260 / 273
第10章 Wedding編
第259話 挙式前の夜に……
しおりを挟む
結婚式を明日に控えた夜、桜井は実家の自分の部屋にいた。
部屋には、明日のウェディングドレスが、慎重に吊るされたガーメントバッグの中で出番を待っていた。
机の上には、中学卒業の時にもらった母からの手紙、英語検定の合格証、大学合格通知書。
そしてベッドの上には、クリーニングに出された白金女子学園の制服。
これは、クローゼットの中に置いていくことにした。
弟のアキラが部屋をノックした。
「美柑―。お母さんがご飯できたから、呼んで来いってさ……、ちょっと部屋に入っていい?」
「うん、いいよー」
アキラは入って来て、姉の部屋を見回した。
「なんだか、随分と片付いたな。おっ、この漫画置いて行くのかよ」
「漫画なんていらないわよ。よかったらアキラにあげるわ。好きな時に読んでいいよ」
「うっそー! うわっ、やったー! ラッキー! いいのかよ……美柑の部屋に勝手に入っても……」
「……はぁ……この部屋も、今日でお別れか。ま、いつでも帰って来るけどね」
「え? 帰ってくるの? そんなもん?」
「何? ダメなの?」
「いやぁー、僕はよく知らないけど……。女ってお嫁に行ったら帰ってこないものかと思ってた」
「だって、近所だもん。ちょくちょく寄るつもりよ。……ってか、アキラ。あんた、ずいぶん大きくなったわね」
「僕もアツシも中学生だ。アツシより僕の方が、背が高いかな……」
「ふぅーん、あんた、モテるんでしょ」
「そんなことはないよー。って嘘。ちょっと、あるかもな」
「この部屋に彼女なんか連れ込まないでよ。この色男!」
「うっせー! さっき、勝手に入っていいって言ったじゃん!」
「時と場合によるのよ、バカ!」
「なんだよ、美柑は先生の部屋に入り浸ってたくせにーーー!」
そこへ、もうひとりの弟、アツシがやって来て喧嘩を止めた。
「お姉ちゃん! アキラ! お母さんがまだ降りてこないのって怒ってる。喧嘩してる場合じゃないよ」
桜井は我に返った。
「そうだった。今日は独身最後の夜だったわ。アキラ、アツシ! 最後の晩餐に行くよ!」
「僕たち、最後じゃないよねアキラ。っていうか、もう入籍してんじゃん、お姉ちゃん」
「勝手に言わせておきな。今日は何を言っても、美柑が優先順位一位だから」
ダイニングに降りると、そこには——
ご飯、卵焼き、わかめの味噌汁、肉じゃが、そしてちょこんと置かれた南高梅の梅干し。
「えっと……なんだか、夕飯じゃなくて朝ご飯みたいだな」
アキラとアツシがそう言うと、新聞の陰から長谷川が顔を出した。
「おやおや、地味な食事だな。今日はハマさん、いないのか?」
「そうよ。これは、美柑が幼稚園のころ、わたしが仕事行く前に作っていた献立よ。これを作りたかったから、ハマさんにはお帰りいただいたわ」
桜井の母は、わざわざお店を休んで、昔自分が作っていたご飯を再現したのだ。
「うん、……気づいたよ。お母さんの料理って、いつもこれだったわ。ありがとう、お母さん」
「だけど、あんたはいつも残してたけどね。ホホホホ……」
母がそう言って笑うと、長谷川は申し訳なさそうに言った。
「その時に、一緒にいてやれなくて悪かったな、美柑」
「お父さん、その話はもういいって……」
「そのくせ、今は卵焼きばっかり焼いてるんだもんな、サトシ先生のために」
「……焼き方は、お母さんから習ったんだよ?」
父親と娘が笑いながら会話すると、母も「うんうん」と目を細めてうなずいた。
「ああ、腹減った。どうでもいいから、早く食おうぜ!」
アキラの声掛けで、長谷川家の夕飯がはじまった。
夕食後。
長谷川が淹れたインスタントコーヒーを家族で飲みながら、静かな時間が流れていた。
やがて桜井は、ちょっと照れながら両親に……
「……ありがとう。これまでずっと、大切に育ててくれて。何度も反抗したけど、いつもお母さんはわたしの味方だった。お父さんも大変な思いをしてここまで育ててくれた。おかげさまで、わたし、明日、お嫁に行きます」
しばらく沈黙のあと、長谷川は急に立ち上がった。
「み、美柑は……自慢の娘……」
そう言って、泣きそうになるのをごまかすようにそわそわし始めた。
「えっと、ちょっと薬箱な……なんか目に染みる」
「あなた、それ薬箱じゃなくて冷蔵庫よ」
「うるさいな」
母がクスクスと笑った。
桜井も、ちょっと泣きながら笑った。
その夜、母は桜井の髪を優しくとかしながら言った。
「美柑、母さんはね、サトシ先生なら、絶対に美柑のことが好きで結婚するかもって思っていたわ」
「いまごろ暴露? その策略は、薄々感づいていたわ」
「あら、そうだった? ホホホホ……」
「バレバレだったっちゅーの」
「でもね、不安がないって言ったら噓になるわ」
「えっ……」
「あんたは、大事な一人娘ですもの。明日、結婚式の様子をよく観察してようかなと思うの。
あんたが笑っていれば、サトシ先生にバトンを渡してもいいかなって……最終決断するわ」
「え、今なのそれ? 順番、逆じゃない?」
「あら、そう?」
「……でも、きっと笑ってると思う、わたし。お母さんよりも、ずっと幸せそうな顔でね」
「なによそれ」
「えへへ」
母と娘の笑い声は、明日の朝が来るまで止まらなかった。
