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第4章 二年一学期
第123話 キスはやめてください
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「先生、ちょっとこのメガネかけてみて」
サトシがメガネ店で緩んだネジを直して貰っている間、桜井はいろんなメガネフレームを選んではサトシに試着させていた。
「おお、かっこいい!」
「俺は好みじゃないな」
「じゃ、これは?」
桜井が勧めるメガネをかけるサトシ。
「うわっ! ワイルド。ちょい悪オヤジ」
「オヤジという言葉は、不服だなぁ」
「こっち、こっちは?」
「いい加減にしなさい。これで最後な」
「かーーーっ、かっこよすぎ……あれ? 鼻血が……」
「おい、大丈夫か? ティッシュ、ティッシュ! バカ、興奮しすぎだ」
サトシは慌ててティッシュで桜井の鼻血を止めようとした。
「お客様、大丈夫でしょうか」
「ふえ、らいじょーぶれす」
桜井は「大丈夫です」と言っているつもりだ。
「喋るな。頭を少し下にして……。すみません、椅子借ります!」
サトシは店員から椅子を借りると、桜井を座らせて小鼻をつまんで圧迫させた。
「ここをつまんで、少し安静にしてなさい」
桜井はサトシに言われたとおりにしているうちに、だんだんと落ち着いてきた。
そして、サトシが店員とメガネの調整について話している間じゅう、ずっと鼻血と戦っていた。
メガネ店を出ると、桜井は再び元気を取り戻して商店街を歩いていた。
「あまりはしゃぐんじゃないぞ。また興奮するから」
「もう大丈夫でーす」
「おいこら、ちょっと待て。本当に鼻血は止まったのか? 見せてごらん」
「んーーー」
桜井は恥ずかしげもなく、サトシに向かって無邪気に顔を上げて、鼻穴を見せた。
「大丈夫そうだなぁ……」
サトシは、桜井の鼻穴を覗き込んだ。
知らない人が見たら、まるでこれからキスするような格好だ。
そのとき、誰かに注意された。
「ここでキスはやめてください」
サトシと桜井は驚いて、声がした方を見た。
声の主は、長谷川さんだった。
「あ、すみません。長谷川さん、こ、これは違うんです」
桜井も必死に弁解した。
「長谷川さん、キスじゃないよ。わたしが鼻血出したから、先生が心配して見てくれてたの」
「鼻血? 美柑ちゃん、どこか悪いのですか?」
「いえ、どこも悪くないの。あの、わたし、先生を見て興奮しちゃって……」
「興奮するようなことが、あったんですかっ!」
長谷川は、ずっと桜井と離れて暮らしていたと言えども、桜井の実の父親だ。
娘のことを心配するのは当然だろう。
サトシは、長谷川に頭を下げて謝罪した。
「誤解されるようなことをして、申し訳ございません。いろんなメガネを試着していたら、お嬢さんがそれを見て鼻血を出しまして……」
「そうなの! 何も悪い事はしていないの。信じて、お父さん!」
長谷川は桜井の言葉にハッとした。
「え、今なんて?」
「悪いことはしていないって」
「その後」
「お父さん?」
長谷川は、目頭を押さえて涙をこらえた。
「お父さん……、父さんと呼んでもらえるこの日を、わたしはどれだけ待ち望んでいたか……」
「大丈夫? お父さん」
「う、う、う……美柑ちゃん、呼び捨てしてもいいかな」
長谷川は、遠慮がちに言った。
「美柑って呼んでいいよ、お父さん」
長谷川は感激のあまり、涙が止まらなかった。
さっきの鼻穴を確認している時より、こっちの方が他の人から注目を浴びている。
「あの、長谷川さん。ここだと人目もありますし、一旦どこかでお茶でもしませんか?」
「あ、いいえ、大丈夫です。実は妻の店に食材を届ける途中なので」
長谷川が、ハンカチで涙を拭いていると、今度は桜井の母親が現れた。
「あなた。遅いから何しているかと思えば、こんなところで油売って!」
「お母さん! お母さんこそ、ここで何してるのよ」
「あら、美柑。まあ、サトシ先生まで……、あらあら、この度はすみません。うちの娘が急にお泊りしちゃって、迷惑だったでしょう? 引っ越しで家の中が荷物だらけなもんで」
「いいえ、とんでもございません。迷惑だなんて、そんな」
「で? サトシ先生は、うちの子とデートですか?」
「はい、デートというか、これから娘さんの机を見に行こうかと思いまして」
「まあ、そうなんですね。あなた、ほら、なにか優待券とか割引券とかないの? 出しなさいよ」
「ああ、そうでした。サトシ先生、お父様の会社の割引券なので、叱られるかもしれませんが、これを使ってください」
「これって、うちの会社の社員割引券?」
「やだわ、長谷川ったら、本当に気の利かない……。そうじゃなくて、ANAの株主優待券とかあるでしょ」
「あ、そうだった。じゃ、それと一緒にこちらもご利用ください」
「それはどうも……」
「じゃ、今晩もよろしくお願いしますね、サトシ先生。さ、あなた行きましょ。若い二人の邪魔をしちゃいけないわ。じゃ、美柑。しっかり勉強するのよー」
「あー。わかっているわよ、うるさいわね」
桜井は、母親に対しては乱暴な言葉でやり取りをする。
「あ、そうそう。美柑、一応確認なんだけど、寝室は別々なのかしら」
「決まってるでしょ! 別々よ! 変な想像しないでよね」
桜井の母は「あら、そお?」とニンマリ笑いながら、長谷川の腕を引いて、その場から去って行った。
去っていく長谷川は、桜井の母に喜びを隠しきれないでいた。
「さっき、美柑からお父さんって呼ばれたんだよ」
「あらまあ、それはよかったこと」
サトシにとってこの二人は、生徒の保護者であり、婚約者のご両親でもある。
かなり緊張したひとときだった。
「ああ、緊張した。やっぱり地元の商店街は、知っている人に会うからやめよう。車で遠出しようか」
「そうですね。でも、わたしはこれでよかったかな?」
「よかった? どうして」
「勢いで、お父さんって呼べた」
「そっか。そうだな。おかげで鼻血も止まったしな」
「きゃははーーー! ここでキスはやめてください、だってーー。ああ、可笑しかった!」
桜井はサトシの緊張も知らずに、長谷川の言葉を思い出し軽く笑い飛ばした。
サトシは、つぶやいた。
「『ここで』が、ダメなら他ではいいことになるな」
「え、何?」
「何でもない。一旦、家に戻ってから車で出直そう」
「えー、何でもなくないでしょ。何、何―? ねえ、何て言ったんですかー?」
「いいから帰るぞ」
サトシは、桜井が顔を覗きこんでくるのを必死に避けながら、商店街を歩いた。
サトシがメガネ店で緩んだネジを直して貰っている間、桜井はいろんなメガネフレームを選んではサトシに試着させていた。
「おお、かっこいい!」
「俺は好みじゃないな」
「じゃ、これは?」
桜井が勧めるメガネをかけるサトシ。
「うわっ! ワイルド。ちょい悪オヤジ」
「オヤジという言葉は、不服だなぁ」
「こっち、こっちは?」
「いい加減にしなさい。これで最後な」
「かーーーっ、かっこよすぎ……あれ? 鼻血が……」
「おい、大丈夫か? ティッシュ、ティッシュ! バカ、興奮しすぎだ」
サトシは慌ててティッシュで桜井の鼻血を止めようとした。
「お客様、大丈夫でしょうか」
「ふえ、らいじょーぶれす」
桜井は「大丈夫です」と言っているつもりだ。
「喋るな。頭を少し下にして……。すみません、椅子借ります!」
サトシは店員から椅子を借りると、桜井を座らせて小鼻をつまんで圧迫させた。
「ここをつまんで、少し安静にしてなさい」
桜井はサトシに言われたとおりにしているうちに、だんだんと落ち着いてきた。
そして、サトシが店員とメガネの調整について話している間じゅう、ずっと鼻血と戦っていた。
メガネ店を出ると、桜井は再び元気を取り戻して商店街を歩いていた。
「あまりはしゃぐんじゃないぞ。また興奮するから」
「もう大丈夫でーす」
「おいこら、ちょっと待て。本当に鼻血は止まったのか? 見せてごらん」
「んーーー」
桜井は恥ずかしげもなく、サトシに向かって無邪気に顔を上げて、鼻穴を見せた。
「大丈夫そうだなぁ……」
サトシは、桜井の鼻穴を覗き込んだ。
知らない人が見たら、まるでこれからキスするような格好だ。
そのとき、誰かに注意された。
「ここでキスはやめてください」
サトシと桜井は驚いて、声がした方を見た。
声の主は、長谷川さんだった。
「あ、すみません。長谷川さん、こ、これは違うんです」
桜井も必死に弁解した。
「長谷川さん、キスじゃないよ。わたしが鼻血出したから、先生が心配して見てくれてたの」
「鼻血? 美柑ちゃん、どこか悪いのですか?」
「いえ、どこも悪くないの。あの、わたし、先生を見て興奮しちゃって……」
「興奮するようなことが、あったんですかっ!」
長谷川は、ずっと桜井と離れて暮らしていたと言えども、桜井の実の父親だ。
娘のことを心配するのは当然だろう。
サトシは、長谷川に頭を下げて謝罪した。
「誤解されるようなことをして、申し訳ございません。いろんなメガネを試着していたら、お嬢さんがそれを見て鼻血を出しまして……」
「そうなの! 何も悪い事はしていないの。信じて、お父さん!」
長谷川は桜井の言葉にハッとした。
「え、今なんて?」
「悪いことはしていないって」
「その後」
「お父さん?」
長谷川は、目頭を押さえて涙をこらえた。
「お父さん……、父さんと呼んでもらえるこの日を、わたしはどれだけ待ち望んでいたか……」
「大丈夫? お父さん」
「う、う、う……美柑ちゃん、呼び捨てしてもいいかな」
長谷川は、遠慮がちに言った。
「美柑って呼んでいいよ、お父さん」
長谷川は感激のあまり、涙が止まらなかった。
さっきの鼻穴を確認している時より、こっちの方が他の人から注目を浴びている。
「あの、長谷川さん。ここだと人目もありますし、一旦どこかでお茶でもしませんか?」
「あ、いいえ、大丈夫です。実は妻の店に食材を届ける途中なので」
長谷川が、ハンカチで涙を拭いていると、今度は桜井の母親が現れた。
「あなた。遅いから何しているかと思えば、こんなところで油売って!」
「お母さん! お母さんこそ、ここで何してるのよ」
「あら、美柑。まあ、サトシ先生まで……、あらあら、この度はすみません。うちの娘が急にお泊りしちゃって、迷惑だったでしょう? 引っ越しで家の中が荷物だらけなもんで」
「いいえ、とんでもございません。迷惑だなんて、そんな」
「で? サトシ先生は、うちの子とデートですか?」
「はい、デートというか、これから娘さんの机を見に行こうかと思いまして」
「まあ、そうなんですね。あなた、ほら、なにか優待券とか割引券とかないの? 出しなさいよ」
「ああ、そうでした。サトシ先生、お父様の会社の割引券なので、叱られるかもしれませんが、これを使ってください」
「これって、うちの会社の社員割引券?」
「やだわ、長谷川ったら、本当に気の利かない……。そうじゃなくて、ANAの株主優待券とかあるでしょ」
「あ、そうだった。じゃ、それと一緒にこちらもご利用ください」
「それはどうも……」
「じゃ、今晩もよろしくお願いしますね、サトシ先生。さ、あなた行きましょ。若い二人の邪魔をしちゃいけないわ。じゃ、美柑。しっかり勉強するのよー」
「あー。わかっているわよ、うるさいわね」
桜井は、母親に対しては乱暴な言葉でやり取りをする。
「あ、そうそう。美柑、一応確認なんだけど、寝室は別々なのかしら」
「決まってるでしょ! 別々よ! 変な想像しないでよね」
桜井の母は「あら、そお?」とニンマリ笑いながら、長谷川の腕を引いて、その場から去って行った。
去っていく長谷川は、桜井の母に喜びを隠しきれないでいた。
「さっき、美柑からお父さんって呼ばれたんだよ」
「あらまあ、それはよかったこと」
サトシにとってこの二人は、生徒の保護者であり、婚約者のご両親でもある。
かなり緊張したひとときだった。
「ああ、緊張した。やっぱり地元の商店街は、知っている人に会うからやめよう。車で遠出しようか」
「そうですね。でも、わたしはこれでよかったかな?」
「よかった? どうして」
「勢いで、お父さんって呼べた」
「そっか。そうだな。おかげで鼻血も止まったしな」
「きゃははーーー! ここでキスはやめてください、だってーー。ああ、可笑しかった!」
桜井はサトシの緊張も知らずに、長谷川の言葉を思い出し軽く笑い飛ばした。
サトシは、つぶやいた。
「『ここで』が、ダメなら他ではいいことになるな」
「え、何?」
「何でもない。一旦、家に戻ってから車で出直そう」
「えー、何でもなくないでしょ。何、何―? ねえ、何て言ったんですかー?」
「いいから帰るぞ」
サトシは、桜井が顔を覗きこんでくるのを必死に避けながら、商店街を歩いた。
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