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真実のドイツ編
17.面影と失意 ──陽介
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はじめまして、ではない。これは「再会」である。
「母さんな、地元の音大で講師の仕事もしてるんだ。今日は予定入れないようにするって言ってたから家にいてくれるはずだけど…」
秋人が慣れた手つきでスーツケースを引っ張っていく後ろを付いていく。使い込まれたシルバーのスーツケースには様々なステッカーがぺたぺたと貼り付けられていた。
ドイツ製のもので、リモワという会社のものらしい。秋人が興奮気味にその性能や頑丈さについて語っていたので、たぶんすごくいいスーツケースなのだろう。
(それにしてもメルヘンだなぁ)
ドイツの街並みはおとぎ話に出てくるような景色が続き、日本ではテーマパークの中でしかお目にかかれないような建築物ばかりが立ち並んでいる。
俺、本当にドイツに来たんだな…。やっと実感が湧いてきたかもしれない。
「陽介、大丈夫か? 深呼吸しとく?」
「……大丈夫」
母親が住んでいるらしいアパートの前までやって来たところで、ここに来るまでずっと楽しそうにしていた秋人が神妙な顔をして俺の表情を窺ってきた。
そんなに酷い顔をしているだろうか? 確かに緊張はしてるけど…。
「ヒト! ヒトを……こう、飲み込む……!」
「ん?」
すると突然、秋人が人差し指だけを突き上げて大きな声を出した。
「Warte mal...(えぇと…) ほらー、日本人がよくやってるだろ!? 俺も小さいころに日本のピアノ教室で教わったんだけど…!」
「ふっ…! ふふ、っなに? なになに、これなんの時間?」
こう! こうやって! と、俺の手をとっててのひらの上で人差し指を遊ばせている。しかし秋人はあくまでも真剣な顔をしていた。
くすぐったいのと可愛いのとで耐えきれずに笑うと、秋人が困ったように眉を下げて首を傾げる。
「おっかしいなぁ…?」
「もしかしてそれ、『人という字を書いて~』ってやつ?」
「Genau!(それ!)あるだろ!? そういうオマジナイ!」
「秋人、ドイツに来てから急にカタコト喋る外国人みたいになったな」
ドイツという国がそうさせているのか…。いやでも、母親とは日本語で会話してるって言ってなかったっけ?
すると、ムッとしたように頬を膨らませた秋人が軽く肩を叩いてきた。
「Es ist laut...(うるさいな…)」
「ははっ、遂に日本語が消えちゃったな」
でも秋人のおかげで落ち着けたかもしれない。ありがとうの意味をこめて頭を撫でると、ふにゃりと表情が緩んだ。
柔らかく笑うようになったなぁ、ほんとに。人目がなかったらいますぐ抱きついてるところだ。
「それじゃあ……行くぞ」
仕切り直すように綺麗な日本語で呟いた秋人に黙って頷く。
俺の反応を確認した秋人が鍵を開けると、ドアが開いたと同時に部屋の奥から物凄い足音が聞こえてきた。
「Willkommen zurück!(おかえりなさい!)」
おそらくはドイツ語で出迎えの言葉を叫んだのは、腰まで伸ばされた髪を丁寧に巻いた華奢な女性だった。
日本人離れした白い肌、それが映えるように選ばれたカーキ色のブラウス、脚のラインがはっきりわかるデニム。
顔立ちは秋人よりも西洋の血を濃く感じ、そしてもちろんその髪色は……
「……亜麻色の髪の乙女」
想像していたよりも秋人に似ていて驚いた。
そう言えば俺、この人の年齢も知らないな。俺の母親にしては若く見えるけど…。
あぁでも、そうか。そうなのか。この人が秋人を選んだ理由って、やっぱり……。
「陽介、来てくれてありがとう」
秋人とドイツ語でなにか一言二言交わしたあと、綺麗な笑顔を浮かべた彼女が歩み寄ってきた。両腕を広げて待ち構えられている。
困惑して秋人の方を見ると、悪戯っぽく笑って背中を押された。
「こ、こんにちは…?」
「こんにちは。会いたかったわ、陽介!」
「うわっ!?」
首元に腕を回して抱きつかれ、左右の頬にひとつずつキスをされた。
甘い香水のにおいがする。あと、化粧品のにおい…?
