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真実のドイツ編
19.火種との再会 ──陽介
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「お待たせ、二人共。写真持ってきたわよ」
いくつかのアルバムを持ってきてくれた母親がリビングに戻ってくる。
久し振りに秋人の方から抱きついてくれたことに感動してされるがままになっていた俺は、慌てて身体を離して椅子に座り直した。秋人もほとんど同じ動きをしたみたいで、シンクロするように同時に椅子に座る形になる。
いまの見られた……よな?
「ふふっ、仲直りのハグをしていたの?」
冷や汗が止まらなかったが、欧州文化に助けられたようでホッとした。
秋人は顔を真っ赤にして俯いてしまっている。……可愛いな、ほんとに。また抱きしめてやりたい。
「私たちが離婚するまでの写真はここに入ってるわ。二人が三歳の時ぐらいまでよ」
母親がまず開いたのは、彼女の髪色によく似た色をした表紙のアルバムだった。
最初のページには生まれたばかりの、おそらくは俺と秋人の写真が貼ってある。確かにこの時点で既に秋人の方が母親の遺伝子を色濃く受け継いでいることがわかった。
肌が白くて、髪は亜麻色で…。宗教画に描かれた天使みたいだなと思った。
写真のそばには手書きで、当然ドイツ語でなにか書かれてある。俺たちの名前が書いてあるのはなんとなくわかった。
「Ich wünsche dir viel Freude, Gesundheit und ein glückliches Leben.」
「……なんて?」
秋人が手書きのメッセージを指先で辿りながら呟く。
翻訳をお願いすると、少し照れくさそうな顔をしてから口を開いた。
「たくさんの喜びと健康、そして幸せな人生を願っています……だって」
つつ、と指が下りていく。
その少し下、こっちは短めのメッセージだ。
「Danke, dass du unser Baby bist……んっと、私たちの赤ちゃんになってくれてありがとう……みたいな」
ありふれたメッセージだな、と思った。
でもまさか自分がそんなありふれた幸せの中で生まれたなんて思いもしていなかったから、その現実に少し……いや、かなり驚いてしまった。
母親に代わって秋人がアルバムのページを捲っていく。写真の中の俺たちは確かに愛されていた。
「秋人は会ったことあるわよね? これが私の両親よ、陽介。あと、これ」
母さんの指がとある男の上で止まり、ページを捲っていた秋人の手の動きが止まる。
「これ……もしかして父さん?」
「えぇ、そうよ。陽介に似てイケメンでしょ?」
俺を抱いている父さん、秋人を寝かしつけている父さん、俺たちに挟まれるように眠る父さん。母さんが撮影したものであろう写真がたくさん並んでいる。
アルバムを見る秋人の目は輝いていた。まるで新しい宝物を見つけた時の子どもみたいに。
「ほんとにそっくり…。陽介、父さんはいまでもこんな感じ?」
「まさか。さすがにだいぶ老けてるよ」
「そっか…。俺もいつか会いたいな、父さんに」
秋人が父さんに会う……?
そう言えば父さんもずっと秋人に会いたがってたな。俺が秋人とルームメイトになったって知ってからは特に会わせろ会わせろってうるさかったっけ。
なんとなく嫌だったからいままでは拒否してたけど、俺がこの人と会ったってことは父さんも秋人に会う権利がある…?
秋人と同じような笑顔で嬉しそうにアルバムを見つめる母親を視界に入れた。
「Tut mir leid...!(ごめん…!) 母さんは父さんの話されるの嫌だよな」
たぶん謝ったんだな、いまのは。
眉を下げて申し訳なさそうにする秋人を見て、母親が慌てて首を振った。
「いいのよ! そりゃあ私はこの人に関して思うことがないわけじゃないけど、秋人が父親に会いたいって気持ちを抑えつけるつもりはないわ」
「……陽介、いいかな?」
同じような顔をして許しを請うてくる親子を見て、なんだかこっちが悪いことをしているみたいな気持ちになった。
結局この顔に弱いんだよな、俺は。仮にも肉親に対してこんなことを思うのはおかしいだろうか。
「……連絡、とってみる」
「Danke!(ありがとう!) ありがとう、陽介! 楽しみだな。俺、陽介から父さんが生きてるって話を聞いてずっと気になってたから」
そりゃあそうだよ、な。秋人は父親は死んだって聞かされてたみたいだし。
まさか死んだなんて言われてるとは思わなかったから、秋人にその話を聞いた時は取り乱してしまったけど…。それもずいぶん昔のことのように思える。
まさか秋人のことをこんなに好きだって思うようになるとは思わなかったな。あんなに憎くて、憎くて、全部壊してやろうと思って近付いたのに。
「それで、次はこれね。お父さんから送られてきた陽介の写真と、私がお父さんに送った秋人の写真よ。いっしょに保管してあるの」
またべつのアルバムが開かれた。見開きのページの右側に秋人、左側に俺の写真が貼られている。「五歳」と日本語で書かれてあった。
