37 / 46
第37話 別問題
しおりを挟む
「この先でしたね」
「はい。ありがとうございました、送っていただいて」
「いえいえ」
さっきの話を続ける気はないらしい。何事も無く別れてしまうことも出来ただろうけど、私がそれでは駄目だと思った。
「篠塚さん。今日言ってくださったことは嬉しいです。ありがとうございます」
「はい」
「ですが、私には荷が重いです。ごめんなさい」
「そうですか。分かりました」
やっぱり優しくて穏やかな、何度も聞きたくなってしまう喋り方。でも区切りは必要だ。
「ガイドの話も今日で終わりですね。篠塚さんの気持ちが分かった以上、いつまでも引っ張ってはいけません」
「どうしてですか」
「え、だって。交際断っておいて、これ以上会うのは変でしょう」
「どうしてですか」
むしろ私がどうしてと聞きたい。でも篠塚さんは至って真面目な顔で聞いている。
「断られたのは残念ですが、仕方ありません。ただガイドの話とは別問題です。こっちは仕事の契約ですから」
「はい?」
「考えてみてください。職場の同僚に告白してフラれたからといって、会社を辞める人どこにいますか」
「た、確かに?」
何だろう。何かが根本的に違う話なのだが、具体的に説明できない。似て非なる例えで頷きかけてしまう。
「俺の気持ちは伝えましたから、落ち着いて考えてみてください。それで気が変わったら教えてください。気を変えられるようにガイド期間を使って頑張りますので」
「いや、ですから」
「そういう訳で次回もよろしくお願いします。おやすみなさい」
「ちょっと!」
車はさっさと走り去ってしまった。大型犬はこんな時だけ強引だ。噛みついたら放す気は無いらしい。
始業ギリギリに急いで着替えていたら、さらに後から北内さんが突進してきた。
「おはようございます!」
放り投げるような挨拶とともにロッカーを開ける。彼女も寝坊したのだろうか。
昨夜はどうにも目が冴えて、なかなか寝付けなかった。もちろん篠塚さんのせいである。
「篠塚さんの……彼女……結婚……篠塚家の妻……いやいやいや」
そんな気の早い話を考えても無駄だ。付き合って別れるかもしれないのだし。いや待った。その前に私、付き合ってみる選択肢が浮上してるの?
まとまらない考えが疲れた頭の中に浮かんでは消え、でも真夜中の脳内ではっきりした思考はできず、ベッドの中で意味のない時間を過ごしてしまった。そしていつの間にかウトウトして朝になり、最後のスヌーズで危うく起きた。疲労感倍増の朝である。
見事な早着替えで朝礼に滑り込んだ北内さんは、疲れを全面に出した顔で開館準備を始めた。山東君は遅刻らしい。
「昨日、思い切って遠出しちゃったんですよ。社会人なんて無理しないと遊べないと思って」
「分かる」
同じ考えの人がここにもいたらしい。
「やってみて分かりました、無理はダメですね。仕事で失敗する恐怖を味わう方が嫌です」
「分かる!」
とか言いつつ、喉もと過ぎれば再度やってしまうのが大人というものだ。ガイドの話も同じかもしれない。昨夜はベッドの中で「もう連絡とるのも気まずい!」なんて頭を抱えていたけれど、朝になって落ち着いてみれば、案外「割り切ればイケるかも」とか思い始めている。私も学習しないなぁ。
今は仕事に集中しようと思いつつも、この職場では無理な話だった。撮影用のドレスや小物に囲まれていれば、否応なしに思い出してしまう。
「坂本さん、ウェディングフォトの……どうしました?」
「何でもない!」
分かりやすく固まった私に不思議そうな顔をしながら、北内さんが本日の予約一覧を手渡してきた。
「十三時よりご予約だったウェディングフォト、ナシになりました」
「延期?」
なぜか目を逸らす北内さん。何となく察した。
「ちょっとお二人の仲に問題発生だとかで、とりあえず延期できないかとお問い合わせが……。いったん保留になってます。完全キャンセルにはならないと良いんですけどね」
「あー」
ごく稀に発生するやつだ。
いわゆるマリッジブルーというのか、婚期が近づくと喧嘩が増えたり、ちょっとした拗れが出るカップルはよくいるらしい。でも多くの人はそのまま突っ切って結婚するし、モヤモヤしながらでも撮影をこなしたりする。結婚とは話がまとまった後に中止する方が大変だからだ。
でも突っ切れないカップルも存在する。何があったかは知らないが、直前になってキャンセルの連絡が入るのだ。両家の事情で延期とか、都合が悪くなったとかの理由が付けられることも多いなかで、今回の二人はやけに正直だといえる。取り繕う余裕も無かったのだろうか。
「大丈夫かな」
「大丈夫ですかね」
結婚って大変らしい。
「はい。ありがとうございました、送っていただいて」
「いえいえ」
さっきの話を続ける気はないらしい。何事も無く別れてしまうことも出来ただろうけど、私がそれでは駄目だと思った。
「篠塚さん。今日言ってくださったことは嬉しいです。ありがとうございます」
「はい」
「ですが、私には荷が重いです。ごめんなさい」
「そうですか。分かりました」
やっぱり優しくて穏やかな、何度も聞きたくなってしまう喋り方。でも区切りは必要だ。
「ガイドの話も今日で終わりですね。篠塚さんの気持ちが分かった以上、いつまでも引っ張ってはいけません」
「どうしてですか」
「え、だって。交際断っておいて、これ以上会うのは変でしょう」
「どうしてですか」
むしろ私がどうしてと聞きたい。でも篠塚さんは至って真面目な顔で聞いている。
「断られたのは残念ですが、仕方ありません。ただガイドの話とは別問題です。こっちは仕事の契約ですから」
「はい?」
「考えてみてください。職場の同僚に告白してフラれたからといって、会社を辞める人どこにいますか」
「た、確かに?」
何だろう。何かが根本的に違う話なのだが、具体的に説明できない。似て非なる例えで頷きかけてしまう。
「俺の気持ちは伝えましたから、落ち着いて考えてみてください。それで気が変わったら教えてください。気を変えられるようにガイド期間を使って頑張りますので」
「いや、ですから」
「そういう訳で次回もよろしくお願いします。おやすみなさい」
「ちょっと!」
車はさっさと走り去ってしまった。大型犬はこんな時だけ強引だ。噛みついたら放す気は無いらしい。
始業ギリギリに急いで着替えていたら、さらに後から北内さんが突進してきた。
「おはようございます!」
放り投げるような挨拶とともにロッカーを開ける。彼女も寝坊したのだろうか。
