革命のエチュード

鳴真 のわか

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真実のドイツ編

18.理由 ──秋人

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母さんが手作りしてくれた晩ご飯を食べたあと、改めてリビングでゆっくり話をすることになった。

「まず……そうね。お父さんと離婚したあと、私はドイツへ行くことになったの。ピアニストとしてはヨーロッパで活動する方がよかったから」

俺は陽介から話を聞くまでは父親の存在も双子の兄の存在も知らなかったから論外だけど、陽介は父さんからどこまで話を聞いていたんだろうか?
隣に座る陽介は夕飯を食べている時からずっと口数が少ない。表情からもなにも読みとれなくて、どんな気持ちで母さんの話を聞いてるんだろうとハラハラした。

「本当は私が二人共引き取りたかった。せっかくこの世に双子として生まれて……いえ、生まれるまではずっと二人きりだったのだから」

まるで大切ななにかを撫でるように自分の腹部に手を添えた母さんは、ぐっと唇を噛み締めてから改めて俺たちに視線を合わせた。

「でも私はまだピアニストとして駆け出しで、二人の子どもを育てる余裕がなかった…。あなたたちのどちらかを選ぶしかなかったわ」
「…っえら、ぶ…」

心臓が嫌な音をたてたような気がした。
反射的にテーブルの下で陽介の手を握るとすぐに握り返してくれる。絶対に陽介の方が不安なはずなのに、なぜか俺の方が勇気づけられてしまった気がした。

「母さんは……どうして俺の方を引き取ったの?」

俺から聞くべきだろう、これは。陽介に質問させるべきじゃない。
すると、少し戸惑った様子を見せた母さんが俺の方へおずおずと右手を伸ばしてきた。なにをされるのだろうと少し身構えると、体温を確かめるようにゆっくりとてのひらで頬に触れてくる。母さんの手は緊張のせいかすごく冷たくなってしまっていた。

「あなたの方がヨーロッパで生きていく上で馴染みやすい外見をしていたからよ、秋人。私と似て肌が白くて、髪も亜麻色で…」

頬に触れた手が離れ、一瞬だけ前髪に触れてまたすぐ離れていく。

「それだけ。本当にそれだけだったのよ。ごめんなさい、結果的にあなたたちのことを深く傷付けてしまって…」
「──は?」

地を這うような低い声が響く。
隣に座っていた陽介が俺の手を振りほどいて椅子から立ち上がった。陽介は限界まで目を見開いて母さんを凝視している。

「それだけ…? たったそれだけのことであんたは俺のことを捨てたのかよ!」
「陽介!」
「俺が…っ! 俺が、会ったこともない弟に対してどれだけ劣等感を抱いて生きてきたと思ってる!?」

劣等感。知らない単語ではない。
でも実際に目の前でその言葉を聞いたのははじめてで、陽介に「好きになれなかった」と言われた日と同じような痛みを感じた。
母さんに殴りかかりでもするんじゃないかと思うと怖くて、振りほどかれた手を強引に掴んで引き寄せる。

「毎年毎年キラッキラした秋人の写真が送られてきて父さんが嬉しそうに見せてくるの、すっげぇ嫌だった! 家にある立派なピアノ弾いて、綺麗な衣装着て海外の権威あるコンクールに出て…っそんな、そんな秋人を見せられて……俺、は……っ」

嫌悪感を隠そうともしない尖った声音が、途端に震えて小さくなる。抵抗していた腕から力が抜ける。

「もっと……もっと、責められる理由が、……っあっ、て……。秋人を選んだのかと、っぅ、……っ思っ、……てて……」
「陽介……」

陽介は泣いていた。
腕を掴んでいた手で背中を擦る。でも陽介の涙は止まらない。

「ごめんなさい、陽介…っ!」

テーブルの向こうで椅子から立ち上がった母さんが慌ててこっちに駆け寄ってくる。玄関先で再会した時よりも力強く陽介を抱きしめた母さんは、何度も何度も謝罪の言葉を呟きながら背中を撫でた。

「私が日本に留まればよかったのかもしれない…っ! 自分の活動なんて辞めてもよかったのよ、本当にごめんなさい!」
「…っ! ちが……っそこは、謝ってほしいわけじゃ…っ」
「会えない間もずっと愛してた、それは本当よ。長男を引き取ることにこだわっていたお父さんにもちょうどいいなんて言われてしまってすぐ話がまとまったけど、あなたたちを引き離すべきじゃなかった…。あなたにもヨーロッパでピアノを学ぶ権利があったのに」

いったん身体を離した母さんは、涙を溜めた目で陽介を見上げる。
陽介はまだ泣いていた。彼の涙を見るのははじめてだな、とふと思う。

「陽介、ショパンが得意なんですって? 秋人が言ってたのよ、ショパンだけは陽介に敵わないって」
「え?」
「ちょっと、母さん!」

思わぬ暴露をされて声が上擦ってしまった。
陽介がきょとんとした顔でこっちを見てくる。渋々と一度だけ頷くと、照れたように笑顔を作った。

「陽介、あとでピアノを聞かせてちょうだいね。その前に……秋人、写真を見せるわ」
「うっ、うん!」

一気に雰囲気が緩んでほっとした。
写真をとってくると言ってリビングを出て行った母さんの背中を見守っていると、陽介が申し訳なさそうに手を握ってくる。

「あの……秋人」
「ん?」
「ごめん、酷いこと言った…。いまでは秋人はなにも悪くないってわかってるから。その……気にしないでほしい、と言うか」
「……うん、大丈夫だよ」

顔を真っ青にする陽介が可哀想で、なぜか愛おしくもあって。我慢できなくて抱きしめると、耳元で慌てて名前を呼ばれた。
母さんのことも、もちろん父さんのことも。二人を嫌いになってしまうような理由がなかったことに安心して、それは陽介もいっしょだったらいいのになぁと思った。
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