サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ

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第8章 三年二学期

第208話 指定校推薦枠発表

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 二学期初日、職員室前に大学の指定校推薦枠一覧表が貼り出された。
始業式の後、三年生の教室では、担任から指定校推薦についての説明があった。

「職員室の前に、一覧表を貼り出されました。各自、確認して希望する大学があったら僕のところに来るように。指定校推薦希望書を渡します。用紙には希望大学、学部、学科を記入し、親御さんからの署名と捺印をもらうこと。勝手に書いちゃダメだぞー」

青柳先生は、指定校推薦希望書のサンプルを見せて説明した。

「しばらく教室の掲示板にはっておくから、誰か、……夏梅、頼んでいいかな」

「はい、今、貼りましょうか先生」

夏梅は、席を立って、申込書のサンプルを掲示板に貼り始めた。

「これは、申込書だから、最終的には校内選考を経て、決定します。校内選考の時期は例年より早くなる予定です。出来るだけ早く希望を出してください。先生からは以上です、なにか質問ありますか?」

一般受験をしない推薦や総合選抜の生徒は、この二学期で合否が決まる。
三年B組は、いよいよ始まった受験戦争に緊張の空気が流れていた。

「質問が無ければこれで、終わります。二時限からは、普通授業ですね。学校モードに頭を切り替えるように!」

「起立、礼」

青柳先生が教室を出た後、生徒たちはガヤガヤと話し始めた。
桃瀬も桜井に話しかけて来た。

「美柑、指定校推薦に希望出すの? 指定校ってさ、推薦貰えれば、ほぼほぼ合格なんでしょ?」

「一応、用紙だけもらって、親に見せようかなぁ」

「え、もうどこの大学があるか知っているの?」

「三者面談でチラッと言われたけど、詳細は知らないわ」

「じゃ、あとで職員室前に見に行こ。わたしは無理かもしれないけど、どんな大学があるのか気になるわ」


桜井はJ大学文学部とまで、青柳先生から聞いてはいたが、何学科かは知らないままだった。
サトシも特に桜井には教えなかった。
何も言ってこないことが、少し気になってはいたが、学校内の規定で発表前に生徒に情報を漏らしてはいけないからだろうと、桜井は納得していた。
授業中、桜井は夏休み中にレイコ姉さんと栗栖に会ったことを思い出していた。


 ――三日前――

レイコ姉さんは、桜井の話を聞きながらコーヒーカップを置いた。

「指定校推薦? いいんじゃないかしら。指定校推薦貰うってことは選ばれし者なんだから」

「嬉しんですけど、総グロ(総合グローバル部)じゃないみたいなんです。文学部らしいです」

桜井の情報に、レイコ姉さんと栗栖は、一瞬戸惑った。
今まで自分と同じ学部に来ると思っていた栗栖は、桜井を説得しようとした。

「待って、美柑ちゃんって、総グロ希望だと思ってたけど……希望する学科じゃなくても指定校推薦ならいいの?!」

「親が指定校推薦を貰えるかもしれないって、喜んでいます。親が言うならいいかなって……」

桜井が、下を向きながらボソボソと打ち明けると、栗栖が待ったをかけた。

「レイコ先輩、ちょっとおせっかいかもしれないけど、言わせてもらっていいですか」

「どうしたの、栗栖。いつもになく真剣……」

「いつも真剣です。指定校推薦って、大学と高校の信頼関係で成り立っているのね。だから、指定校で合格したら、辞退できないの。それに、入学した後からが厳しい。単位落したり、退学した場合は、次の年からその高校の推薦枠お断りになるんだよ」

「へー、けっこう厳しんだね」

「もし、やりたいことと違うからって、学業に身が入らなかったりしたら大変だよ」

桜井は言葉を失った。その可能性は高いと思ったのだ。
レイコ姉さんは栗栖の話を聞いて、少し考えたあと、付け加えた。

「桜井さん、サトシがなんと言っているかわからないけど、プライベートな話に突っ込んでもいいかしら」

「はい? なんでしょう」

「その、……結婚するんでしょう。大学生のうちに……もし、身重になったら……」

桜井は恥ずかしくなって、両手で頬を抑えた。

「いやいや、恥ずかしがっている場合じゃないわよ。妊娠すること考えていないの? まさかこの先4年間も避妊するつもりじゃ……」

「レイコ姉さん、それは、……」

「サトシは男だから何も考えてないかもしれないけど、女の体は妊娠、出産するんだからね。って、未婚のわたしが言っても説得力無いか」

「レイコ姉さん、僕は男でもわかります。学生結婚して妊娠した場合、休学か退学か、選ばなくてはいけませんよね!」

その話を聞いて、桜井は自分の未来が不安になった。

「そ、それは考えていませんでした。そういう場合も、指定校推薦を受けた場合に弊害ありますか?」

「退学を選んだら、後輩たちに推薦枠が来なくなる。休学で復帰できればいいけど」

「そうよ、よく考えて桜井さん。言いにくかったら、わたしからサトシに言っておくから」



 ――授業中に戻る。

桜井はレイコ姉さんと栗栖にいわれた事が頭の中でぐるぐる回っていた。

(そうよね。サトシ先生も、お父さんも、男だから気が付かないのよね。どうしよう)

