サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ

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第4章 二年一学期

第125話 進路指導しながら南高梅

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 朝が来た。 
サトシは寝室のドアをノックする音を聞いて目覚めてはいたが、そのまま目を閉じていた。

「先生、おはようございます。お部屋に入りますよー」

昨夜は、桜井の数学の勉強を終わってから、英文法を教えていた。
それから、自分の部屋に戻って調べものをして、深夜まで及んだのだ。
まだ眠くて、起きられなかった。

「先生、失礼しまーす」

すると、桜井は勝手にサトシの部屋に入って来た。

(ああ、俺の部屋まで入ってきたのか。だけど、眠い。起きられない)

「先生? おはようございまーす。朝ですよ、起きてくださーい」

(なんだか桜井の声が、すごく近いんだが……。無理、眠い)

桜井はサトシの寝顔をじっと見ていた。

(もしかして、俺の顔を見てる?)

「素敵。先生の寝顔って、いつも見ているけど、本当にまつげが長いのね。綺麗な顔」

(は?)

「先生、サトシ先生! あれ、でもちょっと待って。考えてみると、将来、結婚しても先生って呼ぶのかな。ババアになっても、先生って呼んでいたら病院の先生みたいだわ。結婚したら何て呼ぶんだろう……」

(何を言ってるんだ? 面白いから、もうちょっと聞いてみたい)

サトシは、ずっと寝たふりをして桜井のひとりごとを聞いて楽しんでいた。

「名前を呼ぶのよね、普通は。……サトシさん。きゃーーーー! 呼べないわ、そんな」

(呼んでいるじゃないか)

「サトシさん、起きてください……とか?」

「ん、おはよう」

サトシは目を開けて、桜井を見た。

「きゃーーーー! 起きたぁ!」

「起こしに来たんだろ」

「え、もしかして聞いてた? 嫌だ、どこから聞いてたの?」

「お部屋に入りますよー、から」

「最初からじゃないの! やだもう、全部聞いてたのね! 恥ずかしい」

「ババアになっても、俺は名前で呼ぶからね。美柑」

「ずっきゅーーーん」

桜井はベッドに倒れ込んだ。

「どうした」

「名前で呼ばれて、ハートを射抜かれました」

「それは大変、すぐに救命処置しなきゃ」

「やめて! 心臓マッサージはNGです。胸は触らないで!」

桜井は両手で自分の胸を覆った。

「しないよ、そんなセクハラ行為。するのはこっち」

「な……」

抵抗が間に合わなくて、桜井はサトシに人工呼吸されてしまった。
桜井の顔はかーーっと赤くなった。

「な、何これ」

「どさくさ」

「もう、起きてよね! どさくさに紛れてキスするなんて、最低!」

「はいはい、起きますよ。まるでアキラくんを叱るみたいに言うなよ」

「知らない! 顔を洗って着替えたら、朝ごはんだからねっ!」

「だから、俺は弟かよ」

桜井は怒って部屋を出て行ってしまったが、サトシはそんな桜井が可愛いと思った。



 桜井の作った朝ご飯をたべながら、サトシは昨夜英文法を教えていて気になったことを思い出した。

「真面目な話をしてもいいか?」

「ん? もしかして、ここで昨夜の採点結果をほじくり返すんですか? ご飯がマズくなるからやめてください」

「違うよ。そんな意地悪なことはしない」

「はて、何でしょう」

「桜井さぁ、進学希望は奨学金のある短大って言ってたよな」

「うん、なんとなくだけど」

「もし、得意な英語を活かして進学するなら、英検2級はとっておいたほうがいいよ。奨学金制度を使うには、一般選抜ではなく、指定校推薦か総合選抜になる学校が多いから」

「さっぱり意味がわかりません」

「指定校推薦か総合選抜とは、教科入試じゃない。そこの大学に入りたいという熱意と、その大学に向いているかで選ばれるんだ。要するに、入学したあとも熱意を持って勉学する生徒に、学校は奨学金を払いたいわけだ」

「うん、そりゃそうだね」

「英語を使う仕事に就きたいなら、英検二級をもっていますっていう生徒のほうが、推薦しやすいし、大学側もそういう生徒が欲しいだろ」

「なるほど」

「もう第一回英検の申し込みは締め切ってしまったから、第二回の英検は受けたほうがいいよ」

「えーー、英検二級? とれるかな、わたしに」

「桜井ならできる。教えている俺が言うんだから、頑張れば二級とれるよ」

「サトシ先生がそう言うのなら、英検受けます。で、第二回の申し込みはいつからですか」

「七月一日から申し込み、一次試験は確か十月だ。」

「じゃ、来月申し込んで、二学期に受けると覚えておけばいいですね。夏休みはどう過ごせばいいのかなぁ」

「夏休みは、希望する大学のオープンキャンパスに行くといいよ」

「それって、親と行くんですか? それとも一人で?」

「友達と行ってもいいし、決まりはない。だけど、学費もいくらかかるなどの話は保護者と一緒に聞いた方がいいだろうね」

「保護者かぁ……。長谷川さん、一緒に行ってくれるかなぁ。お母さんはいつも忙しいし」

「かわいい娘の受験する大学だろ。行くと思うよ」

「気がすすまないわ。いいよ、一人で行きます」

「またひとりで抱え込む。まあいい。何かあったら言ってくれれば、俺が相談にのるから」

サトシは桜井の相談にのると言ったが、桜井の方は今一つ表情がパッとしない。
何かを悩んでいるような桜井に、サトシはちょっと不安になった。

(桜井の気が進まない原因はなんだろう)

そんなことを考えながら、口の中に梅干しを入れた瞬間、その不安は何処かに飛んでしまった。

「酸っぱー! でも旨っ。なにこの梅干し。こんな旨い梅干し、うちにあったかな」

「あ、それ。わたしの家から持ってきました。南高梅ですって」

「へぇ、さすが南高梅。肉厚で旨い。けど……すっぱー!」

「ふふふ、今お茶をいれますね。酸っぱいと美形でも顔が崩れるんですね」

南高梅のせいで、桜井の不安を聞きだすタイミングを、サトシは失くしてしまった。




 外泊許可が下りた楽しい三日間が終わろうとしていた。
サトシは車で、長谷川の家まで桜井を送って行った。

「長谷川さんに、進路の事をちゃんと相談しなさいよ」

「無理」

「長谷川さんが無理ならお母さんと……」

「お母さんに相談しても、話が右から左に抜ける人だから」

「そんなことは無いだろう。桜井の思い込みだ」

「……そうだといいけど」

桜井はシートベルトを外して、助手席から降りようとした。

「待って。俺もご両親に挨拶するから」


桜井を長谷川の元へ返して、進路のことも話そうとサトシは思った。
だが、肝心なことは話せなかった。
長谷川の玄関口で、サトシと長谷川は社交辞令のような丁寧なあいさつをするだけで終わった。

サトシは、長谷川に感謝されて、ひとり車で自宅へと向かった。

(桜井の進路指導は青柳先生に任せるべきだよな、担任は青柳先生なんだし。桜井の家庭に俺が入って話したら、かえって青柳先生はやりにくいだろうし)

運転しながら、サトシはため息をついた。

(あ~あ、マジで桜井のやつ、デカい家に引っ越してしまった。今度、桜井の手料理が食べられるのはいつなんだろう……。しばらくは南高梅でしのぐか)
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