「ごめんね、ごめんね…! 私から会いに行けなくてごめんね、陽介! ずっと会いたかったわ、本当よ」
「はっ……は、はい…。どうも……」
「母さん、陽介が困ってるよ」
「いいじゃない、もう少しだけ。……お父さんの若いころにそっくりね、陽介」
少し身体を離してくれて、首に回された手を下ろして頬に添えられる。
この人の瞳も秋人と同じ亜麻色だ。あ、でも秋人と違って少し青みがかっているような…?
「髪も、瞳も…。あの人と同じ美しい黒ね。あの人と……同じ……っ」
目の端にじわっと涙を滲ませた彼女を見てギョッとする。これじゃあ俺が泣かせてしまったみたいだ。
遂には両手で顔を覆ってしまった彼女を見て、秋人が慌てて駆け寄って背中を摩る。
「母さん、大丈夫? Es ist in Ordnung, es langsam anzugehen.(ゆっくりでいいよ)」
「Kein Problem...(大丈夫よ…)」
この二人は普段は日本語で話してるって言ってたけど、秋人のドイツ語がいつもより早口に聞こえるな…。やっぱりドイツ語の方が話しやすいのだろうか。
いずれ秋人を日本に、という思いがあったから家庭内では日本語を使っていたのかもしれない。
「ごめんなさいね、取り乱して。ようこそドイツへ!」
「……おじゃま、します」
亜麻色の髪の乙女を体現したかのような母親、彼女とそっくりな息子。美しいなぁと純粋に思う。
背中を駆け上がってくる疎外感を無理やり無視して、一歩間違えれば俺が得るはずだった環境へと踏み出したのであった。
「母さんな、地元の音大で講師の仕事もしてるんだ。今日は予定入れないようにするって言ってたから家にいてくれるはずだけど…」
秋人が慣れた手つきでスーツケースを引っ張っていく後ろを付いていく。使い込まれたシルバーのスーツケースには様々なステッカーがぺたぺたと貼り付けられていた。
ドイツ製のもので、リモワという会社のものらしい。秋人が興奮気味にその性能や頑丈さについて語っていたので、たぶんすごくいいスーツケースなのだろう。
(それにしてもメルヘンだなぁ)
ドイツの街並みはおとぎ話に出てくるような景色が続き、日本ではテーマパークの中でしかお目にかかれないような建築物ばかりが立ち並んでいる。
俺、本当にドイツに来たんだな…。やっと実感が湧いてきたかもしれない。
「陽介、大丈夫か? 深呼吸しとく?」
「……大丈夫」
母親が住んでいるらしいアパートの前までやって来たところで、ここに来るまでずっと楽しそうにしていた秋人が神妙な顔をして俺の表情を窺ってきた。
そんなに酷い顔をしているだろうか? 確かに緊張はしてるけど…。
「ヒト! ヒトを……こう、飲み込む……!」
「ん?」
すると突然、秋人が人差し指だけを突き上げて大きな声を出した。
「Warte mal...(えぇと…) ほらー、日本人がよくやってるだろ!? 俺も小さいころに日本のピアノ教室で教わったんだけど…!」
「ふっ…! ふふ、っなに? なになに、これなんの時間?」
こう! こうやって! と、俺の手をとっててのひらの上で人差し指を遊ばせている。しかし秋人はあくまでも真剣な顔をしていた。
くすぐったいのと可愛いのとで耐えきれずに笑うと、秋人が困ったように眉を下げて首を傾げる。
「おっかしいなぁ…?」
「もしかしてそれ、『人という字を書いて~』ってやつ?」
「Genau!(それ!)あるだろ!? そういうオマジナイ!」
「秋人、ドイツに来てから急にカタコト喋る外国人みたいになったな」
ドイツという国がそうさせているのか…。いやでも、母親とは日本語で会話してるって言ってなかったっけ?