部屋には、明日のウェディングドレスが、慎重に吊るされたガーメントバッグの中で出番を待っていた。
机の上には、中学卒業の時にもらった母からの手紙、英語検定の合格証、大学合格通知書。
そしてベッドの上には、クリーニングに出された白金女子学園の制服。
これは、クローゼットの中に置いていくことにした。
弟のアキラが部屋をノックした。
「美柑―。お母さんがご飯できたから、呼んで来いってさ……、ちょっと部屋に入っていい?」
「うん、いいよー」
アキラは入って来て、姉の部屋を見回した。
「なんだか、随分と片付いたな。おっ、この漫画置いて行くのかよ」
「漫画なんていらないわよ。よかったらアキラにあげるわ。好きな時に読んでいいよ」
「うっそー! うわっ、やったー! ラッキー! いいのかよ……美柑の部屋に勝手に入っても……」
「……はぁ……この部屋も、今日でお別れか。ま、いつでも帰って来るけどね」
「え? 帰ってくるの? そんなもん?」
「何? ダメなの?」
「いやぁー、僕はよく知らないけど……。女ってお嫁に行ったら帰ってこないものかと思ってた」
「だって、近所だもん。ちょくちょく寄るつもりよ。……ってか、アキラ。あんた、ずいぶん大きくなったわね」
「僕もアツシも中学生だ。アツシより僕の方が、背が高いかな……」
「ふぅーん、あんた、モテるんでしょ」
「そんなことはないよー。って嘘。ちょっと、あるかもな」
「この部屋に彼女なんか連れ込まないでよ。この色男!」
「うっせー! さっき、勝手に入っていいって言ったじゃん!」
「時と場合によるのよ、バカ!」
「なんだよ、美柑は先生の部屋に入り浸ってたくせにーーー!」
そこへ、もうひとりの弟、アツシがやって来て喧嘩を止めた。
「お姉ちゃん! アキラ! お母さんがまだ降りてこないのって怒ってる。喧嘩してる場合じゃないよ」
桜井は我に返った。
「そうだった。今日は独身最後の夜だったわ。アキラ、アツシ! 最後の晩餐に行くよ!」
「僕たち、最後じゃないよねアキラ。っていうか、もう入籍してんじゃん、お姉ちゃん」
「勝手に言わせておきな。今日は何を言っても、美柑が優先順位一位だから」
ダイニングに降りると、そこには——
ご飯、卵焼き、わかめの味噌汁、肉じゃが、そしてちょこんと置かれた南高梅の梅干し。
「えっと……なんだか、夕飯じゃなくて朝ご飯みたいだな」
アキラとアツシがそう言うと、新聞の陰から長谷川が顔を出した。
「おやおや、地味な食事だな。今日はハマさん、いないのか?」
「そうよ。これは、美柑が幼稚園のころ、わたしが仕事行く前に作っていた献立よ。これを作りたかったから、ハマさんにはお帰りいただいたわ」
桜井の母は、わざわざお店を休んで、昔自分が作っていたご飯を再現したのだ。
「うん、……気づいたよ。お母さんの料理って、いつもこれだったわ。ありがとう、お母さん」
「だけど、あんたはいつも残してたけどね。ホホホホ……」
母がそう言って笑うと、長谷川は申し訳なさそうに言った。
「その時に、一緒にいてやれなくて悪かったな、美柑」
「お父さん、その話はもういいって……」
「そのくせ、今は卵焼きばっかり焼いてるんだもんな、サトシ先生のために」
「……焼き方は、お母さんから習ったんだよ?」
父親と娘が笑いながら会話すると、母も「うんうん」と目を細めてうなずいた。
「ああ、腹減った。どうでもいいから、早く食おうぜ!」
アキラの声掛けで、長谷川家の夕飯がはじまった。
夕食後。
長谷川が淹れたインスタントコーヒーを家族で飲みながら、静かな時間が流れていた。
やがて桜井は、ちょっと照れながら両親に……
「……ありがとう。これまでずっと、大切に育ててくれて。何度も反抗したけど、いつもお母さんはわたしの味方だった。お父さんも大変な思いをしてここまで育ててくれた。おかげさまで、わたし、明日、お嫁に行きます」
しばらく沈黙のあと、長谷川は急に立ち上がった。
「み、美柑は……自慢の娘……」
そう言って、泣きそうになるのをごまかすようにそわそわし始めた。
「えっと、ちょっと薬箱な……なんか目に染みる」
「あなた、それ薬箱じゃなくて冷蔵庫よ」
「うるさいな」
母がクスクスと笑った。
桜井も、ちょっと泣きながら笑った。
その夜、母は桜井の髪を優しくとかしながら言った。
「美柑、母さんはね、サトシ先生なら、絶対に美柑のことが好きで結婚するかもって思っていたわ」
「いまごろ暴露? その策略は、薄々感づいていたわ」
「あら、そうだった? ホホホホ……」
「バレバレだったっちゅーの」
「でもね、不安がないって言ったら噓になるわ」
「えっ……」
「あんたは、大事な一人娘ですもの。明日、結婚式の様子をよく観察してようかなと思うの。
あんたが笑っていれば、サトシ先生にバトンを渡してもいいかなって……最終決断するわ」
「え、今なのそれ? 順番、逆じゃない?」
「あら、そう?」
「……でも、きっと笑ってると思う、わたし。お母さんよりも、ずっと幸せそうな顔でね」
「なによそれ」
「えへへ」
母と娘の笑い声は、明日の朝が来るまで止まらなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
