サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ

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第2章 一年二学期

第51話 体育祭③ 400mリレー

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 400mリレー選手の待機場所では、柚木が心配しながら第三走者の代わりが来るのを待っていた。

「美柑!? えー? 美柑が走ってくれるの? マジでありがとう。嬉しい!」

「え、違う……」

桜井が否定しようとしたところへ、サトシは強引に割って入り生徒たちを激励した。

「柚木、一関、二宮、心配かけて悪いと思っています。先生がビリになったせいで、再び三位に転落してしまいました。本当に申し訳ない! 順位を落とした張本人が言うのも変ですが、リレーでは桜井を新メンバーに入れ、最後の力を出し切って頑張ってください」

桜井はサトシに異議を唱えた。

「サトシ先生、ずるーい。こんな状況に追い込まれたら、違うって言えないじゃん」

「桜井、君ならできます。いや、桜井にしかできません。ここは桜井の力が必要なんです。頼みます。先生を助けると思って走ってください」

「美柑!」
「桜井さん!」
「桜井!」

大好きな先生に助けてと言われたら、桜井は断れるわけがない。

「まぁ、やれと言われたらやりますけど? そのかわり、やるからには全力でやるからね」

「美柑! 大丈夫。一人でも追い抜いてくれさえすれれば、あとはわたしが全部抜いてやるわ」

「何言ってんの! 柚木くんにだけカッコイイ真似はさせないわ。これは1Aみんなの戦いよ。一関さん、二宮さん、ぶっちぎりでバトンを渡してちょうだいね!」

「オッケー」
「御意」




 「最終競技は400mリレーです。一位の二年B組が逃げ切るか、二位の三年E組が逆転するか、はたまた三位の一年A組が大逆転か。白熱したリレーをみんなで応援しましょう」

1Aの応援席から、夏梅はリレーの第三走者に桜井がスタンバイしているのを見つけた。

「何で? リレーのコースに桜井さんがいるのよ。……ああ、もう終わったわ。無理よ、優勝なんて」



 大山先生による、スタート合図が始まった。

「位置について、……用意、」

パーーーン!!

ワー、ワー、ワー!

「キャー、一関さーん、がんばれーーー!」

全校生徒の応援が校庭いっぱいに湧き上がっていた。
さっきから、がっくりと肩を落としている夏梅は、もう勝てないと決め込んでレースなど見る気もしなかった。

「応援しないんですか? 夏梅」

サトシが声をかけても。

「いいんです。どうせ、もう優勝なんて……」


バトンは一関から二宮へ渡された。
二宮は頑張った。二人抜いて桜井へとバトンを渡した。

「夏梅、見なくてもいいんですか? ほら、上がって来てますよ。今、四位で桜井へ……」

「え? でも、バトンが桜井さんなら、ここからきっとダメだわ」

リレーのスタート前に、やるからには全力でやると言った桜井の言葉に嘘はなかった。
陸上部でもない、ただの帰宅部の桜井はここから奇跡的な追い上げに入った。
驚異的な走りで、あれよあれよと三人を抜いていく。




「夏梅、ほら見なさい。桜井が三人抜きましたよ」

「嘘……」

「二位にあがった! 桜井、あと一息!」

アンカーの柚木が待つところまで、桜井は全力で走った。
桜井の追い上げを見ていた生徒たちは、桜井の存在に目を離せない。

「あの子凄くない? 陸上部?」
「違うと思う。あんな子、陸上部にいないよ」
「でも、どっかで見たことがある……あっ! 校門でK大付属の男子を待たせていた一年生!!」
「そうだわ! K大付属の男子と付き合っている子じゃん」
「すごーい! なんであんな子が恋も運動もできるのよ」

ワー、ワー、キャー、キャー!

大声援の中でも、桃瀬の声援はちゃんと桜井まで届いた。

「美柑! がんば! 二位だよー!!」

桜井は桃瀬の声援に頷いて、柚木にバトンを渡した。
桃瀬は、必死に声援を送った。

「抜けるよ、柚木くーん! 行けーーー!!!」

桃瀬の声援につられるように、ついに夏梅はリレーに目をやった。
そして、柚木がトップの生徒を抜き一位に躍り出たのを見ると、誰よりも大きな声で夏梅は応援し続けた

「ギャー! ギャー! 行けーー! 柚木さん、行けー! 優勝よ! ギャー!」

柚木は二位を大きく引き離し、見事にゴールのテープを切った。
夏梅も桃瀬も、涙を流して喜び合った。

「やったーー! サトシ先生っ! 1Aが優勝! 優勝しましたぁー!!」

感動の嵐に、サトシまで泣きそうになったが、自分はビリだったことを思い出し、なんとか涙をひっこめた。

(マジか、こいつら、本当に逆転優勝しやがった)



