ、何を言っているのか分からないでしょう」
「全くもって分かりません」
「それで良いです。ただ俺にとっては新鮮で、とても意味のあることだったんです。計略謀略で根回しから物事を進

める篠塚家において、とっさに単純な答えを出して動く人などいないから。人生は案外単純で良いのかもしれないと思えて。それで、まあ、この人とちゃんと話してみたいと思ってしまった」

「そこからガイドなんかで一緒に遊んでいるうちに、離れがたくなってしまったと?」

微妙な笑い声が返ってきた。たぶんYESの意味なのだろう。

「あのですね、篠塚さん。チョロすぎます」
「ちょろ?」
「何ですか、その単純すぎるキッカケ話! 大丈夫です。私なんか関わらなくても篠塚さんは十分単純に出来上がってますから!」

自分でも何を言っているのか分からないが、とりあえず思ったことが口に出た。これはツッコまざるを得なかったのだ。庶民に新鮮な感情を抱く王子様の図って……いつの時代の少女漫画だろう。

「ええと。単純ですか」

ハンドルを離せず目も前を見るしかない状況で、篠塚さんが反応に困っている。でも運転中に告白なんて始めるのが悪いのだ。運転中じゃなければ良いって話でもないけど。

「まず話は分かりました。その上で、やっぱり私には無理ですね。ごめんなさい」
「どうしてですか。今日までは一緒に居られたのに」
「一緒にいる時間が増えるということは、新鮮さが無くなっていくってことなんですよ」

最初は楽しいだろう。普段の生活には無い庶民の休日を経験し、目新しい世界を堪能する。それに慣れてしまった後は? ひとしきり遊んで、現実を見ることになった後はどうするの?

「驚きと新鮮味が無くなったら、私はただの庶民Aです。今もその辺を歩いている人達と同じ。そしたら別れるつもりですか」
「そんな無責任なこと! 俺は真剣に交際を」
「将来まで考えてると? 私が篠塚家の妻になれると思いますか」

なんで私、わざわざ会いたくて呼び出したような人に対して、こんなにトゲトゲしい態度を取ってるんだろう。ちゃんと勇気を出してくれたのに。喜ぶべき言葉だったはずなのに。必死になって否定しようとしているのが私自身だ。

「何を恐れているんですか。俺は、なれると思いますよ。篠塚家の妻」
「何を根拠に」
「根拠があるから結婚する人などいません」

そう言う口調はとても優しかった。私がほだされそうになるのは、この安心感だ。
 口を開くと余計な話が再開しそうで、私は家に着くまで黙って窓の外を眺めていた。悪いことをしたとは思う。沈黙の満ちる変な空気のまま送らせるなんて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」 上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。 御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。 清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。 ……しかし。 清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。 それは。 大家族のド貧乏! 上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。 おっとりして頼りにならない義母。 そして父は常に行方不明。 そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。 とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。 子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。 しかも貧乏バラすと言われたら断れない。 どうなる、清子!? 河守清子 かわもりさやこ 25歳 LCCチェリーエアライン 社長付秘書 清楚なお嬢様風な見た目 会社でもそんな感じで振る舞っている 努力家で頑張り屋 自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている 甘えベタ × 御子神彪夏 みこがみひゅうが 33歳 LCCチェリーエアライン 社長 日本二大航空会社桜花航空社長の息子 軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート 黒メタルツーポイント眼鏡 細身のイケメン 物腰が柔らかく好青年 実際は俺様 気に入った人間はとにかくかまい倒す 清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!? ※河守家※ 父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない 母 真由 のんびり屋 長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味 次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標 三男 真(小五・10歳)サッカー少年 四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き 次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...