昨夜はどうにも目が冴えて、なかなか寝付けなかった。もちろん篠塚さんのせいである。
「篠塚さんの……彼女……結婚……篠塚家の妻……いやいやいや」
そんな気の早い話を考えても無駄だ。付き合って別れるかもしれないのだし。いや待った。その前に私、付き合ってみる選択肢が浮上してるの?
まとまらない考えが疲れた頭の中に浮かんでは消え、でも真夜中の脳内ではっきりした思考はできず、ベッドの中で意味のない時間を過ごしてしまった。そしていつの間にかウトウトして朝になり、最後のスヌーズで危うく起きた。疲労感倍増の朝である。
見事な早着替えで朝礼に滑り込んだ北内さんは、疲れを全面に出した顔で開館準備を始めた。山東君は遅刻らしい。
「昨日、思い切って遠出しちゃったんですよ。社会人なんて無理しないと遊べないと思って」
「分かる」
同じ考えの人がここにもいたらしい。
「やってみて分かりました、無理はダメですね。仕事で失敗する恐怖を味わう方が嫌です」
「分かる!」
とか言いつつ、喉もと過ぎれば再度やってしまうのが大人というものだ。ガイドの話も同じかもしれない。昨夜はベッドの中で「もう連絡とるのも気まずい!」なんて頭を抱えていたけれど、朝になって落ち着いてみれば、案外「割り切ればイケるかも」とか思い始めている。私も学習しないなぁ。
今は仕事に集中しようと思いつつも、この職場では無理な話だった。撮影用のドレスや小物に囲まれていれば、否応なしに思い出してしまう。
「坂本さん、ウェディングフォトの……どうしました?」
「何でもない!」
分かりやすく固まった私に不思議そうな顔をしながら、北内さんが本日の予約一覧を手渡してきた。
「十三時よりご予約だったウェディングフォト、ナシになりました」
「延期?」
なぜか目を逸らす北内さん。何となく察した。
「ちょっとお二人の仲に問題発生だとかで、とりあえず延期できないかとお問い合わせが……。いったん保留になってます。完全キャンセルにはならないと良いんですけどね」
「あー」
ごく稀に発生するやつだ。
いわゆるマリッジブルーというのか、婚期が近づくと喧嘩が増えたり、ちょっとした拗れが出るカップルはよくいるらしい。でも多くの人はそのまま突っ切って結婚するし、モヤモヤしながらでも撮影をこなしたりする。結婚とは話がまとまった後に中止する方が大変だからだ。
でも突っ切れないカップルも存在する。何があったかは知らないが、直前になってキャンセルの連絡が入るのだ。両家の事情で延期とか、都合が悪くなったとかの理由が付けられることも多いなかで、今回の二人はやけに正直だといえる。取り繕う余裕も無かったのだろうか。
「大丈夫かな」
「大丈夫ですかね」
結婚って大変らしい。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」
上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。
御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。
清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。
……しかし。
清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。
それは。
大家族のド貧乏!
上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。
おっとりして頼りにならない義母。
そして父は常に行方不明。
そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。
とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。
子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。
しかも貧乏バラすと言われたら断れない。
どうなる、清子!?
河守清子
かわもりさやこ 25歳
LCCチェリーエアライン 社長付秘書
清楚なお嬢様風な見た目
会社でもそんな感じで振る舞っている
努力家で頑張り屋
自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている
甘えベタ
×
御子神彪夏
みこがみひゅうが 33歳
LCCチェリーエアライン 社長
日本二大航空会社桜花航空社長の息子
軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート
黒メタルツーポイント眼鏡
細身のイケメン
物腰が柔らかく好青年
実際は俺様
気に入った人間はとにかくかまい倒す
清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!?
※河守家※
父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない
母 真由 のんびり屋
長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味
次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標
三男 真(小五・10歳)サッカー少年
四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き
次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
煙草屋さんと小説家
男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。
商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。
ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。
そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。
小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる