サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ

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第1章 一年一学期

第17話 うちの生徒に何か御用ですか

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 家の外に出ると、もうすっかり日は落ちて夜になっていた。

町はずれの住宅街を、サトシと桜井は並んで歩いていた。
サトシは家から離れれば教師の顔に戻る。
生徒を途中まで送っていく先生という立場だから、当然先生モードで桜井とは一定の距離を保ちながら歩いていた。

姉が桜井に渡してくれたカレーを持つのは、サトシの役目になっていた。
この住宅街を抜けたら明るい商店街に出る。
そこまで桜井を送って行ったら、サトシは家に戻るつもりで歩く。

「先生、ごめんなさい。勝手な事をしてしまって」

「先生の家を嗅ぎつけるのは、あまり感心できませんね」

「ですよね。きっと、先生はわたしのことを軽蔑していますよね」

「軽蔑というより、正確に言うと、驚いているという表現がぴったりですね。…………
商店街から先は明るいですし、商店街の入り口まで送ります」

「ありがとう、先生」

サトシは、桜井の家庭の事情を思い出した。

(確か、桜井の家は母子家庭だったな)

「こんな遅い時間まで、弟さんはお家にひとりで待っているのですか?」

「さっき、弟に電話しました。大丈夫です」

「先生の家で、合宿ごっこなんかしてないで早く帰ってあげなさい」

「そのつもりです。だから、今歩いてます」

「あ、そっか」

「……」

「どうやって、先生の家にあがりこんだのですか」

「そ、それは……、あの家に、青い車が止まっていたという情報があって、興味本位で見に行ったんです。そしたら、ちょうどお姉さんが戻っていらして、『お茶でもどうぞ』って、勧められて……先生、怒っています? よね」

「姉さんが家に上げた……のですか」

「そうです。でもそこから、勝手に炊事や掃除を始めたのはわたしです。お姉さんは、何も悪くありませんから」

「それは、それは、お疲れ様でした」

「本当です、先生。信じてください!」

住宅街を抜けて、明るい商店街まで来た。
サトシは立ち止まった。

「じゃ、先生はここで戻ります。桜井は、まっすぐ弟さんの待っている家まで帰るんですよ。はい、これ。弟さんと一緒にカレーを食べなさい」

「うちの弟、カレーが好きなんです」

「卵焼きとカレーも好きなんですね。弟さんが、羨ましい。美味しそうな匂がします」

「はい、あの……いいえ、どうもありがとうございました。さようなら」

桜井は何かを言おうとして止め、お辞儀をしてサトシに別れの挨拶をした。
そして、商店街の中へと消えて行った。
夜の商店街は、明るいネオンが光ってはいるが、その光は居酒屋やバーやスナックなども含まれている。
しばらく、桜井の後ろ姿を見送っていたサトシだが、

(大丈夫かな?)

桜井のことが心配になってきた。



 一方、桜井の方はと言うと、
夜の商店街を歩くのは、怖くもなんともなかった。
なぜなら、母親がこの商店街の一角で、スナックを経営しているからだ。
酔っ払いに声をかけられる事さえ、小さな頃から慣れていているのだ。

「お、おねーちゃん。こんな時間に何してんのー? おじさんと飲みにいこうかぁ」

「結構です」

「つれないねぇ、いいじゃん。おじさんが美味しいものをご馳走するよ」

「肩に触らないでください」

「肩ぐらい触ったっていいじゃん。可愛い顔してツンツンされるの、おじさん、たまらないな」

「おじさん、その手を離してください」

桜井は、いつものように酔っ払いのおじさんに絡まれた。
酔っ払いに絡まれたら、桜井の行動は決まっていた。
ここで一発殴るか、それとも蹴りでぶっ飛ばすか、今日はどっちにしようかと考えながら右の拳に力を込めていた。

その時だった。




「うちの大切な生徒に、何か御用ですか?」

桜井が声のした方を向くと、そこにはサトシが立っていた。
サトシは桜井と酔っ払いの間に割って入って来た。
そして、酔っ払いの手を桜井の肩から払いのけ、代わりに自分の手を桜井の肩に置いた。

「わたしは、白金女子学園の教員です。今、この辺を教員たちで見回りしているんです。未成年に変な事をしたら、警察を呼びますよ」

「なんだ、センコーがいたのか。悪かったよ、警察だけは勘弁してくれ」

「さ、行きますよ、桜井」

サトシは桜井の手を引いて、商店街をどんどん歩いていく。

「先生?」

「いいから、歩きなさい。立ち止まらないように! 家はどっちなんですか!」

「あ、もうちょっと先の交差点を、右に曲がって行くとアパートです」

「全くもって、隙だらけだから絡まれるんですよ。わかっているんですか?」

「ちょっと待って、先生、歩くの早すぎ……」

桜井の手を引いて歩くサトシの足は止まらない。
結局、サトシは桜井の自宅まで送っていく形になった。

「君みたいな隙だらけの生徒を、このまま帰らせるわけにはいかないじゃないですか!」

「わたし、酔っ払いは慣れてるんです」

「ダメです。そんなものに慣れる必要はありません」

「だって、うちの親、あの商店街でスナックやっているんです。子供のころから、お客さんからお小遣いもらったりして、酔っ払いの扱いには慣れてるから平気なんです」

「そうだとしても、子供の頃と今は違うでしょう。今の君は年頃の女子高生なんですよ。男が見る目が昔と違うことを全然わかってない。もうちょっと、自覚すべきです」

サトシは、この隙だらけで危ない桜井になぜか無性に腹が立っていた。
桜井の手を握りながら、どんどん早足になっていく。

「先生、手が痛い」

「手? それくらい何だ。犯罪に巻き込まれるよりずっとマシだろ」

サトシは、自分の怒りの理由がわからない。
教師モードがオフになっていることさえ、全く気が付いてもいない。
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