サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ

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第8章 三年二学期

第221話 自己推薦書にあの料理エピソード

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 サトシは、桜井が描いた自己推薦書を読んだ。

“私は、世界で置き去りにされる声に耳を傾ける人間になりたい。”

(冒頭から自分のビジョンを書いている。世界で置き去りにされる声、か。桜井がそんなことを考えていたなんて……)


私が、その夢を持つようになった経緯と自信の能力について述べる。
私は小学生の時から、親の事情で幼い弟の育児をしてきた。
小学生ながらに食事を作るのは苦労もあり楽しみでもあった。
まだヤングケアラーという言葉がなかった時代である。”



(母子家庭でヤングケアラーだったという話は、桜井以外は書けない経験だな)

“その後、高校に入り「英語を使わない料理対決」という一見ふざけた活動をしたが、それが私の価値観を大きく変える体験になった。
食材の名前の多くが英語由来であることは、大きな衝撃だった。”

(ああ、あの英語禁止クッキングだな。弟たちと一緒にピザを作ったっけ)

読むと、あの日のことがよみがえってきた。
英語禁止クッキング。
負けたのはサトシだった。
「チーズ」も「トマト」も言えずに、苦し紛れのジェスチャーで伝えたあの時間。

(桜井は笑っていたけど、あの日の目は真剣だったな)

ページをめくると、こんな一文が目に飛び込んできた。

“そして、その食材がどのように、どこから届いているのかを調べていく中で、発展途上国における労働環境や貧困問題を知るきっかけとなった。
しかし、それは多様な原因が複雑に絡み合い、解決策を模索するのは簡単ではない。”

(あのあと、食材はどこから来ているか、二人で調べたこともあったな。そのとき桜井は、こんなことを考えていたのか)

“それでも、社会問題を解決したいという思いを諦めることはできない。なぜならば、私には社会問題を学ぶにふさわしい三つの能力があると自負しているからである。
それは①声を上げられない困窮者の苦悩をしい知ってこと。②問題はチームで協力して解決できること。③国籍、文化、人種を越えてコミュニケートする力があること。
以下、三つの能力について具体的に述べたいと思う。”

(お、自分を推薦する能力について、きれいに持ってきたな)

“一つ目は、助けを求めること自体の難しさや当事者が抱える精神的負担を知っていることだ。
子供だった私は、家庭の経済的状況により自分で食事を用意しなければならないことを問題視することなく、すべて自分自身の責任だと考え、助けを求めることを躊躇していた。
自身が声を上げることができなかった経験があるからこそ、私は置き去りにされる声に耳を傾ける重要さを知っている。”

(そうだった……)

サトシは、しばらくその一文から目が離せなかった。

“二つ目は、チームで協力して問題解決に取り組む能力。
高校の学園祭で、クラスに欠席者が多く模擬店のメンバーが四人しかいないことがあった。
しかも、メンバーの中で料理が出来る人間が私一人だった。
私は、他のメンバーに相応しい仕事を割り振り、料理は私が一人で休憩なしで四時間料理し続けた。
学園祭で模擬店を成功させたい一心でやった行動だが、結果的に、その料理は大評判で長蛇の列となった。
私には、このように仲間と協力しながら成し遂げる能力がある”

(あの時は俺まで駆り出されたけどな。しかし、問題が起きた時の状況判断や協調性は素晴らしいと思ったよ)

“三つめは、国籍、文化、人種を越えてコミュニケートする力だ。
祖父母のいる地方では、農業研修に来ているインドネシア人がいる。
彼らは農園で毎日重労働をしているが、低賃金である。”

(山梨のおじいちゃんの家の話か。技能実習生のことを知っていたんだな)

“中学生の片言英語では、彼らの為に楽しい会話をしたいと思っても限界ある。
最初、外国人に慣れない私は、この農園に用事を頼まれて手伝いに行った際、片言の英語で話したが、彼らは日本語が上手だった。それでも、英語で会話したかった私は、高校生になって英検準一級を取得し、自信をもって彼らと会話出来るようになった。英語が通じると面白いように彼らも本音で話し、重労働の大変さを打ち明けてくれた。何も問題解決にはならなかったが、会話を通して共に労働するという形で支援できたのは、私の喜びだった。”

(桜井が山梨のおじいちゃんの農園を手伝っていたのは、こんな背景があったのか)

サトシは高校一年生からの桜井を思い返していた。
思えば、明るくて前向きだが、たまにふと遠くを見るような目をしていた。
サトシは、その意味を、今やっと知った気がしていた。

“上記で述べた三つの力を使い、この能力を最大限に活用できる学びの場は、貴学しかない。
具体的には、……”

(ここで大学の特色をよく捉えているな)

“また、学部を越えて自分に必要な授業を取ることが可能である。そして……”

(ここは、二人で行ったオープンキャンパスでの体験授業だな)

そして、最後に熱いパッションでしめられていた。

“貴学には、私にとって最高な学びの環境がある。
よって、私は貴学への入学を志望する。”


サトシは、J大学じゃないとだめだという桜井のパッションを感じ、胸が熱くなった。
そして、読み終わったあとにそっと視線をあげ、不安な顔で添削を待っている桜井を見た。

「……すごいよ。よくまとまっている。……強くなったな、桜井」

サトシはかすかに笑って、ペンを置いた。
そして、小さく呟いた。

「負けたのは、ピザだけじゃなかったみたいだな」


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