すると、ムッとしたように頬を膨らませた秋人が軽く肩を叩いてきた。
「Es ist laut...(うるさいな…)」
「ははっ、遂に日本語が消えちゃったな」
でも秋人のおかげで落ち着けたかもしれない。ありがとうの意味をこめて頭を撫でると、ふにゃりと表情が緩んだ。
柔らかく笑うようになったなぁ、ほんとに。人目がなかったらいますぐ抱きついてるところだ。
「それじゃあ……行くぞ」
仕切り直すように綺麗な日本語で呟いた秋人に黙って頷く。
俺の反応を確認した秋人が鍵を開けると、ドアが開いたと同時に部屋の奥から物凄い足音が聞こえてきた。
「Willkommen zurück!(おかえりなさい!)」
おそらくはドイツ語で出迎えの言葉を叫んだのは、腰まで伸ばされた髪を丁寧に巻いた華奢な女性だった。
日本人離れした白い肌、それが映えるように選ばれたカーキ色のブラウス、脚のラインがはっきりわかるデニム。
顔立ちは秋人よりも西洋の血を濃く感じ、そしてもちろんその髪色は……
「……亜麻色の髪の乙女」
想像していたよりも秋人に似ていて驚いた。
そう言えば俺、この人の年齢も知らないな。俺の母親にしては若く見えるけど…。
あぁでも、そうか。そうなのか。この人が秋人を選んだ理由って、やっぱり……。
「陽介、来てくれてありがとう」
秋人とドイツ語でなにか一言二言交わしたあと、綺麗な笑顔を浮かべた彼女が歩み寄ってきた。両腕を広げて待ち構えられている。
困惑して秋人の方を見ると、悪戯っぽく笑って背中を押された。
「こ、こんにちは…?」
「こんにちは。会いたかったわ、陽介!」
「うわっ!?」
首元に腕を回して抱きつかれ、左右の頬にひとつずつキスをされた。
甘い香水のにおいがする。あと、化粧品のにおい…?
「ごめんね、ごめんね…! 私から会いに行けなくてごめんね、陽介! ずっと会いたかったわ、本当よ」
「はっ……は、はい…。どうも……」
「母さん、陽介が困ってるよ」
「いいじゃない、もう少しだけ。……お父さんの若いころにそっくりね、陽介」
少し身体を離してくれて、首に回された手を下ろして頬に添えられる。
この人の瞳も秋人と同じ亜麻色だ。あ、でも秋人と違って少し青みがかっているような…?
「髪も、瞳も…。あの人と同じ美しい黒ね。あの人と……同じ……っ」
目の端にじわっと涙を滲ませた彼女を見てギョッとする。これじゃあ俺が泣かせてしまったみたいだ。
遂には両手で顔を覆ってしまった彼女を見て、秋人が慌てて駆け寄って背中を摩る。
「母さん、大丈夫? Es ist in Ordnung, es langsam anzugehen.(ゆっくりでいいよ)」
「Kein Problem...(大丈夫よ…)」
この二人は普段は日本語で話してるって言ってたけど、秋人のドイツ語がいつもより早口に聞こえるな…。やっぱりドイツ語の方が話しやすいのだろうか。
いずれ秋人を日本に、という思いがあったから家庭内では日本語を使っていたのかもしれない。
「ごめんなさいね、取り乱して。ようこそドイツへ!」
「……おじゃま、します」
亜麻色の髪の乙女を体現したかのような母親、彼女とそっくりな息子。美しいなぁと純粋に思う。
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