婚約破棄?ざまぁ?悪役令嬢だって幸せになりたい。

鏡おもち

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「……やはり無理だ。ユーリ、私は城の外には出ん。この茨の壁の中に一生こもって、押し花だけを作って生きていく」


ソーン城の執務室。ゼノスは机の影に隠れるようにして、深く溜息をつきました。


目の前には、近隣の村長たちから届いた「お花見の開催要請」という名の嘆願書が山積みになっています。


「何を弱気なことをおっしゃるんですか、ゼノス様! あんなに立派な茨(トゲ)をお持ちなのに!」


ユーリは机をバンと叩き、身を乗り出しました。


「いいですか? 植物だって、環境が変われば最初は萎れるものです。でも、適切な植え替えと剪定を行えば、どんなに気難しい種だって立派に開花しますわ!」


「私は植物ではない、人間だ。……それに、外に出ればまた『呪われた公爵』と石を投げられるのがオチだ。私の顔を見てみろ。この目つきで笑いかけたら、子供なら泣き出し、大人は腰を抜かすぞ」


ゼノスは自嘲気味に笑い、鋭い三白眼を伏せました。


ユーリはふむ、と顎に手を当ててゼノスを観察しました。


「なるほど。確かに今のゼノス様は、日当たりの悪い場所に放置されて徒長(とちょう)した、トゲばかりが目立つサボテンのようですわね」


「……例えがいちいち痛烈だな」


「ですが、解決策は簡単です! ゼノス様、今日からあなたは、周りの人間を『人間』だと思わなければいいのですわ!」


「……どういう意味だ? 彼らを魔物か何かだと思えと?」


「いいえ! 全員、動くジャガイモだと思ってください!」


「…………ジャガイモ?」


ゼノスは呆然とユーリを見つめました。


「そうです。あちらにいる門番は、ちょっとガタイのいいキタアカリ。あちらの村長は、泥のついたメークイン。泣いている子供は、これから芽が出る新ジャガイモです!」


「……何を言っているんだ、貴様は」


「いいですか、ゼノス様。あなたは植物相手なら、あんなに情熱的に語り合えるではありませんか。人間だと思うから怖いのです。彼らを、根っこから引っこ抜かれたばかりの、無害なナス科の植物だと思えば、緊張なんて霧散しますわ!」


ユーリはゼノスの背中を力いっぱい叩きました。


「さあ、レッツ・ガーデニング(対人交流)です! まずは庭の入り口で待っている、キタアカリ……いえ、門番に挨拶をしてきましょう!」


「待て、心の準備が……! うわあああ!?」


ユーリの凄まじい力に引きずられ、ゼノスは中庭へと連行されました。


そこには、報告事項を持ってきた門番が直立不動で待機していました。


「ひっ……! ぜ、ゼノス閣下! お、おはようございますっ!」


門番はゼノスの鋭い視線(実際は極度の緊張で固まっているだけ)を浴びて、ガチガチと歯を鳴らしました。


(落ち着け……。目の前にいるのは人間ではない。鎧を着た、少し立派なキタアカリだ。……いや、こいつは男爵芋か……?)


ゼノスは必死に自分に言い聞かせました。


「……おい、キタアカリ。……いや、門番」


「は、はいぃっ!」


「……最近の、土壌の……いや、体調はどうだ。水分は足りているか? 日当たりは……。……しっかり日光を浴びて、光合成に励めよ」


「………………は?」


門番は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしました。


「……あ、ありがとうございます? 日光浴、頑張ります……?」


ゼノスは早歩きでその場を去ると、物陰でがっくりと膝をつきました。


「……死ぬ。死ぬほど恥ずかしい。私は今、部下に光合成を強要したぞ。やはり変人だと思われたに違いない……!」


「いいえ、ゼノス様! 見てください、あの門番の顔を!」


ユーリが指差した先では、門番が感激に打ち震えていました。


「……聞いたか? 閣下が、俺の体調を気遣ってくださったぞ! しかも『日光を浴びろ』なんて、まるでお日様のような温かいお言葉じゃないか……! 閣下は、本当は俺たちの健康を考えてくださっているんだ!」


「……ええっ!?」


ゼノスの困惑をよそに、周囲の兵士たちの間で「閣下は植物だけでなく、部下も慈しむ慈愛の主だ」という誤解が爆速で広がり始めました。


「ほら、成功ですわ! 次は村長……もとい、大粒のメークインと対談しましょう!」


「もうやめてくれ! 私の尊厳が根腐れを起こしそうだ!」


その後も、ユーリの「人間=野菜」教育法は続きました。


領民の悩み相談に対しても、ゼノスはユーリのアドバイスに従い、独特の回答を連発しました。


「閣下! 隣の村との水争いが絶えません、どうすれば!」


「……水か。水の配分は重要だ。……根元に一気に注ぐのではなく、早朝に少しずつマルチングを施しながら分ければ、全員が瑞々しく育つだろう。争う暇があるなら、互いの土壌を耕し合え」


「……おおお! なんと深い比喩だ! 目先の利益ではなく、長期的な共生を説いておられる!」


「閣下! 娘が結婚相手に悩んでおりまして……!」


「……交配か。見た目の華やかさ(花びら)だけで選ぶと、冬の寒さに耐えられんぞ。……茎の太さと、根の張り具合を確認しろ。それが家庭という庭を支える礎(いしづえ)となる」


「……素晴らしい! 閣下、人生の真理を突いていらっしゃる!」


気づけば、ゼノスは「恐ろしい茨公爵」から、「難解だが深い植物の教えを授けてくれる、孤高の賢者」へとクラスチェンジを果たしていました。


夕暮れ時。


全ての対応を終えたゼノスは、抜け殻のようになってベンチに腰掛けていました。


「……ユーリ。私はもう、自分が人間なのか、歩く肥料袋なのか分からなくなってきた……」


「何を仰っているんですか。あなたは世界一立派な『茨の王様』ですわ」


ユーリはゼノスの隣に座り、ひょいと彼の髪についた小さな葉っぱを取りました。


「でも、今日一日で、随分と素敵な緑のオーラを纏うようになりましたわね。ほら、トゲが少し丸くなって、代わりに温かい魔力が溢れています」


「…………そうか」


ゼノスは、自分の掌を見つめました。


確かに、以前のような人を拒絶する刺々しい感覚が、少しだけ和らいでいる気がします。


「……貴様に言われた通り、彼らをジャガイモだと思えば、少しだけ楽になれた気がする。……礼を言う、ユーリ」


「ふふっ、どういたしまして! お礼なら、明日の朝一番で、裏山の腐葉土を一緒に回収しに行ってくださるだけで結構ですよ?」


「……やはり、最後はそれか」


ゼノスは苦笑しながらも、隣で楽しそうに明日の「肥料計画」を語るユーリの横顔を、穏やかな眼差しで見つめていました。


この時、二人の間に漂っていたのは、百合の花のような純粋で、かつ堆肥のような(?)濃厚な信頼関係の芽生えでした。


しかし、そんな穏やかな時間を壊すように、城の正門に「王家の紋章」を刻んだ豪華な馬車が到着したのは、その直後のことでした。
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