サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ

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第10章 Wedding編

第266話 披露宴で光るレイコ姉さんの司会

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 司会席に立ったレイコ姉さんが、マイクを片手に明るく声を響かせた。

「それではここで、ご両家を代表いたしまして、ご主賓のご挨拶をいただきます。新郎の勤務校で校長を務めておられます、白金女子学園校長、加賀先生です。どうぞ、拍手でお迎えください!」

拍手の中、立ち上がったのは、落ち着いた雰囲気の初老の校長。
穏やかな笑みを浮かべながらマイクの前に立つと、軽く一礼し、咳払い一つした。

「えー……本日はこのような素晴らしいお席にお招きいただき、誠にありがとうございます」

と、丁寧な口調で話し出した。

「私は、新郎サトシ先生の勤務する学校で校長を務めております、加賀と申します。ちなみに、英語は喋れません。“I'm not good at English.”……ですが今日は、少し、がんばってみようと思います」

会場がくすくすと和やかな笑いに包まれた。

「さて……新郎の佐藤サトシ先生が、わが校に来たのは三年前、ちょうど桜井美柑さんが入学する直前でした。……正直に申し上げて、私がサトシ先生の一番の変化を感じたのは……そう、三年前の、夏の日のことです」

少し目を細め、懐かしむように続けた。

「終業式の日、私は廊下である生徒とすれ違いました。彼女は、制服を着崩すでもなく、常に礼儀正しく、成績も優秀な子でした。ですがその時の彼女の目は、あからさまに、きらきらしていた。……私はすぐに気づきました。“Ah, this girl is in love.”(笑)」



笑いが起きる中、校長は続ける。

「しばらくしてから、三校合同勉強会というものがサトシ先生の家で行われまして……。その勉強会に立ち寄った私に、サトシ先生が言いました。『校長、生徒に慕われるのも教師の勤めですから』と。ふむ……その割に、随分と目を泳がせておりましたね?(笑)」

桜井が顔を赤らめ、サトシは苦笑した。

「年が明けて、新年の仕事始めの日……サトシ先生が校長室にやってきました。私は、また何かやらかしたかと思いましたが(笑)、彼は、真剣な表情でこう言いました。“桜井美柑さんと、結婚を前提にお付き合いさせていただきたいと思っています”と」

静かになった会場、しんとした空気の中、小さな驚きが広がった。

「え、あの二人。そんなに早くから?」
「全然、気づかなかった……」

「私はその時、教師として、そして一人の男としてのサトシ先生の覚悟を見ました。人を愛するというのは、簡単ではありません。“To love someone is not easy.” でも、サトシ先生はそれを恐れなかった。“He was brave.”……この英語は合ってますか? サトシ先生」

校長は一度、新郎新婦に視線を向けた。
サトシは照れながら、「はい、合っております」とオフマイクで言った。

「そして今日、私はこのような日を迎えられたことを、心からうれしく思っています。……おふたりの未来が、“very very happy” なものになりますよう、心よりお祈り申し上げます」

最後に軽くお辞儀をし、「Thank you very much!」と、力強く結んだ。

会場には温かい拍手と笑い、そしてじんわりと胸に沁みる空気が流れていた。

レイコ姉さんの声が優しく響いた。

「ありがとうございます。加賀校長先生。わたしも知らないサトシの裏話を暴露していただいて、とても参考になりました」

会場はどっと笑いに包まれた。

「では、乾杯の音頭を、白金女子学園、副校長であります五十嵐先生にお願いいたします」

五十嵐先生はグラスを手に立ち上がると、落ち着いた声で会場に呼びかけた。

「ただいまご紹介にあずかりました、副校長の五十嵐でございます。本日は、おふたりの門出に立ち会えたこと、大変うれしく思います」

会場から拍手が起こる中、五十嵐先生はにこやかに続けた。

「教師という仕事は、時に生徒より青春していると言われます。ですが、まさか本当に“教え子と結婚する教師”が、うちの職員から出るとは思いませんでした(笑)」

会場に思わず笑いがこぼれた。
サトシ先生が苦笑いしながらグラスを持っている姿が、五十嵐先生からも見えた。

「でも私は知っています。サトシ先生が、生徒に対して真摯で、誠実で、そしてとても情の厚い男であることを。
そして桜井美柑さんが、明るくまっすぐで、人を惹きつける力を持っていることを。
だから、きっとふたりなら、どんな困難も、笑いながら乗り越えていけると信じています」