 表彰式。
優勝杯は一年A組、代表して学級委員長の夏梅が堂々と受け取った。
その姿を見て、桜井は桃瀬に言った。

「結局、夏梅はこの役をやりたかったのね。ハルちゃんどう思う?」

「だね。でも、正直過ぎてかわいいところあると思うよ」

「そうかなぁ」

「だって、美柑に言われて、夏梅は応援団のダンスを踊ってたんだよ。まるで盆踊りみたいだったけど」

「へぇ、そうだったんだ」



 体育祭は閉会して、生徒たちが教室に戻ると、校長先生からの賞品が届いた。
夏梅は、大きな声でみんなに呼びかけた。

「みんなー、校長先生からの賞品ですって」

それは、旬の果物ぶどうが詰まった箱だった。
賞品はぶどうと聞いて、桃瀬は桜井に言った。

「美柑、わたし思ったんだけどさぁ。校長先生からのおみやげって旬の果物が多くない?」

「ハルちゃん、鋭い。確かにそう。夏休みはスイカだったもんね。好きなのかな果物」

「もしかしてさぁ、これも檀家さんからもらった物じゃない?」

「ってことは、これは供物」

「お供え物の横流しよ。きっと」

そこへ夏梅がやってきて、桜井に向かって言った。

「まだ、ぶどうの箱が三つもあるの。校長室から持って来なきゃいけないのよ。誰か運ぶのを手伝ってくれないかしら」

「……」

「誰か運ぶのを……」

「わーった! 行く。行くわよ。わざとらしく目の前で言わないでよ。名指しすればいいじゃん」

「さすが桜井さんね。1Aの誇りだわ」

「よく言うわ」




 桜井が校長室に賞品のぶどうを取りにいくと、サトシがいた。

「お、桜井。悪いねー」

「あれ? 先生、校長室で何やっているんですか?」

「何って、ぶどうの配達を受けていたんですよ。このぶどう、産地直送らしいです」

「あ、そうなんだ。供物じゃなかった」

「え?」

「いいえ、何でもありません。こっちの話です。校長先生は?」

「急に法事が入って、出かけました。一年A組の生徒によろしくと言って。体育祭、お疲れ様でした。柚木の活躍はもちろんですが、桜井がダークホースだったとは……」

「ダークホース? 違いますよ。サトシ先生を助けると思って必死になっただけです。あ、そういえば、あれです。借り物競争で何て書いてあったんですか?」

「それっ、それは、教えません」

「ひょっとして、学園一の美少女とか?」

「違います」

「否定、早っ! じゃ、成績優秀な生徒とか。それはないか」

「それはない」

「むっ! なんでですか? いじわる。じゃあいいわ。古松川先生でしたっけ、審査員。古松川先生に聞くから」

「ちょっ、桜井! ちょっと待て! ほらほら、ぶどうを運ばないと。それが仕事で来たのでしょう。早く教室まで運んで」

サトシは桜井に借り物の内容を問い詰められて、冷や汗が流れた。

(ここで内容を知ったら、桜井は絶対に調子に乗る。何が何でも秘密にしなければ)

サトシはポケットからハンカチを出して、流れる冷や汗を拭いた。

「はーい、わかりましたぁ」

桜井はサトシに頼まれた通り、素直にぶどうの箱を運ぼうと箱に手をかけた。
だがその瞬間、サトシのポケットから何かが落ちたことに気が付く。

「あ、先生。何か落ちましたよ」

桜井は、くしゃくしゃに丸めた紙を拾って、何気なく広げてみた。
すると、中に書いてあった文字が目に入った。


―好きな人―


サトシは慌ててその紙を桜井から取り上げた。

「何、読んでいるんだ!」

「落ちたから拾っただけですけど」

「いいから! 早く桜井は、教室で待っているみんなにぶどうを持って行きなさい」

「えー、全部一人で運ぶのは無理です」

「夏梅は一緒じゃないのか」

「先生が、一緒に運んでください」

「まったく、しょうがないなぁ。一箱は先生が運ぼう」

「え? なんで女生徒が二箱で、男の先生が一箱なんですか。逆でしょ」

「あ、そうか」

サトシは桜井に言われるまま、ぶどうを二箱持って階段を上ることになった。

「桜井、足元に気を付けろよー」

「先生こそ―」

サトシのすぐ後ろから、ぶどう一箱を持った桜井が階段を上って来る。
それにしても、メモを見られたのに、予想に反して桜井の反応が薄いのが気になる。

「桜井は、……そのぅ何か? メモを見て……、何も動揺しないのか?」

桜井の前でだけ、サトシは普通モードになる。
桜井はその変化に気づいていた。

「何も」

「そうなのか」

いつもなら、サトシが桜井の気持ちをさらっと受け流す側だ。
だが、今回は桜井の方から受け流されてしまった。

「だって、先生。事故だって何度も言っていたじゃないですか。どうせ事故なんでしょ?」

「……そ、そういうことだ………おそらく」

『好きな人』を軽く受け流されたサトシは、残念な気持ちになったが、必死にそれを悟られないように返事をした。
そんなサトシの後ろを歩いていた桜井。
実は、サトシに見えないように片手で小さなガッツポーズをしていた。
そんなことは知らないサトシ。

「事故なんだが、選んだのは事故じゃない……」
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