あぁ、これ。すごくよく覚えてるな。小学校に上がった年の誕生日、「ヨーロッパに双子の弟がいる」って衝撃のカミングアウトと共にそれまでに送られてきていた秋人の写真を一気に見せられたんだ。
「陽介、ピアノ……ん、オルガン? 弾いてる。可愛い、これ」
なんとも複雑な気持ちで写真を眺めていると、秋人が更に表情を緩ませて俺の写真を指さした。
幼稚園に置かれていた玩具みたいなオルガンを弾いている写真だ。俺は妙に真剣な顔をして鍵盤を見つめている。
対する秋人はアップライトピアノの前に座ってニコニコとこっちを見ていて、消えたはずの醜い感情がせり上がってきそうになってしまった。
「捲ってもいいか?」
「……あぁ」
秋人と母親への憎悪を高めていった根源をゆっくりと見せつけられ、腹の奥の方で小さな炎が再燃していく。
秋人はずっとニコニコしているけど、小学校に入って中学年になってくると急に無愛想になってカメラ目線でもなくなっていくのだ。つまらなそうに楽譜を捲り、鬱陶しそうな表情でネクタイを結んで……あぁ、何度も見たから全部覚えてるな。
「この陽介、泣いてないか? あっ、このホール知ってる。俺もここで弾いたことあるなぁ」
秋人は楽しそうに写真を見ている。
俺もこんなふうに秋人の写真を見られたらよかったな。秋人の立場だったらこうなってたのかな。
「……あ」
アルバムを捲っていた秋人の手が止まった。最後のページ、おそらく去年やりとりされた写真に視線が落とされている。
「俺と陽介、いっしょに映ってる…?」
高校の入学式の写真だろう。今日ぐらいはと父さんが顔を見せに来てくれたんだけど、その時の写真の隅の方に秋人が映り込んでいたのだ。
秋人はいつものつまらなさそうな顔をして教師に話しかけられている。
「あら、本当ね。気付かなかったわ」
よく見せてちょうだいと言わんばかりに、母親が食い入るように写真を見つめている。
そう言えばあの時、父さんはやけに何度も写真を撮っていたような…? 背後に秋人がいるって気付いてたのか?
『もういいだろ、そんなに撮らなくて! ほとんど内部進学だから高校の入学式でここまではしゃいでる親なんていねーんだけど!』
『いいじゃないか、記念なんだから』
あの時の父さんはいつにも増してヘラヘラしてた気がするな、そう言えば。
記念ってそういうことだったのか…。よかった、父さんが秋人に声を掛けに行ったりしなくて。
いくつかのアルバムを持ってきてくれた母親がリビングに戻ってくる。
久し振りに秋人の方から抱きついてくれたことに感動してされるがままになっていた俺は、慌てて身体を離して椅子に座り直した。秋人もほとんど同じ動きをしたみたいで、シンクロするように同時に椅子に座る形になる。
いまの見られた……よな?
「ふふっ、仲直りのハグをしていたの?」
冷や汗が止まらなかったが、欧州文化に助けられたようでホッとした。
秋人は顔を真っ赤にして俯いてしまっている。……可愛いな、ほんとに。また抱きしめてやりたい。
「私たちが離婚するまでの写真はここに入ってるわ。二人が三歳の時ぐらいまでよ」
母親がまず開いたのは、彼女の髪色によく似た色をした表紙のアルバムだった。
最初のページには生まれたばかりの、おそらくは俺と秋人の写真が貼ってある。確かにこの時点で既に秋人の方が母親の遺伝子を色濃く受け継いでいることがわかった。
肌が白くて、髪は亜麻色で…。宗教画に描かれた天使みたいだなと思った。
写真のそばには手書きで、当然ドイツ語でなにか書かれてある。俺たちの名前が書いてあるのはなんとなくわかった。
「Ich wünsche dir viel Freude, Gesundheit und ein glückliches Leben.」
「……なんて?」
秋人が手書きのメッセージを指先で辿りながら呟く。
翻訳をお願いすると、少し照れくさそうな顔をしてから口を開いた。
「たくさんの喜びと健康、そして幸せな人生を願っています……だって」
つつ、と指が下りていく。
その少し下、こっちは短めのメッセージだ。
「Danke, dass du unser Baby bist……んっと、私たちの赤ちゃんになってくれてありがとう……みたいな」
ありふれたメッセージだな、と思った。
でもまさか自分がそんなありふれた幸せの中で生まれたなんて思いもしていなかったから、その現実に少し……いや、かなり驚いてしまった。
母親に代わって秋人がアルバムのページを捲っていく。写真の中の俺たちは確かに愛されていた。
「秋人は会ったことあるわよね? これが私の両親よ、陽介。あと、これ」
母さんの指がとある男の上で止まり、ページを捲っていた秋人の手の動きが止まる。
「これ……もしかして父さん?」
「えぇ、そうよ。陽介に似てイケメンでしょ?」
俺を抱いている父さん、秋人を寝かしつけている父さん、俺たちに挟まれるように眠る父さん。母さんが撮影したものであろう写真がたくさん並んでいる。
アルバムを見る秋人の目は輝いていた。まるで新しい宝物を見つけた時の子どもみたいに。
「ほんとにそっくり…。陽介、父さんはいまでもこんな感じ?」
「まさか。さすがにだいぶ老けてるよ」
「そっか…。俺もいつか会いたいな、父さんに」
秋人が父さんに会う……?