「桜井」

いきなり、古松川先生に呼ばれて我に返った。

「答えがわかるかな?」

(え? マジ? 何やっているのか全然聞いてなかった)

桃瀬が隣で小さな声で教えてくれた。

「58ページの例題よ。58ページ」

「あ、はい。えーーっと、パリ条約」

「はい、そうだね、正解」

桃瀬は小声で感心した。

「授業を聞いてなくても正解できるって、……なにこの天才」

「天才じゃないよ。あてずっぽうよ」

「え……ギャンブラーだった?!」

桃瀬がクスクスわらうと、夏梅から注意された。

「桃瀬さん、桜井さん、授業に集中して!」

「「はーい」」



 昼休み時間になると、桜井は桃瀬と職員室前の掲示板を見に行った。
たくさんの生徒が見に、掲示板の前に群がっていた。
人だかりが苦手な桜井はそれだけでもう見る気がしなくなった。

「うわー、いっぱいいるね。美柑」

「もういいよ、見なくていいわ。ハルちゃん、戻ろう」

「あ、一ノ瀬が来てるよ。一ノ瀬―!!」

一ノ瀬は桜井と桃瀬に気づくと、手を振った。

「あとで一ノ瀬に情報を教えてもらおうよ」

「ハルちゃん、それは甘いよ。一覧表のすべてを覚えているわけがないじゃん。気になる大学しか見てないと思うよ」

「うーーん、それでもいいわ。どうせ、わたしには無理な話だし。話のネタよ、ネタ」

「ハルちゃん、ネタのために推薦枠見に来たの?」

「あ、ごめん。美柑は真面目に見に来たんだったね。怒らないでよー」

「もう、めんどくさ! 青柳先生に、直接行ったほうが早いわ」

「何、カリカリしてんのよ、もう! わたしはここで待ってるからねー」



 桜井は直接職員室をノックして入って行った。

「失礼します」

青柳先生の席にまっすぐと進むと、青柳先生はすぐに桜井の存在に気付いた。

「お、来たな。待ってました桜井。指定校推薦希望書だな」

「はい」

桜井は希望書に書く項目に、大学名、学部、学科、とあるのを見て、まだ掲示板を見ていない事を後悔した。

(しまった。学部と学科、知らないわ)

そのとき、隣のサトシの席にC組の一ノ瀬が来ていることに気づいた。

(あ、一ノ瀬がサトシ先生と話している。担任なんだから当たり前だけど、気になる……)

桜井は何を話しているのか、気になって全神経を一ノ瀬の会話に集中させた。



「サトシ先生。指定校推薦希望書の用紙をいただけますか?」

「一ノ瀬か。いいよ。掲示板は確認した?」

「ええ、J大学を希望します」


桜井の神経は、一ノ瀬の発言に全部持って行かれた。
目の前では青柳先生が何か説明しているが、何も聞こえてこない。
サトシと一ノ瀬の会話しか耳に入ってこなかった。

「文学部、新聞学科ですよね。サトシ先生」

(新聞学科? 新聞学科ですって? そんな学科考えてもいなかったわ。サトシ先生、知っていたくせに、なんで教えてくれなかったの?!)

「一ノ瀬はよく頑張っているから大丈夫。と、言いたいところだけど、複数名の希望があった場合、校内選考になるからね。枠が1名しかないから」

(え、1名? なんで? そういう大事な情報をどうして一ノ瀬だけに教えるの?)


「桜井、聞いてる?」

青柳先生の声で、桜井ははっとした。

「はい、聞いています」

「じゃあ、ここに保護者の署名と捺印をもらったら、早めに持ってきてな」

「わかりました。ありがとうございます」

桜井は丁寧にお辞儀をして職員室を出るときに、まだ何か話し中のサトシと一ノ瀬のほうをちらっと見た。


職員室の外では、桃瀬が待っていた。

「美柑、どうだった? 用紙もらえた?」

「うん、もらったよ」

「さっすが! 行動が早いよね、美柑は。さっき、一ノ瀬も職員室に入ったよ。いたでしょ」

「うん」

「いいなぁー、推薦貰えるくらい成績がいい子は。わたしももっと頑張っていればよかった」

「そんなことないよ。ハルちゃんだって頑張っているわ」

桜井は、桃瀬が気にしないように動揺を隠して廊下を歩いた。

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