五十嵐先生は、グラスを軽く掲げた。

「本日は、おふたりの未来への第一歩を、皆さんでお祝いできることを心より感謝いたします。それでは、皆さまご一緒に……」

間を置いて、笑顔で一言。

「乾杯!」

「「「乾杯!」」」

軽く拍手が沸き上がると、料理が次々に運ばれてきて、歓談の時間になった。
工藤先生たちのテーブルには、同僚の先生たちが座っていた。
皆、それぞれに美味しい料理に舌鼓を打っていた。
そんな中、青柳先生は、食事そっちのけで司会者のレイコ姉さんにカメラを向け続けていた。
隣の席の工藤先生は、こっそり注意した。

「おい、どこ撮ってんの?」

「いや、あの司会者……めっちゃ素敵じゃない? スピーチ中の表情とか、もう、プロだよ。プロ。」

工藤先生は冷ややかに言った。

「青柳先生、あの司会者は新郎サトシの姉って言ってたの聞いてましたよね?」

「…………え、でも、血のつながりないとか……ない?」

「あるに決まってんだろ!!」


その司会のレイコ姉さんが、マイクを持って高らかに宣言した。

「皆さま、歓談中の中、すてきなイベントがはじまります。新郎新婦によるケーキ入刀です!」

盛大な拍手の中、サトシと桜井は手を添えてケーキにナイフを入れた。
真っ白なクリームに大粒のイチゴが散りばめられたウエディングケーキに、ナイフがすっと入るたび、桜井の手が小さく震えているのが、サトシにはわかった。

(大丈夫、俺がそばにいるから)

と目で合図を送りながら、サトシはそっと微笑んだ。
それだけで、桜井もほっと肩の力を抜いた。

やがて司会の声が続いた。

「そしてお待ちかね! “ファーストバイト”のお時間です!
最初に、新婦から新郎へ……“一生おいしいご飯を食べさせてあげる”という意味が込められております! 美柑さん、どうぞ!」

桜井はお皿に切り分けられたケーキを持って、サトシに小声で言った。

「お腹、空いてるんでしょ?」

「……え、バレた?」

「さっき、自分で言ってたじゃん」

ふふっと笑った桜井は、慎重にケーキをすくい取った。
そのスプーンの先には……特大サイズのイチゴが乗っていた。

サトシは一瞬で表情を変えた。

「桜井……それ、まさか……」

「先生、いちご狙ってたんでしょ。あ・げ・る♡」

「うっ……確かに言ったけど、撮影のとき……」

笑いが起こる中、口をあんぐり開けるサトシ。
桜井が「はい、あ~ん」と差し出すと、
先生はがぶっと豪快に食べ……頬をふくらませ、もぐもぐ……。



「……ん、うまっ! やっぱ、ふぃふぃお、さいほー!(イチゴ最高)」

「でしょ? あとでまたあげる」

「え……“あとで”もあるの!?」

「はい、お口についた生クリーム、拭いてあげるね」

桜井がサトシの口についた生クリームを拭いてあげると、周囲がほっこりと笑いがあふれた。
そこで、レイコ姉さんがツッコミを入れた。

「食いしん坊新郎、爆誕でございます!」

サトシと桜井は二人で目を合わせて、くすくすと笑った。
それだけで、会場の空気がもっとあたたかくなった。


レイコ姉さんの司会ぶり、弟への愛情がにじむ語り口、その一挙手一投足すべてが美しかった。
そして、新郎新婦のファーストバイトではなく、笑顔のレイコ姉さんをスマホで激写したのは、青柳先生だった。

一ノ瀬は、隣のテーブルでその様子をしっかり見ていた。

「青柳先生。今、撮ったでしょ? 別の被写体」

青柳先生はドキッとして、一ノ瀬の方を振り向いた。

「いやその、記録、記録だよ記録」

夏梅が、軽蔑した目で青柳先生に注意した。

「でも、さっきからずっとレイコ姉さんを撮ってるの、知ってますからね」

「いやあ、記録なのに……」

工藤先生は、青柳先生に厳しい目を向けた。

「青柳先生。さっきからスマホ向けてんの、司会者ばっかですよね?」

「ち、ちがっ……いや、あの、ほら、構成とか、勉強になるじゃん? 教育的視点ってやつだよ!」

一ノ瀬はそれに疑問を持った。

「司会のスピーチ、何回再生して勉強する気ですか? 動画も撮ってたみたいだけど」

夏梅もボソッとつぶやいた。

「……恋するおっさん、みっともないですよ」

「いや、僕、まだおっさんじゃないし……それにしてもさ、あの笑顔……絶対、天使だよな」

必死に弁解する青柳先生に、元教え子たちはあきれるばかりだった。
そして、工藤先生はあきれながらも、実はあまり心配していなかった。

(どうせ、撃沈するから……)


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