そう言えば父さんもずっと秋人に会いたがってたな。俺が秋人とルームメイトになったって知ってからは特に会わせろ会わせろってうるさかったっけ。
なんとなく嫌だったからいままでは拒否してたけど、俺がこの人と会ったってことは父さんも秋人に会う権利がある…?
秋人と同じような笑顔で嬉しそうにアルバムを見つめる母親を視界に入れた。
「Tut mir leid...!(ごめん…!) 母さんは父さんの話されるの嫌だよな」
たぶん謝ったんだな、いまのは。
眉を下げて申し訳なさそうにする秋人を見て、母親が慌てて首を振った。
「いいのよ! そりゃあ私はこの人に関して思うことがないわけじゃないけど、秋人が父親に会いたいって気持ちを抑えつけるつもりはないわ」
「……陽介、いいかな?」
同じような顔をして許しを請うてくる親子を見て、なんだかこっちが悪いことをしているみたいな気持ちになった。
結局この顔に弱いんだよな、俺は。仮にも肉親に対してこんなことを思うのはおかしいだろうか。
「……連絡、とってみる」
「Danke!(ありがとう!) ありがとう、陽介! 楽しみだな。俺、陽介から父さんが生きてるって話を聞いてずっと気になってたから」
そりゃあそうだよ、な。秋人は父親は死んだって聞かされてたみたいだし。
まさか死んだなんて言われてるとは思わなかったから、秋人にその話を聞いた時は取り乱してしまったけど…。それもずいぶん昔のことのように思える。
まさか秋人のことをこんなに好きだって思うようになるとは思わなかったな。あんなに憎くて、憎くて、全部壊してやろうと思って近付いたのに。
「それで、次はこれね。お父さんから送られてきた陽介の写真と、私がお父さんに送った秋人の写真よ。いっしょに保管してあるの」
またべつのアルバムが開かれた。見開きのページの右側に秋人、左側に俺の写真が貼られている。「五歳」と日本語で書かれてあった。
あぁ、これ。すごくよく覚えてるな。小学校に上がった年の誕生日、「ヨーロッパに双子の弟がいる」って衝撃のカミングアウトと共にそれまでに送られてきていた秋人の写真を一気に見せられたんだ。
「陽介、ピアノ……ん、オルガン? 弾いてる。可愛い、これ」
なんとも複雑な気持ちで写真を眺めていると、秋人が更に表情を緩ませて俺の写真を指さした。
幼稚園に置かれていた玩具みたいなオルガンを弾いている写真だ。俺は妙に真剣な顔をして鍵盤を見つめている。
対する秋人はアップライトピアノの前に座ってニコニコとこっちを見ていて、消えたはずの醜い感情がせり上がってきそうになってしまった。
「捲ってもいいか?」
「……あぁ」
秋人と母親への憎悪を高めていった根源をゆっくりと見せつけられ、腹の奥の方で小さな炎が再燃していく。
秋人はずっとニコニコしているけど、小学校に入って中学年になってくると急に無愛想になってカメラ目線でもなくなっていくのだ。つまらなそうに楽譜を捲り、鬱陶しそうな表情でネクタイを結んで……あぁ、何度も見たから全部覚えてるな。
「この陽介、泣いてないか? あっ、このホール知ってる。俺もここで弾いたことあるなぁ」
秋人は楽しそうに写真を見ている。
俺もこんなふうに秋人の写真を見られたらよかったな。秋人の立場だったらこうなってたのかな。
「……あ」
アルバムを捲っていた秋人の手が止まった。最後のページ、おそらく去年やりとりされた写真に視線が落とされている。
「俺と陽介、いっしょに映ってる…?」
高校の入学式の写真だろう。今日ぐらいはと父さんが顔を見せに来てくれたんだけど、その時の写真の隅の方に秋人が映り込んでいたのだ。
秋人はいつものつまらなさそうな顔をして教師に話しかけられている。
「あら、本当ね。気付かなかったわ」
よく見せてちょうだいと言わんばかりに、母親が食い入るように写真を見つめている。
そう言えばあの時、父さんはやけに何度も写真を撮っていたような…? 背後に秋人がいるって気付いてたのか?
『もういいだろ、そんなに撮らなくて! ほとんど内部進学だから高校の入学式でここまではしゃいでる親なんていねーんだけど!』
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