サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ

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第10章 Wedding編

第259話 挙式前の夜に……

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 結婚式を明日に控えた夜、桜井は実家の自分の部屋にいた。

部屋には、明日のウェディングドレスが、慎重に吊るされたガーメントバッグの中で出番を待っていた。
机の上には、中学卒業の時にもらった母からの手紙、英語検定の合格証、大学合格通知書。
そしてベッドの上には、クリーニングに出された白金女子学園の制服。
これは、クローゼットの中に置いていくことにした。


弟のアキラが部屋をノックした。

「美柑―。お母さんがご飯できたから、呼んで来いってさ……、ちょっと部屋に入っていい?」

「うん、いいよー」

アキラは入って来て、姉の部屋を見回した。

「なんだか、随分と片付いたな。おっ、この漫画置いて行くのかよ」

「漫画なんていらないわよ。よかったらアキラにあげるわ。好きな時に読んでいいよ」

「うっそー! うわっ、やったー! ラッキー! いいのかよ……美柑の部屋に勝手に入っても……」

「……はぁ……この部屋も、今日でお別れか。ま、いつでも帰って来るけどね」

「え? 帰ってくるの? そんなもん?」

「何? ダメなの?」

「いやぁー、僕はよく知らないけど……。女ってお嫁に行ったら帰ってこないものかと思ってた」

「だって、近所だもん。ちょくちょく寄るつもりよ。……ってか、アキラ。あんた、ずいぶん大きくなったわね」

「僕もアツシも中学生だ。アツシより僕の方が、背が高いかな……」

「ふぅーん、あんた、モテるんでしょ」

「そんなことはないよー。って嘘。ちょっと、あるかもな」

「この部屋に彼女なんか連れ込まないでよ。この色男!」

「うっせー! さっき、勝手に入っていいって言ったじゃん!」

「時と場合によるのよ、バカ!」

「なんだよ、美柑は先生の部屋に入り浸ってたくせにーーー!」

そこへ、もうひとりの弟、アツシがやって来て喧嘩を止めた。

「お姉ちゃん! アキラ! お母さんがまだ降りてこないのって怒ってる。喧嘩してる場合じゃないよ」

桜井は我に返った。

「そうだった。今日は独身最後の夜だったわ。アキラ、アツシ! 最後の晩餐に行くよ!」

「僕たち、最後じゃないよねアキラ。っていうか、もう入籍してんじゃん、お姉ちゃん」

「勝手に言わせておきな。今日は何を言っても、美柑が優先順位一位だから」



 ダイニングに降りると、そこには——
ご飯、卵焼き、わかめの味噌汁、肉じゃが、そしてちょこんと置かれた南高梅の梅干し。

「えっと……なんだか、夕飯じゃなくて朝ご飯みたいだな」

アキラとアツシがそう言うと、新聞の陰から長谷川が顔を出した。

「おやおや、地味な食事だな。今日はハマさん、いないのか?」

「そうよ。これは、美柑が幼稚園のころ、わたしが仕事行く前に作っていた献立よ。これを作りたかったから、ハマさんにはお帰りいただいたわ」

桜井の母は、わざわざお店を休んで、昔自分が作っていたご飯を再現したのだ。

「うん、……気づいたよ。お母さんの料理って、いつもこれだったわ。ありがとう、お母さん」

「だけど、あんたはいつも残してたけどね。ホホホホ……」

母がそう言って笑うと、長谷川は申し訳なさそうに言った。

「その時に、一緒にいてやれなくて悪かったな、美柑」

「お父さん、その話はもういいって……」

「そのくせ、今は卵焼きばっかり焼いてるんだもんな、サトシ先生のために」

「……焼き方は、お母さんから習ったんだよ?」

父親と娘が笑いながら会話すると、母も「うんうん」と目を細めてうなずいた。

「ああ、腹減った。どうでもいいから、早く食おうぜ!」

アキラの声掛けで、長谷川家の夕飯がはじまった。



 夕食後。
長谷川が淹れたインスタントコーヒーを家族で飲みながら、静かな時間が流れていた。

やがて桜井は、ちょっと照れながら両親に……

「……ありがとう。これまでずっと、大切に育ててくれて。何度も反抗したけど、いつもお母さんはわたしの味方だった。お父さんも大変な思いをしてここまで育ててくれた。おかげさまで、わたし、明日、お嫁に行きます」

しばらく沈黙のあと、長谷川は急に立ち上がった。

「み、美柑は……自慢の娘……」

そう言って、泣きそうになるのをごまかすようにそわそわし始めた。

「えっと、ちょっと薬箱な……なんか目に染みる」

「あなた、それ薬箱じゃなくて冷蔵庫よ」

「うるさいな」

母がクスクスと笑った。
桜井も、ちょっと泣きながら笑った。


 その夜、母は桜井の髪を優しくとかしながら言った。

「美柑、母さんはね、サトシ先生なら、絶対に美柑のことが好きで結婚するかもって思っていたわ」

「いまごろ暴露? その策略は、薄々感づいていたわ」

「あら、そうだった? ホホホホ……」

「バレバレだったっちゅーの」

「でもね、不安がないって言ったら噓になるわ」

「えっ……」

「あんたは、大事な一人娘ですもの。明日、結婚式の様子をよく観察してようかなと思うの。
あんたが笑っていれば、サトシ先生にバトンを渡してもいいかなって……最終決断するわ」

「え、今なのそれ? 順番、逆じゃない?」

「あら、そう?」

「……でも、きっと笑ってると思う、わたし。お母さんよりも、ずっと幸せそうな顔でね」

「なによそれ」

「えへへ」

母と娘の笑い声は、明日の朝が来るまで止まらなかった。


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